懐かしい顔
カイトと別行動しているフィリスの視点。
カークヨムルド王国の北部、サハン山にあるハームジの街を目指して走っている。
カイトに教わった魔装術は本当にすごい。神聖魔法を纏って身体能力を強化すれば、蒼輝石を使ったかのような速さで動き回れるし空も飛べる。
レベルが上がったことで、ただ走るだけなら疲れないほど体も強くなっている。
普通に歩いて移動したら1週間はかかるアーリキタからサハン山までの道のりをたったの一日で走破してしまった。
気は逸るものの、この先は険しい登山道だ。今日はふもとの街に泊まって、明日ハームジの街に行くか。
* * *
翌日、朝早く目が覚めた。最近はずっとカイト達と同じベッドで寝ていたから、一人で迎える朝は寂しいかも。
今頃カイトはきっと……。途中まで考えて、ハッとする。
気分が落ち込むから考えるな。自分にそう言い聞かせてベッドから起き上がり出発の準備をした。
魔装術で身体強化して一気に山を登るとあっという間にハームジの街に着いてしまった。こんな事なら昨日のうちに来ても良かったかな?
ともあれ、久しぶりのハームジの街。ランドルさんは元気にしているだろうか?
拠点にしていた宿屋に行き中に入ると、宿の女将さんが声をかけてくれた。
「おや? フィリスちゃんじゃないか。久しぶりだねー。今までどうしてたんだい?」
「ちょっと、いろいろ事情があって……。それよりもランドルさん達は?」
「ああ、あの子たちは今日もダンジョンに潜っているだろうね。いつだったか、ぼろぼろになって帰ってきたことがあって、それ以来『もっと強くなる』って根詰めてダンジョンに潜っているんだけど……なんか無理してるみたいで心配でねぇ」
女将さんは視線を上に向けて、考える素振りを見せたあと話を続けた。
「そういえば、その日以来フィリスちゃんをみかけなくなったわね? なんか関係あるのかい?」
私は思わず言葉を失う。あの日スタークに負けたランドルさん達は、強くなるために根詰めてダンジョンに潜り続けていた? まさか、私を取り戻すために……?
「えっと……その……」
私が口ごもると、女将さんは察してくれたのか笑顔を浮かべる。
「まあ、いいさ! 冒険者はみんな自分のやりたい事をやるのが仕事だからね。ただ、今日は40階層を目指すって言っていたから心配で。無理しなけりゃいいけど……」
嫌な胸騒ぎを感じた私は、すぐにランドルさん達を追いかける為に、この街の冒険者ギルドのポータル施設に急いだ。
冒険者ギルドに着くと、神聖魔法インビジブルを使い姿を消して、こっそりとダンジョンの30階層へと転移した。一人では係の人に止められてダンジョンに入れないはずだから。
非常識な強さのカイトもいないし、強力なバフを無尽蔵にかけ続けてくれるマユも、剣のくせに広範囲を薙ぎ払うクレアもいないけど、ここはまだ30階層。今の私なら神器の力を使えば一人でも不足なく戦えるはず。
予想通り、モンスターは出現と同時にグングニルの一閃で容易くコアに変わった。私も随分強くなった。これも全部カイトのおかげね。
と、そんな事よりもランンドルさんは……。意識を集中し、周囲の波動を感じ取る。この階層には人の気配を感じない。ランドルさん達は以前は32階層で稼いでいたので、もっと奥にいるのだろう。
神聖魔法で体を覆ってダンジョンを駆け抜け、ランドルさん達を追った。
36階層に到達。レベル40程と思われる波動が四人いるのを感じた。ランドルさんと一緒にいたときは波動を感知することはできなかったので、波動を覚えているわけじゃないけど、この感じ、きっとランドルさん達だ!
自然と走るペースは速くなり、一気に距離をつめる。近づくにつれ四つの波動がはっきりと感じ取れる。……でも、何か違和感がある。これは……強力なモンスターに囲まれている!?
