【衝撃】ヴァレッジ・ヴィンガードの闇を暴く!!!!

米占ゆう

ヴァレッジ・ヴィンガードの闇を暴く!!!!

 創世記において神はまず「光あれ」と言ったと伝わっているが、そんな世界に生きる俺たちの性なのかどうか、業界の闇を暴くコンテンツというものはいつの時代も廃れない強力なコンテンツであるわけであって、その人気っぷりはYoutubeにおいても例外じゃあなく、「〇〇の闇を暴いてみた」「あまりにも酷すぎる」「BAN覚悟で公開!」なーんて煽り文を赤字に黄色の縁取りでサムネにババンと載せれば視聴者も嬉々として飛びつき、治安の悪いコメント欄で議論を重ねながら再生数を回してくれるが世の条理。同業他社に噛みつくことさえ気をつければ、界隈内でも存外居心地が悪いわけでもなく、「架空請求」「1000円くじ」「セフンイレブン」「引退品」「無在庫転売」「ソシャゲの炎上」とコンスタントに動画をあげ続けることで次第に俺こと阿散井深夜の知名度も上がり、再生数も安定してきた今日このごろ。たまには軽い闇でも暴いてやるかということで本日、持ってきたるはヴァレッジ・ヴィンガードの福袋。これは通称「鬱袋」なんて呼ばれるほど酷い、誰も得しない福袋として有名な商品なのだが、故に逆説的に言えば、動画的にハズレることはそうない安牌な商品とも言えるわけで、さあて、開封するぞ! そんで思いっきり顔をしかめながらこう言うのだ! 「うっわー! これは酷い! 誰が買うんだこんなものwww」さあ来い、いらないもの来い! すっげーいらないもの来い! 来い、来い……――来い!!

 これは!! ドン・キホーデのドンペンの人形!!!

「うっわー! これは酷い! 誰が買うんだこんなものwww」

「とんだ失礼野郎だペンね!」

 ブスリ。でこを思いっきりつつかれた。2mmぐらいえぐれた。ひどい。

「それはともかく、ワガハイをこのOPP袋から出すペン! ワガハイにはやらなきゃならないことがあるペン!」

 ドンペンはそうやって暴れるので、俺は言われるがままOPP袋のシールを剥がして、ドンペンを袋の中から救い出してやる。救い出されたドンペンは、息苦しかったのか、大きく深呼吸の運動をしているのだが、

「――さて、キミ! よくぞワガハイの入った袋を選んだペンね! これはきっとめぐり合わせペン。キミも一緒に戦うペ――」

「その前に仕返しだコラ」

 俺はサンタ帽ごとドンペンにチョップを食らわせた。ドンペンは涙目になって頭を抑えている。ざまあみやがれ、お互い様だ。俺だって、デコから血、出てるし。

「で、それはよしとして、話だ。まず、お前は何者なんだ? 人形?」

「ワガハイは人形じゃなくて、ドンペンそのものだペンよ。でも――まあ、そうペンね。確かに一緒に戦うにしても、まずは事態を把握してもらうことは一番かもしれないペン」

 ドンペンはそううんうん頷くと、こう続けるわけで。

「いいペンか? これは、ヴァレッジ・ヴィンガードの闇についての話だペン。これからワガハイは、ある店に侵入しようと思ってるペン」

 闇? 侵入? 穏やかじゃね―な。

 俺の闇暴き系Vtuberとしてのアンテナが反応しやがるぜ。ビリビリとな。


 ――かくして、深夜のヴァレヴィンにドンペンと来ている。時刻にして夜の三時。当然ヴァレヴィンは閉店時間をとうに過ぎ、店内には誰の気配もない。

 「開いたペン!」というドンペンのピッキング成功宣言に促されるまま店内に入るが、まるで空き巣でもしているかのような気持ちになって、思ったより良心の呵責を感じる。つーか、実際今通報されたら、間違いなくただでは済まない。こんな活動をしていることもあって、信念あっての逮捕はまだある程度覚悟はあるが、今回の件については正直半信半疑だ。これで捕まったら流石に洒落にならん。慎重を期さねばまずい。

 ――ドンペンに語って聞かされた「ヴァレッジ・ヴィンガードの闇」とは、ズバリ、善良な客を商品に改造して販売している店舗がある、というものであった。無論、俺は何度も聞き返した。しかし、ドンペンの主張はついぞ一言一句変わらなかった。なんでも、ドンキによく来るドンペンのお友達・客の中に、ヴァレヴィンで捕まりかけて逃げてきたやつがいるのだそうで、事の真相を調べるためドンペンは商品に扮して問題の店舗に潜入。OPP袋の中にいたため、積極的な行動はできなかったが、しかし状況は全部把握できたのだという。

