子猫さん、あんた何言うてんすか?
メンタル弱男
子猫のために、そしていつか俺のために
猫の赤ちゃんが俺の家に入ってくるようになってから、もう二週間経った。
最初は仕事帰りの俺についてきて、そのまま家に上がり込んできたのがきっかけだった。一度餌をあげたら最後、もう俺の事をパトロンとして認知し、玄関の前でずっと俺の帰りを待つ始末。
家族はいないのか?
縄張りに帰らなくていいのか?
そんな風に声かけをしてみるが、何食わぬ顔で黙ってお座り。そんな時は充電のなくなったアイボを前にしたように、俺は虚しくひとりごとを喋った。
一方でこの子猫も、感情表現を言葉で行う事は多少なりともあった。
『ニー』と、一体どこからその音が出てるのか判断できないか細い声で、俺を見上げる。そして俺もできる限りの高音で『ニー』と応えてみるが、未だ意思疎通できたことはない。
ところでこいつ、何ていう種類の猫なんだろうか?猫のあれこれに関して、全く詳しくないから、茶色の毛玉のような赤ちゃんが大人になったらどんな姿になるのか想像できなかった。
しかし、こんな赤ちゃん。一匹でいることなんて、あまり野良では見た事ないよなぁ。
『なぁ、あんたは一人なんか?』
『ニー』
『そんなちっさい体で外におったら危ないやろ』
『ニー』
『カラスに食べられるかもしれんし、車に轢かれたら大変や』
『…………』
具体的な事を言い過ぎたのがいけなかったのか、子猫は黙ってしまった。
とりあえず餌をやる。
そして一緒にテレビを見る。
俺が笑うと、たまに『ニー』と言いながら膝に乗ってくる。そしていつのまにか小さいお腹を小さく上下させて眠っている。
帰りたい時は、ドアをカリカリ引っ掻くのが子猫なりの合図だった。
『おう、もう帰るんか?気をつけてな』
そう言ってドアを開けると、何も言わずに出て行く。
二週間続いた、そんなルーティン。
だけど、昨夜はちょっとだけ違った。
その日は餌を食べず、何を喋りかけても黙っていた。
『なぁ、お腹すいてへんの?』
『…………』
『まあええけど、無理すんなよ。甘えられる時に甘えときや』
『…………』
そんな具合で、会話は見事なまでの一方通行。それでも、膝に乗って来た時の重みと温かさが、俺の心を和ませる。もうこの時すでに、俺はこの子猫が大切な存在になっていた。
カリカリ。
またドアの方へ向かい、帰りたいサインを送ってくる。
『ほんじゃあ、またな。今日はなんか機嫌悪かったんか知らんけど、またおいで』
適当に手を振りドアを閉めようとした瞬間、子猫は何かを訴えるように鳴いた。
『ミャー、ミャーァ』
今までとは違う声だった。
『別れの挨拶なんて初めてやん。どうした?なんて言うてるん?』
黙って俺をじっと見つめる子猫。
そしてまたいつものように去っていく。
『なんや、さっきのは?』
また来た時に詳しく聞いてやろ、と一人呟いて部屋に戻り、『あいつ、前より体大きくなったし、ちょっと別の餌を用意してやるか』とテレビのCMを見ながら思った。
だけど。
その子猫はその日を境に来なくなってしまった。
○
あいつ、大丈夫だろうか?きちんと保護するべきだったのかもしれない。
家に居座るわけでもなかったから、なんとなく帰るのを見届けていたが、やはりあんな子猫が一匹なのは危なかったんじゃないか?
そんな不安と後悔に責め立てられ、俺はひたすら街の中を歩き回って子猫を探した。
それでも、見つかる事はなかった。
○
『あれ?なんやこれ?』
家に帰ると玄関の前にはたんぽぽの花が置いてあった。
俺はそれを手に取りよく見てみると、若干濡れている。
『ふふっ』
ほんの少しだけ希望が湧いた。これはきっとあの猫が持って来たのだ。そう思えた。
そして次の日も、さらにその次の日も、俺の部屋の玄関前にはたんぽぽの花が置いてあった。
きっとあの子は大事なものを見つけたんだろう。
そして俺も一人、成長過程にある自分の未来に夢を見ている。子猫の来訪は何かの啓示に思えた。
部屋の棚には日毎に増えるたんぽぽと、まだ開けていないキャットフードが置いてある。
子猫さん、あんた何言うてんすか? メンタル弱男 @mizumarukun
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