最後の卒業生
口羽龍
最後の卒業生
遠幌(えんほろ)ほ北海道にある集落だった。かつては遠幌町で、そこは鉱山で賑わった。町には多くの人が行き交い、多くの男たちが鉱山で汗を流した。やがて遠幌に鉄道が敷かれた。鉄道は旅客や石炭をたくさん運び、ここで採れた石炭は国鉄を介して各地に運ばれた。
遠幌の最盛期の人口は1万人を超えたという。まるで都会のようで、活気があふれていたという。人々はそんな豊かな時代が長く続くと思っていた。
だが、エネルギー革命が遠幌の運命を変えた。エネルギーが石炭から石油に転換し始めた。そして、鉱山は次々と閉山に追い込まれた。この遠幌も例外ではなく、今から25年前に閉山となり、町はあっという間に寂れていった。閉山と時を同じくして鉄道は廃線になった。それだけではない。接続していた国鉄の路線も廃止になった。
その後も遠幌は寂れ続け、ついに遠幌という集落自体が消滅してしまった。現在は鉱山の跡が残り、ここに鉱山があり、とても活気にあふれていた事を物語っている。だが、それはいつ崩れ去り、そして元の原野に戻ってしまう。そして、ここに鉱山があった事すら忘れ去られようとしている。
遠幌があった場所を貫く道路を、1台のの白い車が走っている。この道を車が通るなんて、何日ぶりだろう。この道は、車が通る事すら少なくなってしまった。整備は行き届いているが、あまり意味のないように見える。
車内には、4人の男女が乗っている。運転しているのは、大吾。助手席にいるのは七恵(ななえ)。後部座席にいるのは健太と瑠璃子の夫妻。彼らは遠幌にあった遠幌中学校の最後の卒業生だ。遠幌中学校は20年前に閉校となった。それと共に、遠幌小学校も閉校となった。別の小中学校に転校する人もいれば、引っ越してそれ以外の小中学校に行く生徒もいた。
大吾(だいご)は卒業後、札幌に移り住み、高校、大学を卒業し、現在は札幌市内で会社員をしている。七恵は大阪に引っ越し、高校を卒業後、大阪市内でOLをしている。そして健太(けんた)と瑠璃子(るりこ)は東京に引っ越し、結婚した。健太は都内で会社員、瑠璃子は専業主婦だ。
最後の卒業生の4人は、最後の別れの時、ある約束をした。20年後、この地を再び訪れよう。そして、遠幌がどうなっているのか見に行こうと。そして今、ここに帰ってきたのだ。
「20年後、この町はどうなっているだろうって考えた事ある?」
4人はあれ以来、遠幌に帰る事はなかった。いや、帰る機会がなかった。遠幌に戻っても、何もない。あるのは広い雪原だけだと思っていたからだ。予想通りだ。遠幌は集落すらなくなり、ただの雪原になっている。雪原の中には鉱山の建物の残骸や廃墟が残り、ここに鉱山があった事を伝えている。
「いや、感じた事ないわ」
「そっか」
大吾は寂しそうな表情を見せた。わかっているとはいえ、故郷が消えてしまい、ただの原野になってしまうのは寂しい。閉山によって、衰退するのは仕方ない。だが、それで集落すらなくなってしまうとは。
「私たちって、一緒になる運命だったのかな。同じ中学校を卒業して、一緒に東京に来て、結婚したんだもん」
「まさか」
健太と瑠璃子は笑みを浮かべた。共に東京に行き、共に高校を卒業して、一緒になった。まるで運命の糸で結ばれていたような人生だ。
しばらく走っていると、開けた雪原に出た。ここが遠幌のあった場所だ。今は雪原の中にただの1本道が続いているだけだが、ここにはかつて何万もの人々が暮らし、多くの炭住が立ち並んでいた。だが、その雪原からはその面影が全く見えない。
「ここが遠幌か」
「すっかり変わってしまったな」
4人は寂しくなった。ここで暮らした人々はどこに行ってしまったんだろう。彼らは遠幌で過ごした日々を知っているんだろうか?
「建物がもうほとんどないし、残っていても廃墟だろ?」
「こんなにも変わってしまったなんて」
車窓から外を見ていた健太と瑠璃子はショックを受けた。エネルギー革命がこんなにも町を変えてしまうんだろうか?
「とても信じられない」
七恵も動揺を隠せないようだ。両親と住んだ家もなくなってしまった。家はもう思い出にしかない。
「そうだよな」
大吾や雪原の中心で車を停めた。そこにはひときわ巨大な建物がある。本坑の跡だ。深い雪の中、今も残っている。
「これが本坑跡か」
「これはきれいに残ってるね」
車から降りた4人は思わず息を飲んだ。とても大きい。まだここに残っているとは。だが、あとどれぐらい残っているんだろうか?
「再末期にできた建物だもん」
「そうだね」
振り向くと、そこには小中学校の跡がある。元々、遠幌小学校と中学校は別々の校舎だったが、閉校になる3年前に校舎が一緒になった。
「あれが小学校?」
「そうだね」
4人は呆然とした。小中学校は朽ち果て、今にも崩れそうだ。いつまでこの姿でいるんだろう。卒業生はこれを見て、何を思うんだろうか?