「仕入れにもお金はかかるペンからね……。もしかしたらそうまでして稼ぎたい店舗があるのかもしれないペン」

 ドンペンはそう言うが、俺は正直あまりピンと来ない。良客だったらそんなことをせずに、何度も客としてお金を落としてもらったほうが店としては嬉しいはずだ。金の卵を生むガチョウを絞め殺すようなことを、本当にするのだろうか? 少なくとも俺だったらまず取らない選択肢だ。

 ――しかしそれは、もしかしたら、俺の独りよがりだったのかもしれない。

「ここがバックヤードの最奥部! プレス室だペン!」

 そう言ってドンペンが入り込んだ部屋の中央には、スティーブン・キング『マングラー』さながらの巨大なプレス機が鎮座していた。ドンペンは勝手知ったる手付きでキーを操作すると、来る途中に要所要所でピックアップしていたのか、サンタ帽の中からなめ猫人形やミッフィーの筆箱、迷彩柄のマグカップなどをガチャガチャと取り出すと、一つ一つプレス機に逆向きにかけていくわけで、するとどうだ。確かにプレス機の入り口から、今風の少年少女たちが次々ぴゅんぴゅん飛び出してきて、プレス室はあっという間にトー横へと早変わり。治安の悪さにさしもの俺もやや腰が引けたがしかし反面、ドンペンはそののび太くんみたいな目をうるうるさせながら、「よかった……本当によかったペン……」とむせび泣いているわけで、ま、これはこれで一つの絵になるか、なんて思いながらGoProを彼らに向けた次の瞬間、ドガァァァアアンンと背中から響く轟音。見ると、プレス室のドアが台風の時のコンビニ袋みたいに情けなく宙を飛んでいるわけで、何だ!? 爆発!? と思って入口を見やればちんまりとしたエプロン姿の少女とその三倍は背丈のある全身鏡面仕上げでピッカピカの西洋騎士が立っている。

「ねえ、お兄さん? 万引き犯を助けることってぇ、窃盗幇助っていう立派な犯罪になるんだよ?」

「……は? 万引き犯? いや、でも俺、ドンペンからコイツラは善良な客だって聞いたぞ。な?」

 そうやって俺はドンペンを見るが、しかし、ドンペンはまるで植木鉢をひっくり返した後の猫みたいに、バツの悪そうな顔をしているので、俺は事態を察する。おいおい、マジかよ。

「で、でもみんなまだ子供ペン! 悪いことをしたんだったら、叱ればいいだけペンよ! 商品にしちゃうなんて酷いペン!」

 しかしエプロン姿の少女はそんなドンペンの主張を一笑に付すと、傍らの騎士の鎧に手を置いて言う。

「鏡の騎士様。もういい、やっちゃお?」

 瞬間、鏡の騎士は自身の足元に向けて手に持つピッカピカのグレートソードを思いっきし叩きつけるわけで、襲い来るはぶつかるような衝撃波。あえなくトー横の中でもヒョロヒョロな数人が吹き飛ばされ、プレス機の中へと転がりこんでいくわけで、それを見届けたエプロン姿の少女はニコニコ顔で手に持ったスイッチを作動。地響きとともにプレス機が作動し、響き渡る断末魔の後、落下した少年少女は再び商品へと変形されていく。

「なにボケっとしてるの? 斬り殺されたいのかな?」

 ハッとして振り返ると、そこには再度グレートソードを振り上げた鏡の騎士の姿があった。やべぇ、俺、死んだ。

「させないペン!」

 刹那、視界の端から青いゴム毬が飛んでくるとグレートソードを弾き返した――いや、ゴム毬じゃない、ドンペンだ。しかも両手に二太刀、口に一太刀のどこかで見覚えのある三刀流。グレートソードを見事押し返したドンペンはそのまま空中でくるりと一回転すると俺の顔をフゴッ踏み台にして再び騎士へと飛びかかるわけで、その無法千万に襲い来る太刀筋にさしもの巨漢、鏡の騎士のかかとも半歩後ろへとずり下がる。

「みんな! このまま逃げるペン!」

 そんな言葉が呼び水となったのだろう、辺りをひしめくトー横キッズたちは一瞬互いに顔を見合わせると、うおおおお!! と喚声を上げながらプレス室から飛び出していくわけで、その勢いはロックコンサートで起きる小規模なモッシュさながら。と、その時一本の刀が回転しながら俺の元へと飛んでくる。

