犬が拾ったラジオ
郷新平
第1話
早朝、愛犬の正則の散歩の最中、用事を終えた俺は近くに森がある公園に寄り、ベンチに腰掛けることにした。
昨日から一睡もしていなかったから流石に疲れた。ちょっと一休みしたら帰ろう。俺は用事がうまくいったか不安で引き返そうかと思ったが、そんなことを考えていると辺りが暗くなった。
ガツンという何かがぶつかる音で俺ははっとした。横には正則が俺の横で丸くなっていた。手綱を握っていた手を見たら、そこに手綱はなかった。俺は寝てしまったのだと気付いたが、寝るまでなかったものがあった。それは黒いラジオだ。俺が寝てる間に愛犬が俺の手を抜け出し、ラジオを拾ってきたんだろと理解した。だが、何か大事なことを忘れている様な気がする。何だったか思い出そうとしても思い出せない。
このラジオも関係があった気がする。頭を抱えても思い出せないので、そのうち思い出すだろうと思い出すのを諦めることにした。
俺は愛犬を見ながらこの生活をいつまで続けるんだろうか?と思い、愛犬のくつろぐ姿を見ながら、全く、犬は気楽でいいよな。そんなことを考えながら、そろそろ帰ろうかと足を動かそうとする。
するとコンセントも繋がっていないラジオからノイズが聞こえてきた。
ザザー
コンセントが抜けてるラジオから声が聞こえるなんて、俺は疲れているんじゃないかと思い、立ち去ろうとも思うが、好奇心から少し、ラジオを触ってみることにした。
コンコンとラジオを叩いてみると、何も反応がない、よく見るとラジオに液体が付着していた。触ってみようかと手を伸ばした時にノイズに交じって女の声が聞こえてきた。
「あー、この人間、早く行ってくれないかしら、その席、朝は私達の特等席だと決まっているんだけど、誰か、この傲慢な人間様にルールを教える奴はいないのかしら」
俺はいきなりの出来事に驚いたので、後ずさり、話の内容を理解しようと努めると傲慢な人間とは俺の事で、人間と言っているということは声も主は人間じゃない。そう考え、周囲を見てみると野良猫が一匹、こっちを恨めしそうな顔で見ていた。まさか、この猫か?そんなことを考えているとラジオから声が聞こえてくる。
「何かしら、この人間こっちをじっと見て、頭がおかしいのかしら?、そういえば、この顔、何回か見てるわね」
恐らく、声の主はこの猫で間違いがないのだろう。頭がおかしいのかと言われ、そうなのかと考えると猫の声をラジオを介して聞くなんて、確かにそうだよなと納得してしまい、猫に認識されてると知った俺は少し、座って待つことにした。早く、出てきたおかげで時間は十分にある。
「何か臭うわね」
といいながら、猫は移動して、ベンチの上を眺めると
「犬ね、全く、食べ物と住処に困っていない奴はいいわね、こっちはその日、その日の暮らしを考えなきゃいけないのに」
猫が犬に嫉妬かよ。俺はおかしな光景に苦笑いした。
「でも、自由を奪われる生活なんて、御免だわ」
俺は猫の生活に少し嫉妬し、正則を見て、こいつも本当は自由がいいんじゃないかと思ったが、手放したくないと思った。コイツが居なくなったら俺は、、、
毎日散歩してるんだから、文句ないだろ?次買うドッグフードはちょっと高いのにしてやろうと思い、覚えてたらを心の中でを付け加えた。
「ねえ、そこの犬、ご主人様はどうなのよ?」
可愛がってるのに、悪口言われたら嫌だな。そんなことを思いながら、返答を待つことにした。わが愛犬は目を開けた。
ザザー
ノイズ音が鳴り、男の声がする。
「君が言った通り、食べ物と住処に困ってないね、こういう風に散歩にも連れて行ってくれるんだから、いいご主人様だと思うよ」
俺は内心でガッツポーズをし、今度のドッグフードはいいのを買おうと思った。覚えてたら、
「ただ、一つ止めてほしいことがあるな」
俺は耳をそばだて、「猫は体を前に出し、好奇心に駆られた声で言った。
「何よ?」
正則は不機嫌そうにいう。
「俺の名前をころころ変えることだね」
「どういうこと?」
俺はまさかという思いと、この愛犬は何を見てるんだという思いが混ざり、聞いていたいと思ったので、待つことにした。
「先々月の俺の名前は誠一だったんだ」
そういえば、そうだ。もうその位の時間が経った。
「名前が変わる少し前にこういう風に早く散歩に行く、時があったんだ、それから暫くして、名前が正則に変わった、そういうことがちょくちょくあるんだ」
俺は内心、ビクビクしながら話を聞いていた。心なしか、今、正則と呼ばれる犬は俺の顔を伺うように見ている。
猫も俺の顔をじっと見つめ
「この人間、何回か森の中に入っているのを見たわ、その時には人間の大人のサイズの袋を担いでいるのを見たわ」
何回か見られてたんだ。じゃあ、何をしてたか気付くかな?
