第5話

(5)


 ――ハリー、ガイドの役目はしっかりやるのよ


 マリーの言葉を思い出すハリーの鼓膜奥を女の声が震わす。

「私が聞きたいのは何故あんたみたいなホテルの壁人風情が、まるでこの世の何もかも知ってるかのような口調で話すのかってことよ…」

 ハリーを振り返ったその眼差しに遺跡内部を照らすサーチライトが映る。

 その映る瞳は鮮やかな水色。

 そうこの地球『ガレリア』がまだ古き世界で『アース』と呼ばれた頃、氷の氷山を頂く北極付近の半島に広く分布していた人々の瞳は陽が当たれば今の彼女の様に水色に輝いたと聞いている。

 であるのならば、彼女の肉体の遺伝子レベルにはその人々の遺伝的経験が螺旋状のDNAに残っているのかもしれい。ならば赤毛もそうか、ハリーは瞬時に自分を映し出す水色の瞳を見て思った。

 思ったがそれは口には出さない。ただ精神刀剣(ストライダー)をいつでも抜けるように、その柄に手を触れている。壁人の役目は旅人の安全を図る事、そうそれはつまりこのガイド一行の安全を守ることだ。彼女から先行する遺跡調査団は既に一番奥の儀礼の間から地下へ降りる階段へ下っているだろう。その階段を降りることは普段は出来ないが、彼等は特別な目的を持つ調査団だ。すでに大僧正会から許可を貰い、地下へと降りている事だろう。彼らが捜しているのが奇石――『奇蹟(ミラクル)』。正確には黒瑪瑙(ブラックオニキス)に一種だがこれは普通のオニキスではない。何が違うのかと言うと、霊的媒体の生気と霊魂を吸い込み、この世界に魔を造り出すのだ。


 ――つまり『造魔』


 この石について調査が始まったのは最終戦争が終わって100年以上が経った頃だった。初めて『造魔』が現れたのだ。それは大きな蜥蜴をした人間だった。つまり『蜥蜴男(リザードマン)』が、ガレリア西部の土地に現れたのだ。彼等は駆逐されたが、しかし世界各地で同様の『造魔』が現れた。九頭竜(ヒドラ)、鷲頭犬(ケルベロス)、数を上げればきりがない程、それらがガレリア各地に現れた。

 その原因を調べたのが今の大僧正(クレリック)会だが、彼等が出した結論は最終戦争で多くの人類及び爬虫類、昆虫を含むあらゆる地球上の種が瞬時に死滅した為、受肉していた魂が拠り所を失くし、それがこのオニキスに拠って再びこの世界に受肉し、あらゆる形として具現化しているということだった。

 つまり以後、新世界ではこの奇石『奇蹟(ミラクル)』を回収するすることが人類の脅威を振り払う愁眉の事由になり、その為『造魔』を死滅させ奇石を回収する「狩人(レンジャー)」という職業や、またこの遺跡調査団のような公認機関が出来たのだ。

「で…、おたくは何を言いたいっていうの?私達がこの遺跡を調査するのは何か聖域でも穢してるって言いたい訳。でもね、おあいにく様。この遺跡キングバレーはね、古き世界の東部で信仰されていた『阿弥陀(アミダ)』が眠る場所ってわかる訳よ。あんたがさも大事に精神刀剣(ストライダー)から手を離さないといけないような危険な『造魔』なんて、居ないって訳さ」

 だがハリーは言いながら手から柄を離さない。それは彼だけが先程から感じる或る感覚がそうさせているのだ。それは何か?闇の中から覗く冷たい乱杭歯のような感覚。ハリーはリサの言葉に沈黙で返す。それを鼻で笑う様にリサが言う。

「何?ここでも無口(ハリー)ってやつ?暗い場所であんまりだんまりしないでよ。こちらは暗闇でそんなのは嫌だからね」

 リサがハリーに言ってから階段を下りて地下のフロアに足を入れた。そこに小さく灯るライトが見える。先行する調査団のライトだった。だが見ればそのライトが大きな地下フロアの扉の前で落ちていた。扉は半開きになって奥は静まり返っている。リサはその奥に居る筈の仲間に向かって声を掛けた。

