復活

 ――神域のダンジョン51階層。


 これまでと雰囲気が一転して、アーリキタの街の中央神殿を思わせる造りの壁や柱の階層だ。


 地面には魔法陣が描かれており、その上には朧げな光を放つ障壁が半球状に張られている。

 

 その魔法陣の中央部にある台座の上には、以前俺の精神世界で会った黒髪の美少女が一糸まとわぬ姿で横になっていた。


「四人で神器を持って魔法陣を囲うように立って」


 ノエルの指示を四人に伝え、魔法陣の周囲に立つ。


 神器で魔力を増幅させて四人同時にディスペルの魔法を使用した。思っていたよりもあっさりと障壁が解除され魔法陣が消える。


「後は私がするよ。私の体に触れて」


 ノエルの指示に従い、俺は横たわる黒髪の美少女に近づいて手を握ると、淡く光って俺の中から何かが抜けたような感じがした。


 手を放し高鳴る心音を堪えながら、黒髪の美少女を見つめていると、パッと目を開いた。一糸まとわぬ姿のまま台座から降り立つと、神聖魔法を発動させる。


 わずかな淀みもない滑らかな発動。それに膨大な魔力をいとも簡単に操っている。神の御業とすら思える程の圧倒的な技量に見惚れていると、その美しい肢体を光の粒子が包みファンタジーな衣装になった。


 その衣装からは強力な波動を感じる。神聖魔法を押し固めて服を作り出したのか。


「カイト、ありがと」


 彼女はそう言って微笑んだかと思うと、光り輝く剣を出現させた。俺は咄嗟にクレアの方を見るが、クレアの手にはエクスカリバーがしっかりと握られている。俺の疑問に答えるかのようにノエルは言う。


「これはエクスカリバーじゃ無いよ。これこそが聖剣の真打、ラングザード」


 ノエルはそっと聖剣ラングザードの切っ先を地面に突き刺すと、衝撃波が発生して俺達は吹き飛ばされた。


 俺は魔装術を使い着地してマユ達を確認する。彼女たちも空中で姿勢を整え着地し、大事には至らなかったようだ。


 ノエルは「クスッ」と笑ったかと思うと、俺に斬りかかってきた。


 咄嗟に魔剣ベイルスティングを取り出しそれを受ける。彼女の細腕からは想像できない程の重い一撃に、俺の体は踏ん張り切れずに一歩後退させられる。


 そのまま数合ノエルと切り結ぶ。俺が望んでいた華麗であり苛烈なノエルの剣技。でもこれはまだ本気じゃない。


「カイト、私とヤれて嬉しい?」


「ああ、最高だ!」


「それは何よりね。ふふっ、私のテクニックですぐに逝かせてあげるわ!」


「この時を待ち焦がれてたんだ。もう少しゆっくり楽しもうよ」


 軽口を交わしてはいるものの、俺に余裕は全くない。一瞬の判断ミスで即座に切り捨てられるという危機感がある。対してノエルの表情は余裕そのものだ。


 電光石火の剣戟が続く中、ノエルは聖剣ラングザードを片手持ちし、俺が両手で握る剣を上に弾いた。彼女は無防備に万歳した状態の俺の胸に、左手の人差し指の先を当てて艶っぽく囁く。


「ライトボール」


 即座に魔装術での防御を最大限に引き上げたにも関わらず、俺は数メートル地べたを転がされてしまった。たかが初級魔法でなんて威力だ。


 俺が起き上がってパンパンと土ぼこりを払うと、ノエルは俺に素敵な笑顔で語る。


「私を復活させてくれた事、カイトには心から感謝してるよ。でも、ゴメン。あなたを殺して魂の力を貰うわね」


 なんて綺麗な笑顔だ……いつか見た女神の美しさを超えているんじゃないか? と惚けそうになるが、こらえてノエルに問う。


「人間を殺してもレベルは上がらないんだろ?」


「聖剣ラングザードの能力はソウルイーター。モンスターでも生物でも殺した相手の魂をすべて喰って、装備者のレベルを強化出来るんだよ。もっとも、今の私の強さならカイトくらい強くないと吸収する意味もないけどね」


「そんなに強いのにまだ強くなりたいの?」


「女神を殺すためよ。前にも言ったけどあと一歩及ばず負けた。だからカイトの強力な力を私が取り込めば必ず女神を殺せる。おバカでスケベなだけで罪は無いあなたを殺すのは気が進まないけど、この世界の人々の為に犠牲になって」


「そっか、復活したら俺を殺して力を奪うのが、ノエルの目的だったんだ」


 ノエルは一瞬だけ目を伏せた後、地面を蹴った。


 くっ、さっきまでよりも速さが一段上がっている! 


