62.ジャガイモと貿易
「なぁんだ、毒があるってだけか」
「え、毒ってこれ食べちゃったよ?」
「ジャック聞いてなかったの?芽や緑になった部分に毒があるだけなんだって」
「よかった。僕死なない?」
「死なないって」
ひろしの世界では過去に悪魔の植物と呼ばれていたこともあるジャガイモの説明をすると、子供たちは様々な反応を見せた。
オカルトチックな伝承でも期待していたのか毒があると聞いて落胆する者、今しがた口に入れた物に毒があるかもしれないと聞いて恐れおののく者、そして私の話をちゃんと聞いてジャガイモという食べ物について客観視することのできる者。
レイラは本当に賢い子だな。
「魔女様、このジャガイモって森を探せばあるものなんですか?」
「ん?たぶん無いと思うよ」
ジャガイモはひろしの世界の南米アンデス山脈周辺が原産地だと言われている。
このあたりの気候はアンデスと似ていないこともないが、森でジャガイモっぽい植物を見かけたことはない。
おそらく探しても無いだろう。
私はジャガイモを売るほど持っているので多少ならレイラたちにあげてもいいけれど、タダというのはよくない。
私はアンパン面の正義の味方でもNPO法人でもないのだ。
貧困層を支援して回っていたらキリがない。
あげるなら私にとって価値のある物と引き換えだ。
「ジャガイモ欲しい?」
「欲しいです。私たちの村にはもう食べるものが無いので。でも支払える対価なんて……」
子供が持っている物なんてたかが知れている。
だから私は最初から子供たちには期待なんかしていないのだけれど、レイラたちは持っている物を全部出して何が支払えるのかを相談し始めた。
このなんでも自分たちでなんとかしようとするのはこの子たちの良いところでもあり、悪いところでもある。
おそらく普段から周囲の大人たちが生活苦の愚痴を言っているために遠慮してしまいがちな性格になってしまったのだろう。
まあわがまま放題の野生丸出しの子供よりはいいのだが、もうちょっと大人に期待してあげてもいいのではと思ってしまう。
私は子供たちが差し出した私物の中から、今日狩ったであろうゴブリンの魔石をつまみ上げた。
これ1個で魔王城のMP1ポイント分だ。
この子たちは行商人に魔石を買い取ってもらうと言っていたが1個でいくらになるのだろうか。
「ゴブリンの魔石は売るといくらになるの?」
「1個鉄貨2枚くらいかな。5匹倒すとパンが1個買える」
ゴブリン安いな。
たぶん行商人だから多少割安になっているんだろうけど、それでも安すぎる。
同じレートでジャガイモと引き換えるとしたら魔石5個でジャガイモ1個か2個くらいだろうけど、それはさすがに可哀そうだ。
私の交換レートはMP1ポイントにつきジャガイモ2個ってところにしようかな。
おまけして3個にしてあげよう。
それならこの子たちが狩ったゴブリンの魔石だけでも相当な数のジャガイモを交換してあげられる。
さすがに村を救うほどの量にはならないが、美味しいジャガイモでも食べて生きる気力を養ってほしい。
私は交換レートを子供たちに伝えた。
「いいんですか?」
「いいよ。私にとっても魔石は必要なものだし」
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げたレイラにつられてか、男の子2人も頭を下げた。
子供に頭を下げさせるのって結構気持ちいいかも。
「じゃあ私たちはここで」
「ありがとうございました。ほら2人もお礼言って」
「「ありがとう魔女様、兎さん」」
子供たちとは村の少し手前で別れた。
大人がたくさんいるであろう村の中に入るのはちょっと勇気がいるからね。
ユキトは子供たちに感謝されて満足そうに頷いている。
可愛い。
子供たちの持っていたゴブリンの魔石は全部で12個だったので、渡したジャガイモは36個だ。
行商人に売ってパンを買えば2個にしかならない魔石でこれだけのジャガイモが手に入ったのだから十分だろう。
喧嘩しないように食べて欲しい。
まあ無理か。
しかしそれは私の知ったことではない。
なんか願いを叶えてくれる邪神みたいだ。
人間に言われたとおりに願いを叶えたのに、最後には悲惨な末路を辿る。
私はお前たちの願いを叶えただけだ、とか言ってみたいな。
10日後。
私は本当に邪神のごとく拝まれていた。
魔王城の庭先には100人近い村人が膝をつき、熱心に祈りを捧げている。
その中には先日村まで送った子供たちの姿もあった。
「魔女様!お願いします!どうか我らの願いを聞いていただきたく!!」
一番先頭、髭モジャのおじいさんが土下座して頼み込んでいるのは、子供たちにしたように魔石とジャガイモを交換してほしいということだった。
私はどうせ子供の話なんか信じないだろうと思って自分のことを口止めなどはしていなかったのだが、ジャガイモという現物があったために大人たちは子供の話を信じたらしい。
昔から森の魔女というのは村人たちにとって信仰のようなものであり、今はそれが希望の光のように感じられたらしい。
私は魔女じゃないんだが、今更言っても信じてもらえ無さそうな気がする。
それに村人たちだって本当に何百年も生きている魔女なんていう存在がいるとは思っていないだろう。
肝心なのは自分たちを助けてくれるのかどうかなのだ。
そして子供たちから魔女っぽい奴に助けてもらったと聞き、それが自分たちに危害を加える存在ではないことを知った村人たちは私に接触してきたというわけだ。
私的にはあまりこの場所を人に知られたくはなかったが、ゴブリンキングが倒されてうろついているゴブリンの数が減り、子供でも頑張れば迷い込める場所になってしまった以上はいつかは知られていたはずだ。
そのへんは仕方がないと割り切るしかない。
この取引は私にとっても不良在庫のジャガイモを処分できて代わりに魔石が手に入るという都合のいいものだ。
悪くないな。
「いいよ。交換レートはゴブリンの魔石1個につきジャガイモ2個で」
大量取引になりそうなのでさすがにおまけの1個は外させてもらった。
あれは初回サービスみたいなものだ。
こうして私と辺境の村の魔石貿易が始まった。
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