82.人里の旅
狐の変身能力で15歳くらいの姿になった私は、機能性インナーの上に村人Aみたいな服を着て出来上がった地味な皮鎧を身に着けていく。
なめされて黄土色になった巨人の皮がなかなかにいい味を出している。
一見雑兵の装備だが使っている皮が高位の魔物のものであるとわかる人にはわかる玄人好みの装備だ。
そこに厚手の布で作った野暮ったいリュックを背負えば、どこからどう見ても田舎から出てきたばかりの獣人の少女だ。
準備ができたので魔王城をカプセルに収納して再び旅立つ。
ここからは人里の旅だ。
人里を離れて3年も経っているので少し不安もあるが、それ以上にワクワクしている。
山奥での生活も気楽で楽しかったけれど、人と話す機会がないとどんどんコミュ障になっていくし毎日の生活に刺激も無かった。
その点、旅は刺激に満ちていていい。
楽しい旅になるといいな。
私は遠くに見える街道を目指して歩き始めた。
馬車がすれ違えないくらい細い街道をひたすら歩く。
途中、いくつかの村へ向かう枝道があったけれど寄りはしなかった。
私は今獣人に見えるような姿をしているので、差別とかを気にしているのだ。
ひろしの世界でも肌の色が違うなどの理由から差別が起こっていたが、この世界にも人種差別というものがある。
主に人間やエルフなどの自尊心高めの種族が他の種族を差別している。
これから向かう人間の生存圏の多くは人間の国で、おそらく獣の身体的特徴を持つ獣人を差別する思想を持っている人が一定数存在しているだろう。
偏見かもしれないが、閉鎖的な村社会なんて獣人じゃなくても他所から来たというだけで差別されそうなのであまり寄りたくないのだ。
そもそも小さな村には客を泊めるための宿とか無さそうだし、人の家に泊めてもらうのはちょっと気まずい。
信用できない人間に囲まれて眠るよりは、まだ街道の休憩所で野営するほうが快適そうだ。
私にはガチャで出た高級テントもある。
中の空間が拡張されて広々と眠れるテントだ。
ミニキッチンも付いているし、簡単な料理なら作ることもできる。
ユキトと交代で見張りをするのは面倒だけど、下手な宿屋よりも設備は充実しているかもしれない。
のどかな田舎道をのんびり歩いて、たまにある水場のある休憩所で夜を明かすのはすごく旅っぽくていいな。
ついこの間まで危険な森の中を1か月以上も旅していた私からしてみると、歩きやすくて危険の少ない道がどこまでも続いているだけでも感動できる。
旅といえばこれだよ。
この間までのはなんとか探検隊とかがするような旅で、本当の旅じゃなかったな。
深夜、ユキトが何かと戦っている音で目を覚ます。
金属音がしているので相手は武器を持った奴のようだ。
私は寝床の横に立てかけてあった短槍を持ってテントから出る。
そこには野太い男の悲鳴が響き渡る地獄のような光景が広がっていた。
倒れているのは汚い身なりの男たちで、どうやら盗賊のようだ。
全員が首を一撃で圧し折られて即死している。
逃げようとした奴もいたようだが視認するのも難しい速度で動くユキトから逃げられるわけがない。
最後の一人が首を蹴られて死んでしまった。
ユキト君や、ちょっと人里でその躊躇の無さはヤバい。
盗賊を殺すことに躊躇は必要ないかもしれないけれど、ちょっと人里での行動をユキトと話し合っておく必要がありそうだ。
ユキトは野生を生きている兎なので敵と見ればすぐに殺してしまう。
敵はしっかりと一撃で殺しておかなければ危険だということを経験から知っているのだろう。
しかしそのままだと人間社会で生きていくことは難しい。
戦場帰りの兵士の人がなかなか社会復帰が難しいみたいな感じだ。
常在戦場で敵を殺すことに一瞬たりとも躊躇しない超神兵は戦場では英雄かもしれないが、人間社会に戻ったときに上手く適応できないとただの犯罪者になってしまうのだ。
「ユキト、ここから先の人里では人を殺すときには一度だけ私に確認してほしい」
人間社会には先日の領主のように殺すと面倒なことになる敵というのがいるのだ。
それをユキトが自分で判断することは難しい。
私にも判断がつかないこともあるかもしれないけれど、まあそのときはしょうがない。
また逃げればいいだろう。
「だけどもしユキトが身の危険を感じた時は確認しなくていい」
一瞬の迷いが命とりになるような相手にはさすがに確認してから殺していては手遅れになってしまうかもしれない。
そういう相手に出会ったときはすぐに敵を排除した方がいいし、私もそうする。
ユキトは私の話にはてなを浮かべていたけれど、物分かりのいい兎なのでしっかりと説明すればわかってくれる。
ついでなのでその他にも人間社会の注意点をユキトに伝えていく。
人の物は盗ってはいけない、お金というものがないと物が手に入らない、知らない人にはついて行かない、お菓子をくれると言われてもついて行ってはダメ、などなど。
物覚えの良いユキトはすぐに人間社会に適応した兎となった。
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