3-保健室に行った日の夜



授業が終わり、学校で爆発について調べようとした。

しかし、授業後は、昼休みから2時間以上経っていたし、生徒が野次馬と化すのはあまり好ましいことではない、ということで、中々近寄ることはできなかった。だから、大した情報は得られなかった。

それでも、目立たないよう、迷惑にならないよう、調べてみてはいたが、これ以上の進展はないと思ったので、帰途に着いた。

詳しいことは、凪元が思い出してくれるの期待するしかないかもしれない。



家に着いた。

今住んでいるところは、学校から自転車で15分ほどのマンションだ。

この学校に通わせる際に、師匠が俺をここに住まわせてくれた。

一人暮らしというわけではない。俺一人ではロクに生活できないだろうという判断のようで、師匠の友人?である殿子さんが俺の保護者代わりということで、一緒に住むことになった。


玄関のドアを開けて、リビングに入ると、殿子さんが元気よく迎えてくれる。


「おかえりー

今日の学校はどうだったー?」


リビングと繋がっている台所から声が聞こえた。いい匂いがする。夕飯の準備をしてくれているのかもしれない。今日の夕飯は肉じゃがか?


顔を合わせなくても、殿子さんの声からは、聞こえてくる明るいトーンによって、俺を労ってくれていることがわかる。

ありがたい。それだけで心が洗われる。


「いえ、普通でしたよ」


といつもなら答えるのだが、今日は能力の使用を感じた。なので、そのことを報告する。


「今日は能力の発動を感じました。

それで、そのことで少し調べてたら遅くなっちゃいました。」


「え?ホント?大変じゃん!

どんな事件だったの?」


とことこ、と台所から殿子さんがやってきた。

本格的に俺の話を聞いてくれるのかもしれない。


「まだ事件とは限りませんが……。」


俺は今日あったことを一通り話すことにした。

俺と殿子さんは、食卓にしているところこ椅子に腰をかけた。

こうやって殿子さんは俺の話を蔑ろにせず、しっかりと聞いてくれる。こういうところもありがたい。


「昼休みに爆発音があったんです。そのときに俺は能力の発動を感じて、そこに向かって行ったんですが、爆発があったところとは離れたところで、人が倒れてたんです」


「ほーほー」


「で、能力の発動はその男子生徒から感じられて。

気絶してたんで、保健室に連れて行きました」


「それで?」


「その男子生徒は、病院に行きました。校舎裏で気絶して倒れてる、なんて、普通あることじゃないらしく、頭を打ってるんじゃないかって恐れがあるということで」


「なるほど。その子大丈夫だったの?」


「まだわからないです。結果は明日聞けると思いますが」


「そうだね。大丈夫だといいね。その子が能力を使って爆発を起こしたってこと?」


「それは、まだわからないです。凪元、えと、その生徒が凪元源蔵って言うんですけど、そいつがすぐ病院に行ったんで。そこは調べられてません。

授業後にも調べたんですけど、重要なことは分からず」


「そうかー」


「授業の後に爆発が起きたところ調べてみたんですけど、跡形もなかったですね。片付けられちゃったようです」


「まぁ、そうか。授業挟んでるもんねー。片付けられちゃうか。警察とかいなかった?現場検証とかするもんじゃない?爆発って何が起こったのかな?」


「話によると、そこまで大きな被害はなくて。だから片付けられちゃったんじゃないかな。ボールか何かが爆発したみたいですね。」


「ボール?」


「はい。何ボールかはわからないですけど。

音からして、ボールだとするなら、結構デカそうなボールっぽいですけど」


「ふーん。サッカーボールとか?バスケットボールとか?」


ふーん、と言った時、唇を上に向ける。かわいい。


「わからないです。サッカーボールやバスケットボールが爆発したの見たことないんで」


「私もないよ」


「やっぱり普通は見ないですよね?」


「うん」


「師匠に聞いてみようかな。師匠なら大きな音のするボール知ってるかもしれないし」


「そうだね。報告ついでに聞いてみるといいよ」


独り言のような言葉にも返してくれる。



殿子さんはこんな風に話を聞いてくれる。

殿子さんに話す義務はないのだけれど、師匠に報告する前に考えの整理をするためによく話を聞いてもらっている。師匠は、俺の報告がもたついたり、要領を得ないと機嫌が悪くなるので、言うことを整理しておかないといけない。

殿子さんは、そういう状況も加味して俺が話すことを聞いてくれている。

話を聞く義務があるわけでもないのに、俺の要領の得ない話を聞いてくれる。

俺はこの人に頭が上がらない。

いや、師匠にも頭が上がらないのだけど。



ここで、殿子さんについて少し説明を挟むことにする。


先ほど述べたように、殿子さんは今の俺の保護者役の人だ。俺はここの高校に入学させられたが、師匠は任務があったようで、ここに一緒に来ることができなかったので、代わりに一緒についてきてくれた。


殿子さんは、俺が師匠に拾われ、一緒に暮らし始めた時から何かと俺の面倒を見てくれている人だ。

当時は大学生だったはずだ。

母親代わりというよりは、お姉さん代わり、そんな存在だ。

以前からとても優しかった。が、今はそれを超えて、甘やかしまで入ってきた。


いつも一緒にいた師匠と離れて寂しくない?ということらしい。



こっちに来て初日のやり取り。



「これから私が良平くんの保護者なんだから!」


入学式まで後、数日。

荷解きも終わり、一息ついていたところ、いきなりの宣言だった。


いつもと違うテンションの殿子さんに俺が戸惑っていると


「今日から2人きりだね…

ほら!甘えてもいいんだよ!

