カンセンシャだった

泡沫 知希(うたかた ともき)

僕と博士

「君は私のモルモットだ!」


高らかな声が部屋に響いた。目覚めたばかりの僕にはもう少し小さい声で話しかけてほしいと思い顔を上げると、両手を開き、ベッドに座っていた僕の体に飛び込んでくる女性。その衝撃に耐えきれず、座っていた僕はまたベットに沈み込んだ。とっさの出来事で避けられたかもしれないなと考えていた。すると、ニコニコという効果音が書かれるのにふさわしい顔をしてこちらを覗き込んできて


「ねぇ、反応がないってことは了承したってことでいいのかな?」

「なんのことですか?」

「えぇっ、聞いてなかったの?」

「飛び込む前におっしゃっていたことですか?」

「そうそう、それだよ」

「覚えてないです」


反応が大きい女性だ。僕の前をウロウロしながら、顔を手にのせてうんうん唸っている姿から、疑問思ったことはとことん追求するタイプかな?と推測する。髪はボサボサで、白衣の下はシャツにジーパンという恰好だから…。足音が止まり、僕の方を見てニコニコしている。


「閃いた!もしかして……認知症!?」

「そんなわけないですよね!もう少し博士ならちゃんとした病名とか言えないんですか?」

「君、よく私のことが博士だって分かったね」

「あの、馬鹿にしてませんか?いや、してますよね」

「いやいやいや、そんなことないよ。たださぁ、君は私より年下だからそういう扱いになってるかもしれないな」


首を横に振り、仕方ないでしょって感じだ。頭がスッキリしてきたところで


「そもそも、何故僕がここにいるんですかね?」

「おっと…、その質問には答えられないかな」


部屋の気温が少し下がったみたいだ。彼女はこちらを真剣に見つめて


「答えられる限りは答えてあげる。でも、広いわけじゃないから期待しない方がいいかもね」

「ここは病院みたいなところですか?」

「病院みたいといえば、そう言えるけど。私的には研究施設兼その他諸々って感じているわ。他の人はどうこたえるか分からない」

「ここの情報は教えてくれるのに、なぜ僕がいる理由が答えられないのですか?」

「知られたら困るってことかな。さっき、君は私の話を聞こえていなかったみたいだから教えてあげるけど、君は私のモルモットになったの」

「……。どういうことですか?」


僕は顔をしかめて彼女をにらみつける。彼女は僕を見ていたが、目を逸らして、僕のベッドの近くにあるバインダーを手に持ってペンで記入し始めた。


「何しているんですか?」

「君はもうサインしてしまってるからね!本当は確認とかいらなかったんだけど、こういうセリフ言ってみたかったんだよね!」

「はぁ、そうですか……。えっ!なんで僕はモルモットになってるんですか?」

「納得してたからサインしたんでしょ。ほらこれ!」

「ちょっとみせてください!」

「あっ、まだ待ってよ!書いてる途中なんだけど」


僕は彼女が持っていたバインダーを奪い、白い紙を見る。そこには僕の名前が書かれている。これは契約書のようだ。中身をざっと読んで、手を下に降ろす。バインダーを布団の上に置き、拳を強く握りしめる。


「……なんで、なんでモルモットになる契約書書いてるんだよ!」

「やっぱり、君、記憶ないよね?」


雑に放置されたバインダーを取りながら、僕が先ほどまで見ていた契約書をパラパラと目を通しながら、俺の方をチラッと見る。


「そうだよ!なんで、僕ここにいるの?ここまでに来た経緯とか全く記憶にないし、最近の記憶は、ダラダラと会社に行ってた記憶しかないんだけど……」

「うわぁ、社畜だ。私より年下なのに、可哀そう」

「そもそも、僕は現実ではないことに賭けよう。もう一度寝て、現実に戻ろうと思います。夢の中ですが、なかなか濃い人でしたね…」


僕はベッドの布団をかぶって、そのまま瞳から光を写すのを止めるのであった。

最後に聞こえた声は、やはり、あの博士であった。


「やっぱり、検査してからモルモットとしての適性を確認しなきゃならないかもな。体が健康じゃないと私の研究に使えないからなぁ……。時間はゆっくりあるし、大丈夫でしょ!」


不穏な言葉しか聞こえなかったが、現実に戻れるなら安いもんだと思い、意識は沈んでいくのであった。









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カンセンシャだった 泡沫 知希(うたかた ともき) @towa1012

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