ねこたちの井戸端会議録

序章

　昭和（しょうわ）の古き時代から、ねこたちによる情報交換（じょうほうこうかん）は、人知（ひとし）れずしばしば行（おこな）われていた。

　これは、とある地域（ちいき）で夜（よ）な夜（よ）な猫たちが集まり開催（かいさい）される「ねこの集会」における何てことない会話をこっそり記録した、議事録風味（ぎじろくふうみ）のお話である。

　舞台（ぶたい）となる場所は、昔ながらの木造住宅（もくぞうじゅうたく）が立ち並ぶ、古い下町（したまち）にある小さな空き地である。

　辺（あた）りが暗くなり、周辺（しゅうへん）の住宅（じゅうたく）からは夕飯のにおいやテレビの音、お風呂に入って気持ちよさそうに大声で歌う人間の声なんかが聞こえてくる。密接（みっせつ）した家々（いえいえ）の間（あいだ）を仕切るブロック塀（べい）の上をねこたちはそっと通り抜けて、夜の空き地へと集まって来る。

　その日は満月。中秋（ちゅうしゅう）の名月（めいげつ）が空にくっきりと浮かび上がり、すすきの穂（ほ）が冷たい風にゆれている。空き地の周囲にある草むらからはマツムシや鈴虫（すずむし）などの虫の声が幾重（いくえ）にも重（かさ）なり、さながら秋の夜長（よなが）の大合唱会（だいがっしょうかい）のような荘厳（そうごん）な響（ひび）きを持って聞こえてくる。

　その空き地には、月明かりに照らされたねこたちの影（かげ）がいくつも伸びていた。

　やがて、白黒模様（しろくろもよう）のひときわ大きなぶち猫が、空地の隅（すみ）に捨て置かれて錆（さ）びたドラム缶の上に飛び乗ると、その日の集会は始まった。