廃墟探索2

 悪霊達を蹴散らして、屋敷の玄関まで来た。ここからでは建物すべてを見通せないほど大きい。こんなところ、掃除するのが大変だろうなぁ。


 悪霊が憑く前は立派だったと思われる、朽ち果てた大きな玄関扉を開いて建物内部に入る。淀んだ魔力がより濃くなっているのが分かる。


 入ってすぐの広間には、強力なモンスターの気配がする。黒い靄が一か所に集まり、徐々に人の形が形成されていく。


 漆黒のフード付きの外套に覆われた、人の身長よりも長い柄の大きな鎌を持ったモンスターだ。フードによって顔は確認できないが、きっと骸骨なんだろうなぁ……。ノエルの解説が聞こえる。


「あのモンスターが、ここを異界化しているボスモンスターだね。この建物の所持者の貴族に対する強烈な怨念によって悪霊化し、長い時間を経て超常の存在になったレイス・モルテだよ。レベルは126」


「126? ダンジョン深層並みのモンスターがこんなところにいるなんて凄いね」


「何人もの神官や冒険者を屠って力を増している。戦闘経験も多い。あの鎌に斬られると、マユ達でも怪我するよ。特にアイリは致命傷を負うね。カイトも怪我はしないけど痛いよ」


 マユ、クレア、フィリスは、緊張した面持ちで神器を構える。アイリはモンスターの禍々しいオーラに圧倒され足が震えている。


「みんなは下がってて。俺がやるよ。マユ、結界でみんなを守って」


「了解」とマユは結界を展開して、みんなを包み込んでくれた。


 さて、レイス・モルテさん、楽しませてもらおうか。


 俺は魔剣ベイルスティングを取り出して、魔装術を発動し相手の出方を待つ。


 レイス・モルテのフードの奥の赤い瞳がギラリと光る。次の瞬間、動き出し俺の後ろに一瞬で回り込んだ。


 重さを感じさせず、ふわりと風に飛ばされる布を思わせる動きだが、かなり速い。


 正確に俺の首を狙って振り下ろされた鎌を躱すと、床がバックリと切り裂かれた。


「あ! 困るなぁ、浄化が終わったら俺の家になるのに!」


 俺のぼやきに耳を傾けるわけもなく、今度は鎌を横薙ぎに振るう、それを躱すと壁に亀裂が走った。


「あー、またやった! 修理するのが大変だろ!!」


 このままでは屋敷が全壊してしまう! 魔装術で加速し、神聖魔法を込めた剣で反撃すると、レイス・モルテは姿を消して俺の剣は空を切る。


 完全にとらえたと思ったのに手ごたえ無く消えた?


 どこだ……上か、一瞬であんなところまで移動した? 頭上から振り下ろされる大鎌を躱しながら考える。今の移動は全く見えなかった。どうやったんだ? 


「10m程度の距離なら自在に転移できるノーブルスキル瞬間移動を持っているよ」


 瞬間移動!? 何それかっこいい! なら遠慮なく斬ってもそのスキルで避けられるんだな?


 グロージャベリンをぶっ放すと屋敷が壊れるし、面白スキルを楽しみたいから意地でも斬るぞ!


 魔装術を全開放し、最高速でレイス・モルテに接近し斬りつけるが、瞬間移動で躱し反撃してくる。


 俺の方が速いので避けるのはさほど難しくもない。何度も繰り返していると、こいつの瞬間移動のクセが分かってきた。


 瞬間移動を先読みし、攻撃が回避されるのと同時に予想して移動を開始する。まんまと俺の予想通りの位置に転移したレイス・モルテに思い切り斬りつけると、鎌は砕け漆黒の外套が破れてフードから顔が見えた。


 てっきり骸骨だろうと思っていたが、そこには銀色の髪の美しい女性の顔があった。


「え!? 美人さんだ!」


 悪霊とはいえ美少女を斬り捨てるわけにはいかないので……。


「チェーンバインド」


 神聖魔法の光の鎖に絡まりながらも、鬼の形相で暴れ叫ぶ、悪霊美少女。


「モテる男は許せない! コロす!!」


 おー、さすがレベル126その状態でも動けるんだ……。


「チェーンバインド×3」


「うぎゃ」


 悪霊美少女は光の鎖に埋もれながら悲鳴を上げる。ノエル、これどうしようか……。


「カイトならそうすると思ったよ。マユに穢れた魂魄を浄化して貰えば? あ、それと先に言っておくけど、この子は霊体だからそのままじゃエッチな事とか出来ないからね」


 心外だ。俺が女の子に見境なくエッチな事をするみたいな言い方しないで!


