第6話 辿り着く結論

かなえ「私妄想するんです」

引き屋「はい?」

「この世界から人が全部いなくなったら、どんなに素敵だろうって、最近いつも考えるんです。そしたら、本当に素敵だなって・・」

「・・・」

「街とか道路とか、お店とか誰もいないんです。だから、外に出てもどこにも私を変な目で見る人はいないんです。だから、不安も恐怖もコンプレックスも劣等感も何も感じずに、私は自由にのびのびと外を歩けるんです。口笛を吹きながら、ルンルン気分で歩けるんです。でも、コンビニとかスーパーとか、ブックオフはあって、ママは毎日ご飯作ってくれて、AKBのCDとか聞きながら、ベッドに寝そべって漫画を読むんです。それを悪いことだって咎める人もお説教する人もいないんです。ちゃんと働けとかちゃんと学校へ行けとか、そういうことを言う人もいないんです。そういう圧力をかけてくる人もいないんです。私は毎日自由なんです。そんな毎日ってなんて素敵なんだろうって、毎日毎日、そんなことを妄想するんです」

「世界から人が全部いなくなったらママもいなくなる気がしますが・・💧 でも、その感じ分かるな。そんな世界があったら素敵でしょうね」

「・・・」


 沈黙・・


引き屋「どうしたんですか。急に黙り込んで・・」

かなえ「いえ・・、ただ・・」

「ただ?」


 沈黙・・


かなえ「・・・、結局、引きこもってても、外に出ても、地獄なんですね・・」

引き屋「・・・」


 沈黙・・ 


かなえ「もう、死ぬしかないじゃないですか・・。私たち・・」

引き屋「ううっ」

「死ぬしかないじゃないですか」

「ううっ、そ、それは・・」

「もう、そこしかないじゃないですか」

「その結論だけは・・、その結論だけは、絶対気づかないようにしていたのに・・」

「私も、薄々気づきながら見ないようにしていた。でも、結局そこに辿り着いちゃうんですよ。どうしても、どう考えてもどういう方向から考えても、そこに辿り着いちゃうんですよ。だって・・」

「やめてっ」

「だって、私たち、居場所がないじゃないですか。どこにも。私たちが生きていける場所がないじゃないですか。適応できないんですよ。この社会に。全然適応できないんですよ」

「やめてぇ~」

「それに・・」

「それに?・・というか、とても聞きたくない気がするけど・・」

「それに、私たちには生きている価値も、存在理由もないんですよ。社会的な役割とかそれ以前にポジションがないんですよ。ありとあらゆる関係性がないんですよ。喜びも幸せも何もないんですよ。辛くても苦しくても、自分の存在理由や価値や役割があれば生きていけるんですよ。でも私たちにはそれすらがないんですよ。ただ苦しいだけ、寂しいだけ、辛いだけなんですよ。だからもう・・」

「やめてぇ~、言わないでぇ~」

「私たちって、なんなんですかね。私、考えるんです。毎日毎日。時間は山ほどあるから、すっごく考えるんです。私たちって何なんだろうって。私たちの存在って何なんだろうって」

「・・・」

「私たちって無駄の極致なんですよ。生き物の世界は、一見無駄に見える生き物だって、別の見方をすれば自然の循環の中でそれなりの役割がちゃんとあったりするんです。でも、私たちにはそれがないんです。それすらがないんですよ。ただただ無駄なんです。ただ無駄な存在なんです。無駄どころか有害ですらある。食物連鎖の頂点ですから、私たちが生きているだけで、多くの生き物が死んでいく。私という無駄を生かすために多くの生き物が犠牲になるんです。エネルギーも立派に消費しますから、環境だって破壊する。なのになんの生産性、採算性もないし、社会になんの貢献もしていない。本当に私たちの存在って、無駄でしかない。害悪でしかないんです。お荷物でしかないんです」

「やめてぇ~」

「どう考えても存在理由がないんですよ・・、私たち・・」

「ううっ・・」

「存在理由もない、生きていける場所もない、この社会に適応もできない・・、だから、やっぱり・・」

「やめてぇ~、その先は言わないでぇ~」


 沈黙・・


かなえ「でも、だからといって死ねないですよね・・」

引き屋「・・・、うん・・」

「なんか死ねる人って、ほんとすごいって思いません?私はほんとすごいって思うんです。出来ませんよ。自殺なんて。マジで怖いですもん。ほんと怖いですよ。頭では考えるんです。色々。首吊ったり、手首切ったり、睡眠薬山ほど飲んだり、餓死とか、凍死とか、でも、実際死ぬのはほんと無理です。だからほんとに死ねる人ってすごいって思います」

「うん・・、僕も思う・・」

「私手首切ったことあるんです。中学の時に。不登校になった時にほんと色んな事がぐっちゃぐちゃで、もうほんと死にたくて・・」

「・・・」

「でも、切れたのなんて薄っすらと皮膚の表面だけですよ。ちょっと血がにじむくらい。笑っちゃうくらい、切れてないんですよ。情けないくらい切れてないんですよ」

「・・・」

「でも、それだけでビビっちゃいましたもん。もう、なんかそれだけでもうダメって感じで。ほんと私ダメなんですよ。結局死ぬことすらが出来ないんですよ。精神を病みきることすらが出来ないんですよ。全てが中途半端なんですよ。鬱とか神経症とか統合失調症とかアル中とかいろんな病気あるじゃないですか。それすらになりきれないんですよ。それに近い存在ではあるんだけど、でもなりきれないんですよ。ある意味普通なんですよ。社会的に見たら異常なんだけど、病気かって言うと病気じゃないっていう。だから社会的に私たちってなんか立ち位置が分からないっていうか、救い方が分からないっていうか、だからどうしていいか分からないんですよ。自分たちですら、もう訳分からないんですよ。病気にでもなって、狂いきっちゃえばそれなりに何かそういった社会的なポジションとか、救いとかあるんですよ。障碍者枠とか病院に入院するとか。でも、私たちある意味普通なんですよ。健康なんですよ。ちょっと病んではいるんだけど、でも、やっぱり普通なんですよ」

「そこが逆に辛いとこなんだよね・・」

「そうなんです。中途半端におかしいから、どっちにも行けないんです。普通にもなれないし、異常にもなれない。でもだからといって、ヤンキーとかオタクとか、なんかそんな存在にすらもなれないんですよ。反社会的な存在にもなれないし、社会のスタンダードから外れて、何かに没頭して生きていくことも出来ない。ヤンキーだって、あれはあれでそれなりに才能とか、キャラとか必要だし、オタクはオタクでやっぱり結構奥が深いし、意外とみんな行動的だったりするんですよ。それに知識量とか技術とか、やっぱりすごいんですよ。ああいう人たちって」

「確かに」

「ヤンキーもオタクの人たちも、それぞれにそれなりにすごい能力があって、それでそれなりに、やっぱりなんだかんだ言って社会に適応して生きていけているんですよ。でも、私たちってそれすらがないんですよ。何もないんですよ」

「・・・」

「もうどうしていいのかさっぱり分からない。というか、自分が何なのかが分からないですよ」

「・・・」


 沈黙・・


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