第5話
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朝の陽ざしがこれほど眩しいとは、降り注ぐ朝陽を受けながら目を覚ますとハリーは思った。
マントの中でゆっくりと手を動かす。その手がやや痺れを感じている。それは昨夜の戦闘中には無かった体の感覚。身体の筋肉が熱を帯び、四肢に力が入りにくい。だが、とハリーは思った。
(…戦えないという訳ではない)
ハリーはマントを剥ぐと、躰を起こした。起こして精神刀剣を肩に掛けながら、ソファに腰掛ける。そこで彼は思慮する。それは自分に起きたこの異常についてだ。
昨晩、自分はあの造魔――巨躯の戦士と対峙して戦った。それは別段、何事も無い戦闘であったが、ただこの四肢を襲う強力な虚脱感というのその直後から起きた。精神を非常に疲れさせるこの虚無感。まるで振り払えない霧の様に視界を覆い尽くす、肉体へのダメージ。
(何だ、これは…)
「呪いだな」
その声にハリーは顔を上げた。見上げる先に見えたのは二人の男。それはダンとロドリック教授だった。その二人が向かい側でハリーを見つめている。その彼等の前にはあの電子錠がされた円筒型の箱があった。ハリーはそれを見ながら言った。
「呪いだと?」
それにダンが答える。
「ああ、そうだ。俺にもお前の状況を見て覚えがある。造魔の中にごく一部だが、強力な呪物を持つ者が居て、それと戦うとお前のような強力な虚無感、脱力感に見舞われる」
「ならば、何の呪いだと?」
ハリーは視線をロドリック教授に移す。ハリーの視界に教授が映る。顔の肌は浅黒く、また唇は片方が吊り上がり背は低く腰は曲がったまま、愛おしそうに円筒状の箱を撫でまわしている。その目は異常な程恍惚としていて、充血している。ハリーは鋭い視線で教授を見つめる。教授はその視線に気づいてるのか、気付かぬふりをしているのか分からないが、唯、ハリーに言った。
「お前、儂は客じゃぞ、それも高額な金額を払った。そんな客にそんな口調で問いかける奴がいるのか?」
ハリーは見つめたまま何も言わない。だが何かを読み取ろうとしている。教授が愛でて撫で続けるその円筒型の箱、それは何か。いや、ハリーは昨日の先頭であの造魔が零した言葉から答えは得てる。だがその確証を今教授から得ようとしている。
それはつまり…
「そこにあるのはあの造魔の首だな」
言ってからあの巨躯の戦士の言葉が鼓膜奥に響いた。
…俺は、いや私は、自分を探している、違う…自分を探しているのか、それとも自分の失われた何かを探しているの…追って、此処迄、やってきた
「そうとも、しかし、お前みたいな知識なく戦うしか能の無い壁人(ウォーリア)風情には分かるまい。これの価値もなんぞな」
「価値などはどうでもいい」
ハリーは背を曲げて撫で続ける教授に鋭い言葉を発した。その発した言葉には侮蔑の気持ちが含んでいる。それは何か。教授、この男は恐らく墳墓に眠る墓を暴き、そこでこの造魔の首を見つけたのだろう。つまり墓荒らしを舌のだ。
眠れる死者の墓を暴く、それは正に盗掘だ。それが学術研究とはいえ、墓荒らしの賊徒と何も変わらない。それがハリーの侮蔑になったのだ。
「止せ、ハリー」
ダンがハリーの気持ちの混濁を押さえる。
「お前がどう思ってもいいが、この方は客なのだ。いいな」
ハリーが答える。
「任務の放棄は別段自由だ、違うか?過保護はそれにあたる」
その言葉を聞いて、教授の手が止まり彼は顔を上げた。血走る目がハリーを見る。見たが彼は別段、驚くことなくハリーに言った。
「過保護じゃと、それで放棄するのか?まぁいい。明日になれば隣のカンザスシティの大僧正会から迎えが来る。それまで生き延びれいいだけのこと、それぐらいなら、ここの地下シェルターに逃げれば何とかなるだろう。なんでも隣の御仁は竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の達人らしいでな。それに若いもんよ、お前の呪い、やがてそれはお前を襲うぞ、呪いを掛けた本人を殺さぬ限りな」
教授はくっくっと笑う。教授の言葉を聞いて眉をひそめたハリーを見たダンが横で鼻を指で拭く。
教授は笑いながら言う。
「躰の痺れ、虚脱感、それはこの首の呪いさ。この首は大きな盾の中に彫像のようにはめ込まれてあった。その首を取り出す為に、呪いがかからぬよう儂は事前に大僧正会から強力な護符の巻かれた衣服を身に纏い『首』取り出した」
――大きな盾
ハリーは昨晩の戦いを思い出した。そう確かにあの巨躯の戦士は何処からか大きな盾を出したではないか。
(あれか…)
ハリーが逡巡する思いを巡らそうとした時、教授が言った。
「この首は美しかったぞ、それは、それは非常に美しい首だった」
教授がその首を愛撫するように撫でまわす。
「言え、お前は見たのだろう、あの造魔の戦士、つまり男の首を」
ハリーの気圧した声が響く。
「ほう?男だと?この首をお前は男だと思っているのか?」
教授が嘲笑する。
「何とも浅はかだな、やはり学が無い。いいか聞け、これは女だ、女の首だ。古き世界の伝承ではこう謂れておる」
――メデューサとな
「メデューサ…だと」
ハリーが反芻すると教授が言った。
「そうよ、そしてあのサルマン聖墳墓はメデゥーサを斃したという戦士が眠るという伝説の墓よ。つまりお前が出会った造魔は…」
教授はにやりと笑った。
「かの伝説の戦士、ペルセウスよ」
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