戦っている音が聞こえてきた。5m幅程度の一本道でモンスターと戦っているランドルさんのパーティーが見えた。
ランドルさんのパーティーを挟み撃ちにする形でこちら側にメタルゴーレム二体。奥にもメタルゴーレム二体が確認できた。
カロンさんは奥の二体を盾術で抑えつつ、手前側はセリカさんの展開する障壁でメタルゴーレムの猛攻に何とかこらえている。ランドルさんとフレーナさんはそれぞれ奥と手前を別々に攻撃している。
速く助太刀しないと! 私は最大まで魔装術を引き上げ突進する。
その時、セリカさんの障壁が破壊され、フレーナさんにメタルゴーレムの拳が迫る。
「させない! シャインスウィング」
私の放った横薙ぎが光の粒子を散らしながら、二体のメタルゴーレムをまとめて粉砕する。
「大丈夫ですか!?」
セリカさんは驚きの声を上げる。
「フィリス? 何故ここに?」
「話は後です! まずはあいつらを倒しましょう」
奥でカロンさんが抑えている、メタルゴーレム2体も私の神器の一撃で粉砕した。ランドルさんは呆気にとられた顔で私を見ている。
「フィリスなのか……? 公爵家は? スタークはどうしたんだ? それにその強さは?」
「一度に聞かれても、答えられませんよ。一旦地上に戻りましょう」
「あ、ああ。そうだな」
フレーナさんは嬉しそうに目を輝かせ、私に抱きついて頭をワシャワシャと撫でる。
「フィリス……無事だったのね! 心配してたんだよ! あんなに硬いモンスターを一撃で倒すなんて強くなったねー」
カロンさんは静かにうなずき、微笑みを浮かべて、その様子を黙って見ていた。
再開を喜び合っていると、地響きのような低い振動とともにダンジョン全体が揺れた。
今いる一本道の奥からメタルゴーレムが通路を塞ぐ程の大群で現れ、押し寄せてくる。
四人の顔に緊張が走るが、ここはまだ36階層。ティバンの森のダンジョン50階層でレベル上げをしていた私からすれば余裕はある。
「ここは私に任せてください」
「いくら強くなったと言っても、一人であんな数を相手にできるわけがない!」
ランドルさんが声を荒げる。カロンさんとフレーナさんも同じ気持ちなの眉を寄せ心配そうな表情を浮かべている。でもセリカさんだけは心配する素振りはない。セリカさんは神聖魔法の使い手だから、私の波動から強さを感じ取ってくれたのだろう。
私はセリカさんに瞳を合わせる。
「セリカさん、全力で障壁を展開して、みんなが私の技に巻き込まれないようにしてください」
セリカさんはうなずくと、半球状の障壁を展開して四人を覆ってくれた。これなら遠慮なく神槍グングニルの固有技を放つことができる。
私は槍を構え神槍グングニルに神聖魔法を込める。
「セレスティアルディストラクション!!」
勢いよく突き出した神槍グングニルの刃から煌めく閃光が駆け巡った。眩い光が視界を覆い、遅れて轟音が鳴り響く。
神槍グングニルから放たれたのは無数の鋭器。星屑のように舞い踊る輝きは次々とメタルゴーレムを塵に変えていき、瞬く間にモンスターの群れを消滅させた。
ランドルさんは「凄いな……」と感嘆の声を漏らし「まさかこれほどとは……」とカロンさんも唖然としている。
「フィリス、さすがねー」と私に抱きついて頬ずりするのはフレーナさん。セリカさんは「本当に素晴らしい成長です」と笑顔で褒めてくれた。
「コアを拾ったら早くダンジョンを出ましょう」
みんなで手分けしてコアを回収した後、30階層まで引き返し、ポータルでハームジの街の冒険者ギルドに帰還した。
まずはコアの換金。大量のメタルゴーレムのコアは高値で売れた。その後は冒険者ギルドを離れて、行きつけの店である『サハンポット』に入って食事をする事にした。
食事をしながら、私はこれまでの経緯を話した。
出鱈目な強さのカイトがスタークを倒した事。ティバンの森のダンジョン50階層でレベル上げをした事。父とも話をつけてくれて、今後は手出しはしないと約束をしてくれた事。
