第129話 Sturm~嵐(9)

「大人の・・つきあいですよ。 この世界、常識です。」



彼は服を引きちぎるように脱がせた。



真尋のことが頭に浮かぶ。



「・・いやっ!!!  助けてっ!!!」



もう泣き叫んだ。



彼が自分の服を脱ごうとして一瞬手を緩めた瞬間、絵梨沙は逃げ出した。



中から掛かっていたカギを震える手で慌てて開ける。



「待て!!」



彼が追いかけてきたが、もう死に物狂いで逃げた。



出口で彼の秘書がつかまえようとしたが、そこにあった大きな植木の鉢を倒して妨害し



無我夢中で彼の家を逃げ出した。





その後のことはあまり記憶がない。



慌ててタクシーを拾って自宅まで戻ってきた。



父は仕事で戻っておらず



自室に閉じこもってガタガタと震えた。



押さえていた服を見ると、ブラウスのボタンが全部吹っ飛んでいる。



それを見てまた恐怖が蘇ってきた。



これが



この世界の・・常識・・??




なんなの




絵梨沙はぺたんと床に座り込んで、涙があとからあとから止まらなかった。



「真尋・・真尋・・・」




彼の名を呼んでも



もちろん来てくれるわけでもなく。



暗い部屋でさっきの恐怖とどうしようもない寂しさで動くことができなくなった。






「絵梨沙、どうしたの? もうそろそろ起きてホールに行かないと・・」



父の声で重いまぶたを開けた。





仕事・・



ゆうべのことが悪夢だったかのように、起きた瞬間ものすごい嫌悪感に襲われた。



今日は何人かのアーティストたちとの公演がある。



行かなくちゃ・・





ゆうべのことは父には言えなかった。



パパもお世話になっている人なのに。



それに一生懸命自分をサポートしてくれるパパに



こんなこと言ったら・・心配される。




のっそりと起きて仕度を始めた。




ところが。



ホールについてリハを行おうとした時『異変』は起きた。



絵梨沙は鍵盤に手を置くのだが



ものすごい眩暈に襲われた。



手がブルブルと震える。



そして



脂汗があとからあとから流れてくる・・


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る