「ドノヴァン、イーファ、ライト残してさ。何してんの?」

 その時だった。

 半開きの扉の奥から突如、何かの影がリサに向かって飛びかかる様に襲って来た。その姿がリサの瞳に写った時、同時に手が足の革ベルトに括りつけてある電磁鞭(ヒートロッド)に伸びたが、間に合わないと思った。代わりに悲鳴が出た。なぜならば迫る影は狼の顔をしており、口には食いちぎられた仲間――ドノヴァンの頭が見えたからだ。

「きゃぁああああ!!」

 リサの声が響いた時には彼女の喉元に狼、つまり『造魔』である人狼(ワーロン)の乱杭歯が喉に触れようとしてた。

 しかし、――その刹那

 人狼はリサを避け突如方向を変えて闇の壁へと跳躍したのである。

 何故ならリサの喉を越えて人狼が居た筈のその刹那の先にいつ伸び出てきたのか、ハリーの精神刀剣の切っ先が伸びていたのである。それは長剣の弧を描き、もしそのまま人狼がリサめがけて迫って来たのであれば、一突きに突き刺し、死を与えていただろう死を招く孤剣だった。

 リサは一瞬、恐怖の為に後ずさりするようにして尻もちをついたが直ぐに危機を脱すると電磁鞭(ヒートロッド)を抜いて転がる様に立ちあがり、中腰になって直ぐに闇の『造魔』と向かい合った。大僧正会で学んだ戦闘技術の修練が、自然と精神を支配して肉体を動かした。パンと尻を叩いて汚れを落とす音と気合を含んだ声を上げた。それは仲間を呼ぶ声と共に。

「イーファ!!」

 だが返事が無い。それだけでリサは瞬時に全てを悟り、やがてこの『造魔』から生還する方法を同時に考えた。赤毛が静かに揺れる。

「…成程、ハリー。あんたが言った通り、キングバレーの主人は眠らせていた方が良かったのかもしれないね」

 ハリーは答え無いかと思ったが意外と答えがあった。しかしそれはどこか夜に吹く夜風の様に。

「…こいつは主人じゃない」

 その答えの意味を図ろうとリサがハリーを振り返った時、人狼が跳躍を見せて迫って来た。それは化外の速さだった。

 だが、見よ。

 人狼は瞬時にその首を刎ねられ、その首はライトの光の輪の中に転がり落ちた。リサは余りにも早い斬撃に声が無かった。また自分が手にしている電磁縄(ヒートロッド)を抜く暇も無かった。それ程のハリーの斬撃の速さだった。

「…あん、た。一体」

 リサはハリーを見る。恐らくこれ程の速さの斬撃を来る出せるのは大僧正会でも一握りのマスターぐらいだろう。それ程の斬撃と速さだった。だから自分が殺されたことにも気づかず未だに転がる人狼の目が見開いて何事か言おうとしているのだ。

 それを見てリサは侮蔑の声を出す。

「くたばれ…『造魔』め!!」

 言ってからリサが鞭を当てようと振りかぶった時、彼女の手が思わず停止したのである。

 それよりもあろうことか彼女はその人狼に向かって言ったのである。

「…グレン…」

 彼女が言う言葉はハリーも確かに聞こえた。彼女は間違いなく今転がる人狼の供便に向かって「グレン」と言ったのである。

 そう転がる人狼の首は顔じゅうの体毛が無くなり、やがて人の顔に変わっていった。そして人狼もまた呟いたのである。

「…リサ」


 ――リサ、


 しかしまたその後に人狼は言ったのだ。


 ――ここに近づいては行けない。何故なら此処は…


「え?何、グレン???」


 そこで突如大きな圧力の或る大きな暗闇が落ちて来た。その時、ハリーがしたことは、静かにマリーが自分に与えたバスケットの位置を静かに動かしたことだった。



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