四人は私の話を終始驚きながら聞いていた。一通り話し終わるとランドルさんが口を開いた。
「あのスタークを倒し、さらにはエラッソス公爵家にそこまでの態度をとれる奴がいるなんてな……。信じがたいが、フィリスがここにいることがなによリの証拠だ」
私が笑顔で頷くと、ランドルさんは私に問う。
「それで、フィリスはこれからどうするんだ? また俺達と冒険者をするのか?」
「いいえ、私を助けてくれたカイトと一緒にやっていこうと思います。好きになったんですよね、彼のことが」
フレーナさんは興味津々なのか笑みを浮かべて問う。
「フィリスが惚れるってどんな男なの?」
「非常識に強くて、カッコよくて、素直で、私のことを必死になって守ってくれる人」
ランドルさんは微笑みながら頷く。
「フィリスにそこまで言わせる奴なんだな。寂しくなるが、そいつと一緒になることがフィリスの幸せなら、止めたりはしない。でも、たまには元気な顔を見せてくれよ」
「はい」
今夜は久しぶりに拠点にしていた宿に泊まった。
フレーナさんとセリカさんと同室で、フレーナさんからはカイトのことを根掘り葉掘り聞かれ、セリカさんからは、私が神聖魔法が使えるようになっていることに驚かれ色々質問された。そうやって夜は更けていった。
* * *
翌朝。ハームジの街のはずれでランドルさん達に見送られる。
「何か困ったことがあったら、遠慮なく頼って来いよ!」
「くれぐれも無理はしないで。フィリスの事は本当の妹だと思っているのですから」
「元気でな」
「フィリスの彼氏、いつか私にも見せてね!」
ランドルさん、セリカさん、カロンさん、フレーナさんが一言ずつ別れの言葉をかけてくれた。
「ありがとうございます。皆さんもお気を付けて!」
私は四人に深く頭を下げて別れを告げたあと出発した。
ここからヨクア村まではかなりの距離があるけど、本気を出したら一日かからない。ヨクア村に集合するのは明日だし、慌てることもない。
ナロッパニア王国とカークヨムルド王国の国境の街で休んでから行くことにした。
お土産になりそうなものはないかと買い物をしたり、ご当地グルメを楽しんだ後、早めに宿に向かった。
部屋に入りベッドに腰掛け、今後の予定を考えていると、ドアをノックされる。私は「はーい」と返事をしてドアを開けると、そこにはターキヌがいた。
即座に臨戦態勢を取り、魔装術を使う。今の私ならたとえスタークが出てきたとしても戦えるはず。
「私にちょっかい出したらどうなるか警告したわよね?」
「い、いえ、お嬢様を連れ戻しに来たのではありません。エラッソス公爵様から手紙を預かっておりますのでお受けとりください」
私が手紙を受け取ると、ターキヌは「失礼します」と頭を下げて去っていった。意識を集中して探るとターキヌの波動は離れて行っている。どうやら本当に手を出す気は無いみたいね。
封を切って内容を確認すると、私がカイトと一緒になるのなら、カイトをエラッソス公爵家の一員として迎えるといった内容だった。
父様ったら、私を使ってでもカイトを自分の手駒にしたいのが見え見えね。
「カイトが私だけを選んでくれる訳ないのに」
はぁ、思わず口に出した言葉に気分が落ち込み、ベッドに倒れ込む。
マユもクレアもとても可愛い。そのうえさらにもう一人口説くとか言い出すし。
「やめやめ! そんなこと考えても仕方ない!」
私は首をブンブンと振ってネガティブ思考を振り払った。
明日になったらカイトに会える。そしたら思い切り甘えよう。カイトの一番になれなくても傍にいれたらそれでいいんだから!
本当は一番になりたいけど……。
そんな思考のループにはまっていたら、いつの間にか眠りについていた。
翌朝、気合を入れ自身を奮い立たせる。カイトにはきっと可愛い恋人が増えているはずだけど、私は負けないんだから!
力の入った魔装術で体を覆い、ヨクア村を目指したのだった。
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