もっとも気付いたとしても、犬猫の言うことなど誰も聞くことはないか、このラジオがあれば話は変わってくるが
猫はくんくんと臭いを嗅ぐ。猫は後ずさりした。
「この臭いは血だわ、てことは」
俺はくくくと笑った、そうさ、嫌いな奴をこの森に埋めてきたんだ。でも、俺は好きになろうと努力したんだ、愛犬にそいつの名前まで付けて、でも、嫌悪感が増すだけで駄目だった。だから、やったんだ。
俺が気持ちを爆発させているとラジオからノイズ音が聞こえた。
ザザー
それは死んでも成仏できず、。現世を彷徨う亡者の声
「痛い」
「苦しい」
それは俺が嫌ったやつの声だった。その時の苦痛で未だに現世を彷徨っている。亡霊の声だ。
俺は感情が高ぶり、思わず声を上げた。
「俺が嫌いな奴は、皆、苦しむんだ!!」
そんな時、後ろから声を掛けられた。
「ちょっと、宜しいですか?」
振り向くと、懐中電灯を顔に向けられた。
警官だ。
「たった今、苦しむと言っていましたが、先ほど保護して、救急車を待っている。男性と関係があるんですか?」
俺は周囲に顔を向けるとパトカーが停車しているのを確認した。
警官はベンチに一瞬、目を見やり、俺もつられて、ベンチに目を向けるとベンチは赤く染まっている。
警官は顔色が変わる。
「血だ!!」
思い出した、俺は先輩を殴るのにラジオを使ったんだった。
恐らく、わが愛犬は俺の匂いがしたから、忘れものだと思って、拾ってきたんだろう。
そして、ラジオに付いているのは恐らく、血液だ。
そうだ、殴った感触が弱かったかなと思い、もう一度、見に行こうか、迷ったんだった。
俺は呆然自失に陥っていると、ラジオから声が聞こえてくる。
「お前はもう、終わりだよ」
「どうせ、お前の自由はここで終わる、だったら、ここで楽しく暮らそうや」
「はははははははは」
俺は手を振り払い、警官を押しのけようともがいた。
「嫌だ!嫌だ!」
急に狂い出した俺を警官は俺を宥めようと対処に迷い、トランシーバーに手を掛けた、その一瞬の隙をついて、俺は逃げようと走り出した時、何かが足にぶつかった。
猫だ!!一瞬の出来事に対応ができなかった猫に俺は躓き、頭をラジオにぶつけた。
警官は俺に駆け寄る。
「おい、しっかりしろ!!」
俺は立ち上がったが、違和感を感じた。なんで、警官はこっちを見てないんだ、しかも、見てる奴は俺じゃないか?
ザザー
ラジオからノイズ音がする。
「俺はどうしちまったんだ」
違和感を感じたがすぐに原因が分かった。
「何で俺の声がラジオから聞こえてくるんだよ」
近くから笑い声が聞こえる
「お前はこれからたっぷり、可愛がってやる」
俺は絶望のあまり、しゃがみこんだ。もう終わりだ。終わりのない責めを俺は受けるんだ。
そんなことを考えていると苦しそうながら、切実な問いが来た。
「俺たちはこんなにされるまで、お前に何かしたか?」
俺は笑いが込み上げてきた。
数か月後
一人の男がエレベーターに乗り込み、看護師たちは見送った。
「お大事に」
あの事件は猫に足を引っ掛けて、倒れたのを警察のカメラで録画されており、事故ということで、処理されることになった。
あいつがこれまで埋めたとされる、亡骸が山で見つかった。
病院から出ると男は携帯を取り出し、電話をする。
「礼の件ですが、戒めのために彼の犬を引取りたいと思います」
「確かに、必要のないことは分かっているんです」
俺はなぜこんな目に遭ったのかは今だに理解できない。
なら、あいつの犬を引取ることで事件忘れないようにしようと思う。
警察の保管庫にラジオが一台、置かれている。
ザザー
「お終い」
犬が拾ったラジオ 郷新平 @goshimpei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます