第6話

(6)


 リサは両肩に圧しかかる暗闇の質量を感じて、地面に片膝を着いた。何だというのだろう、恐ろしい程の圧力が闇の粒子に含まれて突如立っていられない程の精神的圧力が加わり、肉体を支配してゆく。

(何だって言うのさ…)

 心で呟くリサの言葉に圧しかかる様に、声が聞こえた。


 ――跪け、人間の女。お前のような存在の魂では私ごときの不死の眷属には逆らえぬ。


(不死の眷属…?)

 リサは声を聞きながらも電磁縄(ヒートロッド)を手元に引き寄せ、スイッチを押す。それはもし何かが迫れば最大出力の電気を叩きこむために。


 ――そうとも、所詮人間は我が食料。そしてその喉下を流れる血管の血は我が命。


(…人間は我が食料…血は我が命)


 声を聞いてリサは転がって死に絶えたグレンの顔を見た。

 顔を覆っていた体毛は既に全て落ちて、そこには自分が良く知る過日の人物の白蝋とした死に顔が見えた。

 もし、そこに彼と過ごした日の思い出があるとすれば、愛という言葉浮かんでくるだろう。リサは唇を噛みしめて、グレンの五年前の失踪を理解した。

 グレンは同じ遺跡調査団の一員で自分の恋人だった。五年前このキングバレーの調査の際、行方不明になったのだ。最初聞いた時、リサは嘘だと思った。何故なら彼は大僧正会でも上位のマスターだったし、何よりも『造魔』に造詣が深く、また生存術(サバ―ヴ)に誰よりも長けていた。

 だから彼が何かに巻き込まれて行方不明になるはずなど無いと思った。ましてやキングバレーは古き世界の「阿弥陀」が祭られている聖域寺院だと事前の調査結果も出ていた。そなんところに、このような強力な『造魔』が居る筈なんぞ、思いもしなかったのだ。

 そう、この『造魔』の正体、それこそ…


 ――「…死人は静かに眠らせておくべきだ。それがキングバレーの主人ならば特に」


 ハリーの夜風のような声音が脳裏に響く。

 つまり、こいつは…

 そしてグレンは…こいつの牙に掛かり狼男という下僕になったのだ。


 リサがそう思った時、より一層強い闇の圧力がかかり、扉が開いた。そこには黒い影を纏う白い乱杭歯が見える不死の男が居た。

 見えたと思ったと脳が反応すると同時にリサは電磁縄(ヒートロッド)を唸らせ、不死の男を呼んで巻き付けた。


「バンパイアめ!!よくもグレンを!!」

 言ってからスイッチをオンにして最大限の電力を不死の王に送り込んだ。

 稲光のような電流が蛇の様に縄を伝わり、そして瞬時に不死の王を電流で焦がしてゆく。人間ならば即死レベルの最大出力、肉体も死で離脱する魂さえも焦がす程の電流が不死の存在を襲う。

「…くたばれ!!バンパイアめ!!」

 影が切り裂かれる程の凄まじい電流が不死の男の肉体を苦しませる。不死の男は口から乱杭歯を出して、叫んだ。

「ぬむぉおおおおおおお!!!!」

 バンパイアの阿鼻叫喚の断末魔に近い声が地下室に響く。

「くたばれ!!造魔!!」

 リサがそう叫んだ時だった。バンパイアは口から覗かせた乱杭歯をゆっくりと舌なめずりして、それからリサに向き直った。

「馬鹿め!!これぐらいの電流でこの俺の魂を奇石と離脱させれると思ったか。俺は古き世界で最も恐れられた、闇の眷属、不死の王だぞ!!」

 そう言うと散らばる闇を引き寄せて力を体内から爆発させ、躰に巻き付く電磁縄(ヒートロッド)を粉々にした。それから片手をリサに向けると勢いよく天井に上げた。その動きに合わせてリサの身体が大きく空へと舞い上がり、激しく地面に叩き落ちた。

 リサは躰を激しく地面に打った痛みと激しい痺れに身体を動かすことが出来なくなった。

(…まずい、殺られる!!)

 リサは瞬時に思った。しかし激しい痛みに何もできなかった。視線の先に転がるグレンの首が見えた。その首に不死の男の声が届く。

「こいつも私の奇石(ミラクル)を取りに来た愚か者だ。…女、お前もこの男の様に全身の血を吸い、闇の下僕にしてやろう」

 その声が聞こえた時、バンパイアの身体跳躍するのを感じた。大地から不死の男の力が去ったのをリサは感じて瞼を閉じた。

 それが乱杭歯を出してリサに迫るのが分かったその瞬間、迫りくる闇が突如反転するのが分かった。

 リサは閉じた瞼を開けた。すると目前に孤影を描く長剣が見えた。それは青白い光を放つ剣、そうハリーが持つ精神刀剣(ストライダー)だった。

 それは正にバンパイアが乱杭歯でリサの喉元を切り裂こうとする立ち位置を正確に貫いていた。そこにハリーが居たが、バンパイアは瞬時にそれを避け、壁に立っていた。

 ハリーは恐らく冷静にリサを狙うだろうバンパイアをここで突き刺す算段だったに違いない。危難におちた自分を囮にして、バンパイを仕留めようとしたのだ。

 なんという冷徹さだ、とリサは思ったが瞬時に心を伝う温かさを感じた。

 つまりハリーは恐ろしいバンパイを前にしても自分を見捨てることなく、こうして自分を守ってくれたのだ。

 沈黙のままハリーは剣を構え直すとリサを背にして壁に立つバンナパイアに向き直った。

 そして彼は言った。


「マリー、ガイドの役目はしっかりやるさ」


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