85.野営

 パチパチと弾ける焚火の音が1日歩いて疲れた身体を癒してくれるかのようだ。

 やっぱ火はいいな。

 暖かいし料理はできるし、見ているだけで時間を忘れてしまいそうになる。

 ぼーっと火にあたっているとお腹を空かせた兎がモフモフの前足で私の膝をポフポフと叩いてきた。

 時間を忘れすぎてご飯も忘れていたようだ。

 ユキトは野生に生きる兎だから別に私にご飯を食べさせてもらわなくても生きていけるが、人間の料理というものを知ってしまったのでもう完全に野生に帰ることはできないだろう。

 私は石を組んで作った簡易かまどに鉄鍋を乗せてよく熱していく。

 煙が出るほどに熱々になった鉄鍋にオーク肉で作った自家製パンチェッタを大き目に切って入れた。

 パンチェッタはひろしの世界のイタリアという国でよく食べられている豚肉の塩漬けみたいなやつだ。

 私は燻して煙の匂いのするベーコンも好きなのだが、複雑な料理に使うならばパンチェッタの方が美味しいと思っている。

 ベーコンはカリカリに焼いてそのまま食べるのがいいんだ。

 スープやパスタの具としてならばフレッシュなパンチェッタの方が合っていると思う。

 三枚肉と呼ばれる脂と赤身がシマシマになっている部位から作られたパンチェッタは、熱々の鉄鍋に投入されてジュージューと脂を滴らせ始めた。

 肉の焼ける音と匂いがあたりに充満し始める。

 私もお腹が空いてきた。

 本当ならここで玉ねぎとか人参とかキャベツを入れてスープにしたいところだが、ガチャで出た野菜は種類が少ない。

 今あるのは大根、カボチャ、白菜、ニンニク、じゃがいもくらいだ。

 この中で今日のスープのコンセプトに合うやつはニンニクとじゃがいもくらいだろうか。

 私はニンニクを2欠片と、ジャガイモを鍋に入れて軽く炒め、水を入れた。

 あんまり色どりの良くないスープだけど匂いはけっこういいな。

 味付けはパンチェッタの塩味だけだが悪くないと思う。

 ぐつぐつ煮て芋に火が通れば完成だ。

 パンはちょっと奮発して自家製フランスパンだ。

 旅の醍醐味といえばカッチカチの黒パンだが、あれはちょっともう食べたくない。

 私が作ったのは天然酵母と塩と砂糖だけで捏ねた原始的なフランスパンだが、黒パンよりは美味しい。

 天然酵母の発酵力によってふんわり膨らんだパンは外パリ中フワで余分なものが何も入ってないので小麦本来の美味しさを感じることができる。

 黒パンも小麦本来の味といえばそうなんだけど、小麦本来のえぐみや酸味は別に味わわなくていい。

 フランスパンをナイフでスライスして軽く炙り、ユキトと2人分木皿に盛り付ける。

 深めの器にパンチェッタがゴロゴロ入ったスープを注げばキャンプ飯の完成だ。

 これは映える。


「食べようか」


「……!」


 フォークを持ってスタンバイしていたユキトが嬉しそうに頷く。

 いただきますという感じに軽く前足を合わせたあと、でかいパンチェッタにフォークをぶっ刺してパクリと一口で食べた。

 小さな口から覗く鋭い牙が相変わらず兎とは思えない。

 ユキトはモグモグと肉を頬張るとうんうんと頷いた。

 どうやらお眼鏡にかなったようだ。

 お肉好きのユキトは肉料理にはうるさいのだ。

 私もよく焦げ目のついたパンチェッタをガブリと一口でいった。

 30分くらいは煮込んだけど、ちょっと固いな。

 鋭い牙を持つユキトにはちょうどいい歯ごたえのようだけど、私にはもう少し煮込んだ方がよかったように思える。

 だが熟成されたパンチェッタからは旨味が染み出していて、スープは美味しい。

 ホクホクのジャガイモと香りづけのニンニクもいいアクセントになっている。

 パンも小麦の香りがして美味しいな。

 ユキトと2人、競い合うようにスープをお替りしていると、ふいに視線を感じて顔をあげる。

 そこには昼間見かけた男の娘が立っていた。

 私が今日野営することを決めた街道の休憩所には、私以外にも大勢の利用者がいた。

 おそらくその中に男の娘やポニテ娘たちもいたのだろう。

 しかしなんの用だろうか。


「何?」


「あ、ごめん。その兎さん、凄いなと思って」


「ああ」


 ユキトは私の横にちょこんと腰掛けて、どういう理屈なのか肉球しかない前足でフォークを器用に使って料理を食べている。

 不思議なことでいっぱいのこの世界基準で見てもこの光景はおかしい。


「ごめんなさい、僕このあたりの種族に詳しくなくて。もしかして兎さんも獣人の方ですか?」


「いや、ユキトはたぶん兎だと思うけど」


 こんな見た目完全に兎の獣人なんていないだろう。

 そんなことは他大陸かもしくは異世界から来たのでもないかぎりは常識だ。

 やはり男の娘とポニテ女は少なくともこの大陸の出身ではないのかもしれない。

 それにしても、近くで見るとやっぱり可愛いな。

 しかし狐の力と小周天によって強化された私の嗅覚には目の前の相手がしっかり男だと判別できる。

 おそらく人間の嗅覚ではなんとなくしか感知できない性フェロモンというものの匂いだろう。

 男の娘は体臭が薄めなのかほんのりとしか香っていないからなおさら常人に感知するのは難しい。

 なんとなくエロい匂いだからクンカクンカしてしまうな。

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