戯曲・引きこもり少女かなえvs引き出し屋

ロッドユール

第1話 引き出し屋現る

「こ~んに~ちわ~」

「ん?」

「こ~んに~ちわ~」

「・・・、何か・・、外から変な声が聞こえる・・」

「こ~んに~ちわ~」

「やっぱり聞こえる・・」

「こ~んに~ちわ~」

「・・・」

「こ~んに~・・」

 ガチャッ、ガラガラガラッ

「こ~んに~ちわ~」

「わっ」

「玄関を開けていただきありがとうございます」

「なんか怖くて、思わず開けてしまった・・、すでに後悔していますが・・」

「こんにちわ~」

「あ、あなたは誰ですか」

「私は引き出し屋です」

「えっ、あの、引きこもりが、世界で一番恐れる、あの噂の引き出し屋・・」

「そうです」

「・・・」

「どうされました?」

「ついに来てしまったんですね・・。私がもっとも恐れていた現実が、今目の前に来てしまったんですね・・」

「そんなに、絶望的な顔しないでください」

「なんで私のところに・・、というか依頼する人はあの方たちしかいませんが・・」

「そう、あなたのご両親に依頼されました。かなえさん」

「やっぱり、わぁ~、めっちゃ余計なこと・・」

「そんなに、あちゃ~って、リアクションで崩れ落ちないでください」

「ほんと、うちの両親は私のマイナスになることばかり・・・、もう、ほんと最悪。最悪過ぎる」

「そんなに世界の終わりみたいに、頭抱えて膝から崩れ落ちてうなだれないでください。まあ、あなたを思ってのことですから」

「それがめっちゃ余計なことなんですよ。ほんと最悪ですよ。最悪過ぎて目まいがしますよ。私のことを本当に思うならほっといてくれたらいいんです。でもほっとかないんです。そして、考えに考えてこういうものすごく余計で間違ったことをするんです。そういう人たちなんです。ほんと最悪です。頭がくらくらするくらい最悪です。今目の前が真っ暗になってます。私を傷つけないよう傷つけないようにやさしく接しながら、結果的に私を傷つけることしかしないんです。あの人たちは・・、常に何かを間違えているんです。天然で間違えるんです」

「まあまあ、落ち着いてください。かなえさん」

「ほんとあの人たちはぁ・・」

「そう頭を抱えないでください」

「うううっ・・」

「かなえさん、あなたは、中学時代から十年以上引きこもっている。そして、もうすぐ三十歳。現在は実家のこの離れの平屋に一人暮らしをしている」

「はい・・」

「生活費、食事等は完全にご両親に依存」

「はい・・、もう、全てを知っているんですね・・」

「まあ、そう、がっかりしないでください。私はあなたを引きこもりから脱出させるために来たんです。外に出たくはないですか。普通の生活をしたいとは思いませんか」

「思います。めっちゃ思います。切実に思います。外に出たい。普通の生活がしたい。普通の人間になりたい。そう思わない日はないです。それを夢想しない日はないです」

「じゃあ、出ましょう」

「でも、あなたの言う引きこもりからの脱出って、なんか屈強な男の人たちが何人もドカドカってやって来て、無理矢理泣き叫び、暴れ狂う私を寄ってたかって羽交い絞めにして、強制連行みたいな感じで引きずられるように車で連れ去られて、そして、なんか絶対脱出できない山奥の厳重に警備された施設で強制労働とかなんかさせられて、そして、反抗とか口ごたえなんかすると、殴られたり拷問されたりとかっていう生活に移行するっていう形の脱出ですよね」

「違います」

「そんな形の脱出って、全然無理だし嫌だし、それだったら絶対引きこもっていたいです。でも、私はただの引きこもりのなんの力も後ろ盾も、お金も発言力もない無力な少女・・。あなたたちに抵抗できるはずもありません。抵抗しませんから乱暴にはしないでください・・」

