第7話
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風見鶏邸では血臭が漂っていた。いや、それは造魔が創り出した臭いであろう。そこにはダンが居て掌の上で大きな奇石を放り投げてカウンターの椅子に座り、ハリーの帰りを待っていた。
ホテルのドアを開け、ダンを見たハリーが言った。
「老人とは良く言ったものだ、所詮、竜のまがい物では相手不足と見える」
それに何も言わずダンがハリーの方に奇石を投げた。しかしハリーはそれを一閃の元、真っ二つに切り裂いた。
「…いらんか、翼竜(ワイバーン)の『奇蹟(ミラクル)』なんぞ、の大僧正会(クレリック)に売れば10万ドルはするだろうに」
その会話を聞いて奥で震えていたロドリック教授は恐る恐る出て来た。
教授は翼竜の襲撃を受けた時、あまりの恐ろしさに腰を抜かした。抜かしてその後、自分に迫る造魔の牙を見た時、あまりの恐ろしさに失神したのだった。そして先程目を覚ませば、そこには横倒しに倒れていた翼竜の姿があった。
たがその姿は見る見るうちに霧散し、やがて奇石を残して消えた。教授にはそれが『奇蹟(ミラクル)』だというのは分かったし、今老人が言ったように大僧正会に売れば高額なものになるという事は分かっていた。
何故なら竜なのだ。
だが、それをこの二人はまるで不要ともいわんばかりに扱いで、また若者はそれを剣で真っ二つに切り裂いた。
その剣技に驚くというよりも、その精神の大胆さに驚いた。
だが教授にははっきりと分かったことが分かった。それは今自分を追う者はおらず、自分は明日安心してカンザスへ向かえるということだ。今夜は安心してこのメデューサの首を抱きながら眠ることができるのだ。
小さな歓喜が身体を巡り出した。だからその表情に笑顔を浮かんだ。歯の抜けた口が大きく開き笑い声が響く。
それだけじゃない、血走る眼に涙が浮かんだ。
――これで、これで俺が古き世界の考古伝承学でトップに躍り出るだろう、今まで永年儂を虐げて来た他の学者どもよ、見よ!!儂は、遂にメデューサの首を手に入れたのだ!!それを大々的に学会で発表してやる!!そうだとも、儂が、私が、俺が一番なのだ!!
「――首を返してもらおう、教授」
不意に夜風のような声が教授の耳に響いた。
そこには先程抜いた剣の切っ先を教授の眉間へ向けたまま動かぬ美しい貌が見えた。
額まで垂れた黒髪の向こうで自分を見つめる眼差し。それは青白く燃え上がっている。まるでそれは深い深い、まるで古き世界の詩人ダンテが旅した地獄の最下層から覗いてるような冷たい眼差し。
しかし教授は、いや教授の欲望はそれを上回る蛇の舌でその眼差しを絡めとると、それを言葉として吐き出した。
「誰がそんなことするか!!これは儂の長年の欲望よ!!お前ごときこの首を渡せるか!!いいか、儂はお前達と契約しているのだ。お前達は俺を保護するべき義務がある。分かるか!!それがこの世界のホテルの掟だ!!若者っ!!」
言うや教授は円筒状の箱を抱きかかえる。するとハリーは自分が手にして盾を教授に向けた。
「お前!!その盾は」
教授が驚いて目を閉じようと両手で顔を覆った時、教授はメデューサの首を仕舞ってある箱を落とした。すると電子錠の掛けられた円筒状の箱が突然開き中からメデューサの頭が飛び出した。すると首はハリーの構えていた盾に見事に収まり、それが教授を目を見開き、じろりと見た。
驚くロドリック教授が叫ぶ。
「まさか電子錠をかけていた箱が開くなんて!!」
叫ぶ教授にメデューサの盾を構えたハリーが言う。
「この盾はメデューサの血飛沫に塗れている。だから俺がこの盾を見たため緩やかな石化の呪いに掛けられたのだ。だがメデューサの首が飾られたこの盾の石化の呪いは、その比ではあるまい」
教授が叫び声を上げる。上げるとやがて教授はそこにばたりと倒れた。そう、教授の手足の先はみるみる内に白くなりまるで石膏のように固まっていたっのだった。そしてやがて彼は全身が白くなると、やがてピタリと動かなくなった。
それを見てからハリーが言った。
「ダン、お前も教授のようにしてやろうか。後ろに隠れている場合じゃないだろう」
いつの間にかハリーの背後に隠れてのか、背後からダンから声がした。
「ああ、昔コカトリス退治をした時、儂も石化したことがあってね、そいつの回復にどれ程かかったことか、嫌な思い出だ」
その声を背後に聞きながら、ハリーは言った。
「…それでいつ、この電子錠のロックを外したんだ、ダン?」
それを聞いてダンがひっひっひっと笑う。
「まあこいつが、気絶している内にな。こそっやっておいた。まぁ旅の途中で箱でも開けば御の字かなと思っていたが、まさかここで開くとは」
「何故、こんなことを?」
ハリーが笑う。
「いやな、儂は思ったんだ。きっと翼竜の奇石をお前に渡せば粉々にするだろう?そうなると金銭が不足するし、案の定、あの翼竜、玄関先の門を破壊しやがった。その費用と償いはこの教授の宿賃には含まれていないから、せめてもの恩返しにそうしたまでさ」
「それは恩を仇で返すというのじゃないか?」
「何とでも言え、とりあえず翼竜からは守ってやったのだから契約は守った。後はこいつの運次第だろうが」
そう言うとダンの声が背後から消えた。メデューサの呪いを恐れて逃げたのだろうとハリーは思った。思わず苦笑する。
それからハリーは床に転がるトラベラーズマントを手に取ると盾に浮かぶメデューサの顔に被せた。被せるとハリーは呟いた。
「さて、今夜は汚れた部屋の掃除で大変だ。マリーが飲んだ昏睡薬は朝には切れるから、それまでにきれいにしておかないとな」
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