9-良平に対する異変


帰り、もちろん凪元に声をかける。

あいつらが、凪元を連れ去りそうになる前に俺が先に予定を入れていれば、それに割り入って入りにくいだろ、という短絡な考えだった。


が、案外うまくいくかもしれない。


今日はあいつらは声をかけてこなかった。

帰る方向が確実に違うので、帰宅路までついていくことは流石に憚られた。


無事に絡まれることなく帰ることができたようだ。


けれど、この日は何も起きなかったが、すぐに異変は起きた。




朝学校に行くと、凪元の方から話しかけられた。


「さっきは大丈夫だった?」

「ん?何がだ?」

「いや、大丈夫ならいいんだけど」


と凪元の方から心配を投げかけてきた。

一体何のことだったのか?

俺はわかっていなかった。


またなんだか、クラスメイトの一部、いや、正確な数はわからないが、クラスメイトの人は、俺が話しかけた時、今までにも増して余所余所しい人が増えたような。気のせいかもしれないが、と午前中の時点ではそう思った。


昼休みになり、凪元の所に向かおうとしたときでも、周りがいやにこちらを見たり、あるいは視線を外したり。意図的なものを感じた。


ん?と疑問に思っていると、凪元の方から俺に声をかけてきた。

「あの、木々村くん、ちょっといいかな」

「おう、なんだ」

「こっち来てくれる」

と言って、弁当を食べる前だと言うのに立ち上がる。


今度は凪元の方が俺を教室の外に連れ出す。

廊下は相変わらず、教室よりは冷えている。

人の行き来はない。


「何かあったのか」

「多分、気づいていると思うんだけど、木々村くん、僕と一緒にいたからいじめのターゲットになっちゃったと思うんだ」


衝撃だった。昨日の今日でそんなことになっていたとは。

「……そうなのか……」

思わず、声が漏れ出た。ため息のような掠れ声が。

「え、気づいてなかったんだ……」


凪元の言い方と表情には呆れの感情が隠し切れず表れ漏れていた。

澤木とか和泉の対応が少し変わっていたのには気づいていたが。俺がいじめのターゲットにされていたとは全く考えてもいなかった。

(澤木や和泉はクラスメイトだ。いずれ出てくるかもしれないし、出てこないかもしれない)


「敏感な人とかは気づいて、巻き込まれるのを避けているのかもね」


そうだ。確かに誰だって巻き込まれたくはない。それが普通か。





異変は他にもあった。

5限の体育で使うジャージがなくなっていたり、靴に虫が入っていたり、教科書が切り裂かれていたりしていた。


なるほどな。こういうことをされてしまうのか。勉強になった。

教科書やジャージは師匠か殿子さんに頼めば、なんとかなるだろう。帰ったら殿子さんに頼むか。しかし、これが続くとなると、再度購入しなければいけないのが面倒だな。殿子さんや師匠に金銭的負担が無為に増えるのは申し訳ないところだ。

ジャージは学校指定のものらしく、適当なものではいけないらしい。届くまでは適当なもので代用するしかないが。


帰宅して、殿子さんにジャージと教科書を再購入することを伝えた。

「殿子さん、教科書と体育用のジャージを購入してもらってもいいですか。教科書は指定の書店に行けばいいらしいです。あとジャージは」

「え?どうしたの?何かあったの?」

殿子さんは俺の言葉を最後まで聞くことなく、勢いよく中断させた。

「教科書とジャージがなくなりました」

「えー……そんなことあるの……先生とかには連絡した?」

「はい、しましたよ。そしたら、この紙をもらったんで」

教科書の購入場所について書いてある紙をもらったので、殿子さんに渡す。


「はぁ……」

殿子さんが深いため息をついた。

珍しく殿子さんが頭を悩ましている。

さすがに、この事態が普通じゃないのだろうと自覚した。


「わかった。なくなったものはしょうがないもんね。買いに行こうか。一緒に行く?」

「はい、そのつもりでした」

「教科書は今からでも間に合うのかな……電話注文?」

殿子さんがすぐさま取り掛かってくれた。

こういうところ、殿子さんはすごいと思う。



師匠にも報告した。


「もうそんなところまで行ったか」

師匠は感心していた。

「仕事が早いな、そいつら。良平より仕事の取り掛かりいいじゃないか」

俺は痛いところをつかれたので、何も言えないでいる。

「おい、今のは冗談だ。黙るな」

「すみません」

冗談だとはわかっていたが、笑いながらも圧のある師匠の言葉に反射的に謝罪が出る。

「そこで謝るな。私が悪いみたいになるだろ」

「はい、s」

また謝罪の言葉が出そうになる。今度は既の所で押しとどめた。


「……」

「予想以上に手が早かったな」

師匠が話題を切り替えた。というか本題に戻した。


「そうですね。俺の教科書とかジャージがやられました」

「もう少し後だと思ったんだけどな」

「え?」

「お前、自覚なしで他に目立つことしたか?」

「いえ、そんなことは……ないは」

「そうか」

ないはず、と言いたかったが、途中でバッサリ切られた。今日は発言がバッサリ中断させられる日だ。「ないはずですが」と言おうとしただけなので、問題ないが。


「どうだ?気持ち的には」


「ムカつきますね」


「これからどうしようと思っている?」


「……このまま何度もやられるのは嫌です。一回だけならまだしも」


「……」

師匠はまだ何も答えない。これは、具体的な行動を述べないと答えないパターンかもしれない。

そう考え、俺は何をしたいのか、考えた。師匠は見事に黙って俺の返事を待っているだけだった。やはり師匠の沈黙は苦手だ。

「申し訳ありません。少し考えましたが、出ません。少し考えさせて下さい」


「そうか。わかった」

今日は時間ないからこれで切る、と師匠は通話を終えた。


前は師匠に聞いてもらいながら考えることができたが、今回は師匠がいない。


一人で考えなければならない。








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