第3話 説得からの・・
引き屋「ずっと引きこもってたっていいじゃないですか。そういう可能性だってあると思うんです。引きこもっていても幸せになる道もあるわけですよ。そういう道を探求するっていう道もあるんですよ。どうですか。素晴らしくないですか」
かなえ「・・・」
「引きこもったまま生きていく道を考えるっていうのも一つの考えかなって思うんですよね。そんな生き方もあっていいと思うんですよ。例えば芸術家とか、クリエイターとか、修行僧とか、研究者とか、ずっと引きこもって自分の道を探求していて、それで充実しているわけじゃないですか。そういう生き方もあるんじゃないかと思うんですよ。そういう幸せもあると思うんですよ。幸せは千差万別、世間の価値観に縛られることはないんですよ。そんな風に最近僕は考えるんです」
「・・・」
「引きこもりが悪だという、間違っているという、そういう概念から脱出するんです。そういう思い込みから脱出するんですよ」
「・・・」
「引きこもってたっていいじゃないですか。そのままの、引きこもりとしての幸せを探求、追及していくんですよ。引きこもったままで出来ることを探求していくんです」
「・・・」
「無理に出なくたっていい。新しい生き方ですよ。新しいソリューションですよ」
「・・・」
「どうですか。かなえさん、落ち着いて考えてみてください。引きこもりは可能性なんですよ。絶望ではないんです」
「・・・」
「落ち着いて、ゆっくりと考えてみてください。これは希望なんですよ」
「・・・」
「そう希望なんですよ。未来なんですよ。生き方なんですよ」
「・・・」
「一つの立派な生き方なんですよ」
「なんで外に出たんですか」
「えっ?」
「だったら、なんであなたは外に出たんですか」
「・・・」
「あなたも元引きこもりでしょ。だったらそのまま引きこもっていればよかったじゃないですか。あなたの理論通り」
「・・・」
「なんで出たんですか」
「・・・」
「引きこもっていればよかったじゃないですか。ずっと、ずっと、あなたの言う、引きこもったままの幸せを探求していけばよかったじゃないですか」
「・・・」
「そうしていればよかったじゃないですか」
「・・・」
沈黙・・
引き屋「辛かった・・」
かなえ「えっ?」
「あの冷たい夜・・」
「あの・・?なんか急にキャラが暗くなりましたけど・・」
「あの心の芯まで凍る冷たい夜・・、一人ぼっちのあの寂しい夜。もう嫌だぁあああ・・、いやあだぁぁ」
「いや、あ、あの・・💧 」
「一人で・・、過ごすあの長く冷たい夜の絶望感・・、もうやだぁ~」
「あの・・」
「絶対ヤダ、絶対嫌なんだぁ」
「だ、大丈夫ですか?」
「はあはあはあ」
「落ち着いて考えろと言ったあなたが、思いっきり取り乱してるじゃないですか」
「す、すみません。はあ、はあ、めっちゃリアルに当時を思い出しちゃいました」
「大丈夫ですか。もしかして、あなたは、私の支援とかしてる場合じゃないんじゃないんですか・・💧 」
「いえ、大丈夫です。はあ、はあ、これはボランティアですから」
「なんか、全然大丈夫そうじゃないですけど・・💧 というかボランティアだからなんなんですか・・」
「いえ、大丈夫です。自慢じゃないが私は元引きこもりですよ」
「いや、だからそれ自慢にならないですから」
「あなた以上の強者でしたよ」
「ほんとそれ全然自慢になりませんから」
「断続的ではありますが、合計すればあなたよりも通算引きこもり年数は長いです」
「だから、何の自慢なんですか。それに年上なんだから自然とそうなるでしょ」
「そしてなんといっても、外に出られた先輩でもあります」
「それは、本当にすごいと思います。私出来ませんから。でも、世間的にはなんの自慢にもなってませんよ。というか、恥でしかないですよ」
「そうでした・・。すみません。つい、一人で熱くなってしまいました」
「とりあえず涎を拭いてください。はい、ティッシュ」
「すみません。ありがとうございます。完全に我を失い取り乱してしまいました。こういうとこがキモイんでしょうね」
「はい?」
「よく言われるんです。キモイって」
「はあ・・、あの・・」
「僕を見ると、キモイキモイって女の子たちが逃げていくんです」
「はあ・・」
「もうどうしようもないですよね。女の子にそうされちゃうと・・、男って。もう立ち尽くすしかない。怒ることだって、抵抗することだって、抗議することだってできない。そんなことをしてしまったら余計にキモがられるだけ・・」
「いや・・、あの・・、ほんと大丈夫ですか・・?」
「そんなことをしてしまった日には、世間はさらに私を冷たい目で見るでしょう。もう犯罪者予備軍のような目で見ることでしょう。というか本当の犯罪者になってしまう。それだけは避けなければ・・」
「あの・・」
「男ってほんとそんなことされた日にゃ、もう立つ瀬がないですよ・・」
「あの・・、だから・・」
「ほんと辛いですよ。女の子にそんなことされちゃうと。しかも、傷ついているはずの、傷つけられているはずの被害者であるはずの僕の方が加害者みたいになるんですよ。キモがらせているという。人を傷つけている。人を不快にさせているという。だから二重に傷つくんですよ。傷つけられながら、傷つけているという。だから今でも怖いんですよ。人に会うのが。人に見られるのが。空間に入って行くのが。大勢の人がいる教室みたいな空間に入って行くことが今でも怖いんですよ。人を不快にさせるんじゃないかって、空気を凍らせてしまうんじゃないかって。ただ単に傷つけられるより、自分が人を傷つけてるんじゃないかって、不快にさせてるんじゃないかって、そっちの感じの方が辛いんですよ。被害者よりも加害の方が人によっては辛いんですよ」
「なんか、ほんと大丈夫ですか。なんかあなたの方が重症な感じがしますが・・💧 」
「私だって引きこもりたいですよ。また、あの安全で快適な、何のストレスもないあのぬくぬくと温かい自由な部屋に、飽きて体がだるくなって、頭が痺れて気持ち悪くなるくらい毎日寝て、なんかもう、訳分からんくらい、毎日堕落して、もうすべてが自堕落で、どうしようもなくて、そんな感じでずっと永遠に生きていきたいですよ」
「いや、あの・・、やっぱり、私の支援とかしている場合ではないんじゃないですか・・💧 」
「外に出たってろくなことはない」
「えっ?」
「今の世の中、もうめちゃくちゃ熾烈な競争社会だし、訳分からんくらい絶対逆転とか無理っていうくらいの格差社会だし、ほんとやな奴ばかりだし、厳しい人ばっかりだし、女の子は冷たいし、じじいは威張ってるし、婆はどぎついし、おっさんはすぐ説教とかしてくるし、ガキはクソ生意気だし、おばはんはゴキブリでも見るような目で見てくるし、かわいい子はパンに生えたカビを発見した時のような目で見てくるし、すぐいじめられるし、キモイとか言われるし、変な目で見られるし、バカにされるし、ほんとにもう、また引きこもりたいですよ」
「いや、あの・・、外に出たってろくなことはないって、いきなり引きこもりにとって絶望的なこと言わないでください。というか、なんでいつの間にか私があなたの悩みを聞いているんですか。逆でしょ」
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