第64話 救出、いぶっきー!
「え……いぶっきーってフィギュア化してたのか!?」
「みたいだよ! スカサンのロゴも付いてるし……クオリティ高っ! あっ……下から覗けばパンツ見えそう……!!」
「なっ!? お前、そういうのは家に帰ってからだな……!!」
そんな感じで俺らはディスプレイで置かれているいぶっきーのフィギュアを下から覗き込もうと、わちゃわちゃやってると……いくら騒がしいゲーセン内とは言え少し目立ってしまったらしく、他の客や店員から視線が向けられていることに気が付いた。これ以上注目されるのはマズイと思った俺は、彩花に近づいて耳打ちをした。
「……彩花、一旦落ち着こう。俺らのことを知ってる人がいるかもしれないからな」
「あ、うん……ごめん」
「いや、そんな謝らなくていいけど……」
そこで二人の肩が触れるほど近づいてるのに気づいた俺らは、反発する磁石のようにバッと距離を離すのだった。
「……えっと。それでどうする?」
「どうするって……俺はこれめっちゃ欲しいけど……」
「だよね。類っていぶっきーのこと大好きだもんね?」
「誤解する言い方はやめてくれ……」
もちろんいぶっきーのキャラデザも中身も大好きではあるが、恋愛感情みたいなのは無いから……ってぜーんぶ分かった上で、彩花は聞いてるんだろうなぁ。
「うん、もちろん私も欲しいからさ……類、二個取ろう!」
「マジ?」
「マジ!」
彩花は元気に復唱する……いやぁ、流石に二個は厳しいんじゃないか……? でも見たところ個数制限も無さそうだし、取れるもんならいくら取っても良いのか……在庫を空っぽにする前に、俺の財布が空になりそうなもんだけどな。
「……で。誰が取るんだ?」
「類!」
「ですよねー……自分の分くらいはお金出してくれよ?」
「うん!」
とは言っても、他人のお金でやるクレーンゲームほど心臓に悪いものはないんだけどなぁ……どんな反応されてもやってる方は焦るんだよ。相手が彩花なら、それも多少は無くなるけど……まぁグダグダ言ってないで、早速やってみるか。
「じゃあ攻略していくぞ……」
そして俺は正面と左右からガラスの中を覗いてみた。なるほど、ペラ輪の坂道か……要するにフィギュアに付けられた『ペラ輪』と呼ばれる輪っかにアームを引かけて、徐々に落とし口へと進めていくという設定だ。難しい台じゃないだけ有り難いが、アームを輪っかに入れる技術力、そして何度もプレイする忍耐力は求められる。
「よし……百円入れるぞ」
「頑張って、類!」
彩花の期待を背負って俺は百円を投入し、『1』のボタンを押す……。
「えっ!? 類、離すの早すぎない!?」
「良いんだよ。これはアームが開くことを想定したポジションだ。次は『2』のボタンを押して……」
「……今!!」
「違うッ!!!!」
彩花は俺のことを思って言ってくれてるのだろうが……タイミングがズレて仕方ない。オブラートに包まないで言うのなら……すっごい邪魔なのである。
「ああー……外れちゃったね?」
「彩花……ちょっと静かにしててくれないか?」
「あ、うん、ごめんね……?」
「いや、そんな落ち込まなくていいから……」
彩花をシュンとさせてしまって、少し申し訳なくなる。まだ3本爪の設定のデカいぬいぐるみを狙っているとかだったら、二人でキャッキャ言いながらレバーを動かせるんだろうけど……これはボタン式の完全な実力台だ。運が良かったら取れるようなものじゃない。
うん……やっぱデートでフィギュアを狙うのは、なるべく避けたほうが良いかもしれないな。クソ真剣になるからさ……ゲーセンデートを考えている諸君らは参考にしてくれよな?
「……」
しかし……いぶっきーのフィギュアという物を目の前にしている以上、今の俺らには景品を変えるなど、そんな選択肢は全く思い浮かばなかった。俺はもう一度百円玉を入れて、アームを動かす…………横軸は完璧だ。後は縦……!
「あっ、上手い!」
「よし……!」
ぴったり狙い通りの場所に止めることに成功したアームは、垂直に落ちていき……開いた爪は、フィギュアに付いているペラ輪へとすっぽり入るのだった。
「うわスゴっ! ……って、えっ?」
しかしフィギュアが数ミリ動いた後、アームの爪はペラ輪から外れ……無慈悲にも上昇し、所定の位置まで戻っていくのであった。
「……」
そして彩花は何か言いたげな目で、こっちを見てくる……うん。言いたいことは凄く分かるよ。でもこれが現実なんだ。
「……彩花。フィギュアを取るためには、この工程をあと十回ほど繰り返す必要があるんだ。もちろんノーミスでな」
「……マジ?」
「大マジだ」
──
……それから俺は集中してアームをペラ輪に入れるという作業を続けていった。傍から見れば簡単そうに見えるけれど、ペラ輪の輪っかは見た目以上に小さくて……かなりの苦戦を強いられていた。
「彩花、両替をお願いしてもいいか?」
「うん!」
「彩花、店員さん呼んできてくれないか?」
「任せて!」
でも、彩花も出来ることは全部協力してくれて……そしてようやく──。
「よし……あと一歩だ……!」
「目前だね……!!」
落とし口まであと数センチの所までやって来ていた。フィギュアは重さもあるから、勢いをつければそのまま落ちていくだろうが……その最後の一手が、中々決まらないでいた。俺はアームを動かし、何とかペラ輪に爪を入れるが……。
「上手い……って、ええっ!? 入ったよね!?」
「入ったけど……下降制限でうまく引っかからずに抜けていってるんだ」
奥の方から手前へ坂道になっているため、ペラ輪に入れてもあまり動いてくれなくなっているのだ。しかも全面床に面しているため、摩擦の影響も大きくなっている……クソ。あと一歩なのに動かねぇ……どうすれば……!
「うーん……じゃあ類、ペラ輪を狙うのはどう?」
「え、さっきも見ただろ? 入れても動かないって……」
「そうじゃなくって、ペラ輪の付け根部分を狙うんだよ! 類なら出来るでしょ?」
「……あっ! なるほど『押し』か!」
長い間クレーンゲームやっていなかったから定石を忘れていた……そうだよ、トドメは押しで一気に落とし込むのが最善の手だったんだ!
「よし、任せろ……!」
突破口が見えたのなら、話は早い。俺は百円を入れてボタンを押す……そしてギリギリのラインを狙い、アーム本体と爪で箱を押し付けた。その爪によって押された反動によって、フィギュアはジリジリ下へと移動してって……。
「あっ!」「わあっ!」
半分以上床からはみ出したフィギュアに自由落下が働いて……遂に『ガコン』とフィギュアが落ちてくる音が聞こえてきた。同時に獲得を知らせる音が鳴って……俺はしゃがんで落とし口を開き、いぶっきーのフィギュアを取り出した。
「取れたっ!! やったな!」
「うんっ!! とっても凄いよ、類! …………じゃあ」
「ん?」
「もう一個、私の分も頑張ってね!」
「……マジ?」
「大マジ!」
……そんな彩花の笑顔を見た俺は「ノー」と言える訳もなく……手を上げて店員さんを呼んで、もう一個いぶっきーのフィギュアを補充してもらうのだった。
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