「でもヤれたらヤるでしょ?」


 もちろんだ! じゃなくて、この子も苦しそうにしているから早く浄化してあげよう。


「マユ、こっちに来て、この子を浄化してくれないかな」


「うん、分かった」


 マユの聖光がレイス・モルテを包み込むと、闇の霧が晴れ少女の姿がはっきりと浮かび上がった。彼女は少し透けてはいたが、銀髪と白い肌は輝きを放ち、まるでダイヤのように美しかった。


 抵抗するのをやめ、おとなしくなったので、俺は彼女に掛けたチェーンバインドを解除して問う。


「なんでこんなところで悪霊やってたの?」


 彼女は座り込んだまま、静かに悪霊として存在していた理由を語り始めた。


「私はかつて、ギィバード侯爵の妻でした。しかし、夫は可愛い愛人たちに夢中で、私に見向きもしなくなりました。私は怒りと悲しみで心が壊れ自害したのです。そして……、気が付いた時にはこの地に縛り付けられた悪霊となり、負の感情のまま屋敷にいた人々を全て……」


「だから女にもてる男は許せないと?」


 俺の問いに「ええ」と頷く美少女に、マユはため息交じりに俺をチラリと見た後で呟く。 


「気持ちは分かるけど、ね……」


 う、気持ちは分かるんだ……。俺の背筋にゾクリと悪寒が走って身震いしていると、クレアが続く。


「私もカイト様に捨てられたら、きっと悪霊になると思います!」


「いや、捨てないから悪霊にならないでね」


 フィリスはかがんで幽霊少女に視線を合わせる。


「あなたの気持ちは良く分かる。私もカイトの事を独り占めしたくて泣きたくなる時があるもの」


 アイリは拳を握りしめ恨めしそうな顔をする。

 

「それを言うなら、私なんてカイトに恋人が三人もいた事を、後になって知ったんだからね!」


「フィリス、また今度独り占めさせるから。アイリ、なんていうかホントごめん」


 俺は両手を合わせて二人に深く頭を下げた。その様子を見ていた幽霊少女は優しげな表情になり「ふっ」と笑う。


「あなたは、この四人をとても大切に想っているのですね」


「当然だよ! 命に代えてもこの子たちは俺が守る」


「私の夫もあなたのような方だったらきっと……。いえ、今となってはもう……。さぁ、あなた達はここを浄化しに来たのでしょう。目的を果たしてください。私も、もう逝きます」


 俺がマユに目配せすると、マユは聖杖ケルラウスを握り締めその力を開放した。


 屋敷も敷地もマユの力で隅々まで浄化して、空気が澄んで大神殿みたいな感じになった。先ほどまでは薄暗かった空も、青空が広がり窓からは日の光が入ってくる。


 建物は廃墟のままで、敷地も荒れ放題のまま。仕方ないか。あれ……幽霊少女はまだそこにいるな。


 ノエル、この子は成仏とかしないの?


「魂の穢れは浄化されたけど、長い年月をかけて強化された魂魄はそのままだから、この子は精霊に近い存在になっている。せっかくだからこの屋敷の守護者になってもらいなよ。屋敷の構造も知り尽くしているし色々便利だよ。掃除とか雑用をしてもらえば?」


 精霊に近い存在を守護者にして雑用させる気なのか? と若干引くが、ノエルは続ける。


「この子、スキルポイントが大量にたまっているから、便利なスキルを習得してもらうよ。直接話すから、この子の頭にカイトの手を当てて」


 ノエルに言われた通り幽霊少女の頭付近に手を持って行く。手ごたえは無くすり抜けるがその状態を維持した。しばらくすると、いいよとノエルの声が聞こえる。俺が手を下ろすと、幽霊少女は俺にひざまずいて首を垂れた。


「カイト様、私はあなたに仕えます」


 ノエルはなにを話したんだか……。


「あ、はい。よろしく。ところで君の名前は?」


「カイト様が決めてください」


「えーっと……幽霊でレイスだったから……、レイナとかどう?」


「ありがとうございます。レイナはこれよりカイト様への忠誠を誓います」


 うーん、また妙なことを言っているな。ノエルの声が聞こえる


「レイナにはノーブルスキル”物質の生成と分解”を習得させたよ。魔力を消費して思い通りに物を作ったり消したりできるよ」


「このスキルを使えば屋敷も修復できる。売却していないコアがたくさんるでしょ、コアの魔力を使って屋敷も庭も綺麗にしてもらおう」


 スキルとか、女神さまじゃなくても授けることができるんだ……。


「授けたんじゃなくて、スキルポイントを消費して習得する手伝いをしただけだよ」


 違いがよく分からないが、レイナのスキルで屋敷が修復できるなら助かるな。俺はマジックバッグに入っているコアをあるだけ全部出した。


「レイナ、これだけあったら屋敷を修復できそう?」


「はい、十分でございます。私にお任せください」


 レイナはコアを吸収し、両手を組んで祈るようなポーズをとる。すると魔力の光があふれ出し、見る見るうちに廃墟が修復されていき綺麗になった。おお、素晴らしいスキルだ。


 クレアは何故か悔しそうにしている。


「うぅぅ、奴隷ポジションは私一人でいいのに……」


「レイナは奴隷じゃなくて、メイドっぽいかなと思うんだけど」


 クレアの表情が途端に明るくなる。


「そうなんですか? 良かった。カイト様の奴隷は私一人だけですよね」


 クレアがそれでいいなら、いいんだけど……。




 ともあれ、こうして俺達は豪邸を無料で手に入れることが出来たのだった。


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