「しばらくは宿泊所として使われてたみたいだけど、今はもう使われてないんだ」
「そうなんだ」
閉校してしばらくは宿泊所として使われていた。だが、客は全く来ず、経営者が死んだ事で10年足らずで廃業した。それ以後は荒れるばかりで、気が付けばこうなってしまった。
その隣には体育館があったが、跡形もなくなってしまった。北海道では珍しい円形の体育館で、町のみならず、道内でも注目を集めていたようだが、その体育館が使われたのはたった10年ぐらいだ。本当に造ってよかったんだろうか? 閉校になった時、多くの人がそう思ったらしい。
「体育館は屋根がつぶれちゃったんだ」
閉校後、宿泊所の経営者が管理しながらそのまま残っていた。だが、廃業して以後、管理は全くされず、ある日、深く積もった雪の重みでつぶれたという。
「丸い体育館で、印象的だったね」
「その体育館も、10年ぐらいで使われなくなっちゃったんだね」
4人はここで体育をしたのを思い出した。とても楽しかった。だけど、もうそれは思い出にしかない。思い出は、雪のように埋もれていく。
「もったいないと思わん?」
「思う」
4人ももったいないと思っていた。体育館で遊ぶんだり、体育をするのは楽しかったが。
「時代の流れで町がこんなになってしまうなんて」
エネルギー革命がこの町をただの雪原にしてしまうなんて。信じられないが、これが現実だ。時の流れだ。
「時代の流れには逆らえないのかな?」
「ああ」
と、4人はその先に白い建物を見つけた。ただの雪原になった遠幌にまだ誰かが住んでいるとは。4人は驚いた。
「あれっ? この建物は?」
4人は再び車に乗り、その建物を目指した。どんどん近づくと、看板が見えてきた。どうやら喫茶店のようだ。こんな所に喫茶店があるとは。
4人は喫茶店の前の駐車場に車を停めた。喫茶店に泊まっている車は他にない。まだだれも来ていないようだ。
4人は喫茶店に入った。中はおしゃれで、ログハウス風だ。木の香りがする。
「お邪魔します」
「いらっしゃ、って大吾くんじゃん!」
大吾と七恵は驚いた。中学校3年生の時の担任の中西先生だ。中西先生は教員を定年退職してから、ここに喫茶店を開いているという。
「中西先生!」
大吾は開いた口がふさがらなかった。まさかここで喫茶店を開いているとは。それほどここでの日々が忘れられないだろうか?
「ここに残って喫茶店をやってんだよ」
「そうなんだ」
続いて、健太と瑠璃子もやって来た。2人も驚いた。こんな所で中西先生と会うと思わなかった。
「あらあら、健太くんと瑠璃子ちゃんも来たのかい?」
「うん」
健太は瑠璃子の肩をつかんだ。仲睦まじい夫婦の姿を見せている。
「私たち、結婚したの」
「そうなんだ」
中西先生は驚いた。まさか、東京に行った2人が結婚するとは。できればその結婚式に行きたかったな。
「中西先生、ここに残ってるの?」
「ああ、ここに残ってここに街があった記憶を語り継ごうと思ってね」
中西先生は定年退職後、ただの荒野になった遠幌の姿を見て、悲しくなった。多くの人が暮らした町がただの荒野になってしまった。このままでは、そこに町があった思い出すらなくなってしまう。そこに住んでいた人々の記憶や、ここに鉱山があった記憶をなくさないでほしい。そこで、ここに喫茶店を開き、ここに町があった事を語り継いでいこうと思った。去年、ここに喫茶店を開いた。そして、ここに来る数少ない客に、ここに町があった事を語り継いでいこうとしているようだ。
「これ以外、何にもなくなったんだね」
「ああ。あんなに賑わっていたのにね」
中西先生は寂しそうになった。あの時と比べて、すっかり寂れてしまった。だけど、最後の卒業生である4人が来てくれてとても嬉しい。
「寂しいね」
4人は喫茶店の中に飾ってある写真に見とれた。それは、賑やかだった頃の遠幌の写真だ。鉱山で働く人々、彼らを支える家族、豊かな生活、閉山式の日、廃線になる鉄道のさよなら列車、そして閉校式の様子。
「写真が飾ってある」
「いいでしょ?」
中西先生は笑みを浮かべた。それを見るだけで心が和んでしまう。どうしてだろう。自分にはわからない。
「ここに賑やかな町があった事、これからも語り継がれたらいいな」
「うん」
いつの間にか中西先生もその写真に見とれていた。もうここには喫茶店以外何もない。だが、ここには何万人もの暮らしがあり、鉱山があった。それは写真でしかわからないけれど、多くの人々に知ってほしい。遠幌という集落があり、そこに豊かな暮らしとまるで都会のような活気があったという事を。
最後の卒業生 口羽龍 @ryo_kuchiba
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