 俺の反応速度を上回る攻撃を直感のみで対応するが、すさまじい速度の連撃を捌ききれずに一撃喰らってしまった。


 ノエルの剣は俺の魔装術を貫通し体に切り傷を付ける。大して深くは無いが、傷口からポタポタと血が流れ落ちた。


 この世界に来て初めて怪我をした。まさか初めての怪我をノエルに斬られてするなんてね。つい「フッ」と笑みが漏れてしまった。


 するとノエルは意外そうな顔をして俺に問う。


「やけに余裕があるわね? 一応言っておくけど、私のレベルは276。見ての通りアイギスの盾なんか意味ないから」


 俺はセイグリッドヒールを使い怪我を治癒する。ノエルにつけられた傷の痛みをもっと感じていても良かったが、マユたちの心配そうな視線が気になるからな。

 

「モテモテスキルの方は効かないの?」


「私は状態異常に対して絶対の抵抗力がある。チャームなんて効かないよ」


「俺ってそれ系の魔法は使えないよね? ノエルも前に言ってたでしょ?」


「……、何が言いたいの?」


「何がって訳じゃ無いけど……、ノエル、好きだ。俺の恋人になってくれ!!」


 俺がノエルの目を真っ直ぐに見つめ大声で叫ぶと、目を見開いたノエルは声を震わせて叫ぶ。


「クッ、だからチャームは効かないって言ってるでしょ!?」


「だから、俺はチャームなんて魔法は使えないってば。大体さー、ノエルも本気で俺を殺す気なら最初の一撃であっさりやれたでしょ?」


「そ、それは……」


「好きだ! ノエル! 俺と一緒に楽しく暮らそう!」


「胸が苦しい……? ばかな? こんなことが……」


 ノエルは胸を押さえ動揺している。これ、モテモテスキル効いてるでしょ?


「今から歩いてノエルに近づいて、抱きしめてキスするよ。殺す気なら遠慮なくどうぞ」


 ノエルは紅潮した顔で、俺に聖剣ラングザードの切っ先を向けて声をあげる。


「命が惜しくないの!?」


「そりゃ惜しいけど、俺はノエルのおかげでここまで生き延びることが出来た。ノエルが助言してくれなければ、とっくの昔に死んでたと思う。だからノエルになら俺の命をあげてもいいと思うよ。出来るならノエルと一緒に生きたいと思うけどね」


 俺は魔剣ベイルスティングをアイテムボックスにしまうと、ノエルに歩いて近づいた。頼むぞ、俺のモテモテスキル。


 ノエルは聖剣を俺に向けたまま、突っ立って動かない。


 水平に突き出された聖剣の横を素通りして、ノエルを抱き寄せて顔を近づけるが全く抵抗はしない。


「ノエル、こうして会うことが出来て俺は嬉しいよ」


 そう言葉を掛けてノエルにキスをした。


 カランと音を立てて聖剣が地面に転がり、ノエルの両手が俺の背中に回ってきつく抱きしめた。


「俺を殺すんじゃなかったの?」


「殺せないよ。私もカイトの事が好きになったみたい。まさかこの私すらも堕とすほどの強力なスキルだったなんて……」


「スキルじゃなくて、俺の魅力だろ?」


「おバカでスケベなカイトに、どんな魅力があるのかしら?」


「ひどい言われようだな……。でも、俺の恋人になってくれるってことでいいんだよな?」


「ええ……」


 そう返事すると、ノエルの方から俺の唇に舌をさし入れて、激しく口づけを交わしたのだった。


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