おいでー」


ソファに座り、両手を広げて受け入れ態勢を作る。


正直な話、殿子さんは俺にとって憧れの女性だった。昔から優しかった。厳しかった師匠の代わりに、俺のフォローをしてくれたり、俺が殿子さんと一緒にご飯を食べる時は俺の好きなものを作ってくれたり。

師匠と一緒に暮らし始めてからは、母性というものはこの人から受け取った、と言ってもいいだろう。姉性というものかもしれないが。


そんな女性が、俺を両手を広げて迎え入れようとしている。

少し、いや、かなり、ぐらついた。

今日から甘えていいのか?


「どうしたんですか、急に」


だが、ここは踏ん張って、冷静になってツッコミを入れた。

それに対し殿子さんは、


「だって良平くん、今まで女の人には甘えられなかったでしょ?」


と。


子供が母親に甘えるのは当然でしょ?何でそんなこと聞くの?テンションで言われた。


俺の母親は既に他界しているので、母親に甘えていたのは小さい頃の話だ。

だから、師匠に連れられて来てからは、自分から女の人に甘えたことはない。

そんな甘えた態度をとってしまったら後で師匠にどれだけドヤされるかわからない。

だから、俺は甘えるようなことは極力してこなかったし、するつもりもなかった。

師匠の任務が終わって俺たちと合流した際に、俺が殿子さんに甘えるようになってたら、どれだけ大変なことになるだろうか。

確実に来るであろう少し先の未来を想像すると、悩んだとしても実行する勇気は持てなかった。


「そんな必要はないです。

大丈夫です。

間に合ってます。」


「そんなぁ…

一刀両断だね。」


殿子さんはシュン、とした顔をして、肩を下ろす。


「いや、そんなつもりは…。すみません」


当然、殿子さんは落ち込んだ演技をしているだけなのだが、そんな演技がかったものでも、殿子さんの申し出をことわることには俺も罪悪感が生まれる。


「でも断る方も辛いんで、ホントやめてください。」


「そうなの?」


何で辛いの?とキョトンとした顔をする。これも演技なのだろうけど。疑問を感じているのも演技かもしれないが、とりあえず俺は本心を述べることにする。


「殿子さんの厚意を断るのは心苦しくて。

殿子さんが俺のことを慮って接してくれてるのはわかっています。ありがたいと思っています。


でも、俺ももう師匠が一人立ちしていた年ですし、そんな甘えるような歳でもないと思うんです。

だから、殿子さんの心遣いはありがたいですし、それに構ってもらって嬉しいです。

今回だって保護者の代わりになって一緒にいてもらって助かってます。

でも、俺は甘えるわけにはいかないんです。

俺は任務もちゃんと果たさなければなりません。」


殿子さんのことを立てつつ、俺の希望も伝える。

師匠は確か、14か15か16かそこらで、自立したとかいう話を聞いた。

早熟だったらしい。師匠は超人なので、追いつくのは無理にしろ(追いつくなんてあまりにもおこがましい)、後を追いかける事を諦めたくはない。仮に追いかけるがダメだとしても、憧れるくらいは許されるはずだ。

師匠の期待に応えるまで行くのは不可能だとしても、俺は俺で前に進もうとしている姿勢を見せたいと思っている。

だから、師匠のいない隙に殿子さんに甘える、なんてことはしない。しないつもりだ。


そういうことを主張したかった。


「うーん、そっか…そうだね。

ごめんね。私が良平くんのこと、考えられてなかったみたい。

良平くんはいい子だね!

そういうところ、私好きだよ!」


とても魅力的な言葉で俺にダメージを与えつつも引き際を押さえたセリフだった。


その場はこれで収まったと思いきや、殿子さんは立ち上がって俺の隣に来て耳元で


「寂しかったら私に甘えていいからね?」


とのことで。



殿子さんはここに来る前からも俺に優しかった。師匠が俺に厳しかったので、それを補うようにではないけれど。

けれど、ここに来てからは度がすぎてるんじゃないだろうか?とは思う。



初日、そうやって引き際がよく収めてくれたと思ったのだが、その次の日もまた同じように俺に絡んできて、甘えることを促してきた。


一旦了承してもらったのにも関わらず、やめてくれなかった。

3日ほど続いた。

傍から見れば、しつこい、とも思われるだろうけれど。

でも、俺はそれでいいと思ってる。

殿子さんは俺で遊んでいるだけで。


殿子さんもとてもいい女性なのに、俺なんかと一緒に2人暮らしをしなければいけなくなってしまった。鬱憤も溜まるはずだ。

俺がおもちゃにされるくらいは、甘んじて受ける。

一度了承してもらったことを無碍にされたとしても、俺は殿子さんを邪険に扱うことはできない。

それくらい殿子さんから受けた恩は大きい。

暇潰しで俺で遊んでもらっても全然構わないと俺は思ってる。


そんな風に殿子さんから遊ばれることにお前は喜びを感じているのではないか?と言われたら、それは否定できない。



話を戻す。


殿子さんとの今日の出来事の会話が終わり、俺で戯れてもらった後、俺は報告する内容を整理し、師匠に連絡をした。そして、その内容を報告した。

報告の仕方は、文章を書いたり直接通話したりといくつか方法があったが、今回は師匠の都合もつき、通話をして報告した。殿子さんに前もって話を聞いてもらったため、師匠に指摘されないくらいにはスムーズに報告できたと思う。


「明日から凪元を張ります」


師匠は


「わかった」


と、答えた。特別何も言うことはなかったようだ。


そこで通話は終わった?

よかった。お咎めはなかった。


師匠との連絡を終えて、俺はホッと胸を撫で下ろす。

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