「だから違います」

「さ、さっさと連れて行ってください。私には力なんて欠片もありません。色んな意味で何の力もありません。抵抗なんか端から無理です。もう、あなたが来た時点で、もうすでに全てを諦めています。私の自由を諦めました。これからの私の幸せを諦めました。私は今、ライオンに捕まり、食べられる寸前の子シマウマです。ですから乱暴だけはしないでください。そして、できうる限り私をか弱い人間として扱ってください。ほんとか弱いですから。想像以上にか弱いですから。寂しさで死んでしまうウサギレベルでか弱いですから。人間の手に握られただけで、その体温で死んでしまう小鳥レベルでか弱いですから。ちょっと、きついこと言われただけで死にたくなるレベルでか弱いですから」

「だから違いますよ」

「そこだけはほんとお願いします。暴力とかだけは・・、ほんと・・、えっ、違うんですか!」

「気付くの遅過ぎですよ。さっきから何度も言ってるじゃありませんか」

「・・、すみません。引き出し屋って、もう絶対そういうイメージでしたから・・。それがついに私のところに来たっていう、その恐怖で自動的に勝手な妄想が膨らんでしまって・・」

「私はそういう引き出し屋ではありません」

「どういう引き出し屋なんですか」

「引き出さない引き出し屋です」

「・・・」

「引きこもりを引き出さない引き出し屋です」

「・・・」

「いや、そんなめっちゃ頭おかしい奴を見るみたいに見ないでください」

「実際おかしな奴じゃないですか」

「はっきり言いますね」

「言いますよ。そりゃ」

「私はあなたと同じ元引きこもりなのです」

「いや、それ胸張って言うことじゃないです」

「通算引きこもり歴は、断続的ではありますが、あなたよりも長いです」

「いや、だから、それ自慢にならないです。なんでちょっと自慢げに言うんですか」

「引きこもりは外に出るばかりが正解ではない。引きこもりという概念から脱出するのです。引きこもりという思い込みから脱出するのです」

「・・・」

「思いっきり、なんかやばい奴来たぞって顔しないでください」

「思わずにはいられませんよ」

「引きこもりながら引きこもりから脱出するのです」

「・・・」

「引きこもりながら引きこもりから脱出してしまうのです」

「・・・」

「もしかしたら、想像していた引き出し屋よりも、なんか厄介なのかもしれないって顔しないでください」

「実際、想像していたより厄介そうじゃないですか」

「まっ、ここではなんなんで、お部屋の方に上がらせてもらっていいですか」

「こんな夜中に・・」

「夜中じゃないと起きていないかなって思いまして。引きこもりの人は大抵昼夜逆転していますから」

「確かに、思いっきり昼夜逆転しています・・、夜に起き、昼に寝ています・・」

「そうでしょう。私は元引きこもりなので分かるのです」

「だから、それ自慢になりませんよ。なんでちょっと自慢げなんですか。その話する時いつも」

「では上がらせてもらいますね」

「え、ええ、・・やっぱちょっと図々しいところは私の想像通りですね・・、でも、人の申し出に逆らえない気の弱さゆえに社会に適応できず引きこもっている私は、結局部屋に入れてしまうという・・」

 つかつか

「おおっ、かなりきれいな部屋ですね。大概引きこもりの方の部屋はかなりのレベルで汚れているものですが」

「潔癖もあるんです」

「なるほど」

「この部屋に来た他人はあなたが初めてです・・、友だちがいないので・・」

「この辺に座ってもいいですか」

「はい・・、もう、適当に座ってください。座布団とかないです。私には社会性も、というかそもそも社会の基本がありませんから・・」

「そう、一々マイナスにならないで下さい・・💧 そこはお構いなく。お茶なんかも要らないですから」

「はい、すみません・・、ほんとすみません・・。なんか生まれてきてごめんなさい・・、社会性無さ過ぎて、ほんとごめんなさい・・、社会常識無くてごめんなさい・・」

「ただ他人を家に入れただけで、そこまで自分を責めなくても・・💧 僕でもちょっと引きますよ・・💧 」

「自己肯定感ゼロなんです・・、あまりにも外の世界で他人からも自分からも否定され続けて来たので、まったく、その辺の自分を守る防御壁がまったくないんです・・」

「なるほど、そうですか・・、まあまあ、とりあえずかなえさんも座ってください」

「はい・・」

「では、僕も遠慮なく座らせてもらいますね。よっこらしょ」

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