「深夜くん! もしなにかあったらみんなをそれで守ってあげて欲しいペン!」

「守れっても……」

 万引き犯なんだろ? ってな言葉を俺は飲み込む。ドンペンは俺を一度助けた。そしてドンペンはトー横たちを万引き犯と知った上で、助けようとしている。それだけで状況把握としては十分だ。もうすでに一度乗りかかった船。今更ぎゃあぎゃあ騒いでも仕方ねえ。

 ドンペンから贈られた刀はプラスチック製。恐らくドンキで売ってるものだろう。これでよくあの騎士と対等以上に戦えたものだと感心する。つってもまあ、実際金属の刀なんて渡されてもうまく扱う自信はないし丁度いいかもしれん。ま、実際のところ、さっきの二人以外に俺たちの逃避行を邪魔しようとするやつなんていないだろうと思うけど――ドォォォォオオオン――なんて俺のささやかな戦況分析はフロントヤードからの轟音によってすぐさま立ち消えした。どうやらこの店舗は万引き犯に本当に容赦がないらしい。ドンペンとの約束を早くも撤回したい気持ちになってくるが、よもや引き返せるラインは当に通り過ぎてしまっている。仕方ねぇ! 目覚めてくれよ、俺の秘めたる剣豪の才能! いざ、尋常に勝負! とフロントヤードとバックヤードとを仕切る扉を開けたところ、目の前にダースベイダーが立っている。

 シュコー……シュコー……。

 諸君。シスの暗黒卿にVtuberが勝てる訳がない。ドンキ製の刀を早々に弾き飛ばされた俺は秒でボコボコにされて戦闘不能。辺りを見渡せばその他にスパイダーマン、マイケル・ジャクソン、バルタン星人に初号機にキングコングと錚々たるメンツが揃っており、トー横は全滅状態。普段はアイキャッチとして活躍しているのだろう彼らはそれぞれ6~7人のキッズを小脇に抱え、プレス室へと逆行、未だ激闘を続けるドンペンと鏡の騎士を尻目にキッズたちを次々とサブカルグッズへと変換していくわけで、俺たちの負けだよ、と思いながらドンペンの方をちらっと見ると、ドンペンは涙目になりながら「ワガハイは、弱い!」と悲痛な叫びを上げているわけで、おいおい、そりゃ剣士じゃなくて海賊王のセリフだぜ、なんて思いつつ、さて、プレス機は目の前だ。ダースベイダーは俺以外にもう一人、千と千尋の神隠しのハクみたいな髪型のキッズしか連れておらず、まずそいつを先にプレス機に投入。トー横のハクはめでたくたべっ子どうぶつのポーチへと進化。ああ、俺もこのまま商品になってしまうわけか……! 南無三! あとはもう、どこかの誰かが俺をもとに戻してくれるのを待つのみだ……! なんて思ったその時。

 声が聞こえたのだ。

「あいや、待たれぃペン!」

「助けに来たで~ペン!」

「えれぇやられちょんなぁペン!」

「シワネーンドー、ヒージーペン!」

「み、みんな……!」

 ドンペンの顔が絶望から驚きの表情へと移り変わっていく。俺だって驚いた。と同時に一抹の希望も感じざるを得ない。

 プレス室の入り口には何十匹ものドンペンが集合していた。あるものは山を超え、あるものは海を超えて、思い思いの武器を手に、ドンペンのピンチを察知して駆けつけて来たのだ。その無数にあるのび太くんみたいな目の中に輝くつぶらな瞳は、一つとして例外なく闘志に燃えていた。間違いない。彼らは俺やドンペンが心の底から望んでいた、最強の助太刀。

 そこからはもう、店内は大荒れであった。スパイダーマンと、マイケル・ジャクソンと、ダースベイダーと、鏡の騎士とが、ドンペンとドンペンとドンペンとドンペン、更にドンペンとドンペンとドンペンとドンペンと戦っていた。それを脇目に俺はかのエプロン姿の少女をのして(俺は弱いやつには強いのだ)トー横キッズたちを元の姿に戻す作業に勤しむ。俺の直前にたべっ子どうぶつにされたトー横のハクも、この作業を手伝ってくれた。

「なんで万引きなんてしたんだ?」

 俺がそう聞くと、ハクはバツが悪そうな顔をして答える。

「なんつーんすかね、ダチとの度胸試しが行き着くとこまで行っちゃって」

「二度とやっちゃダメだぜ」

「ハハ、もう、コリゴリッス」

 かくして俺とトー横のハクは、キッズを全員逃がすことに成功したわけなのだが、ドンペンたちは未だ戦っていた。あれだけのドンペンが助けに来てくれたとは言え、敵方はいずれも名だたる面々。戦況は五分と五分。

「なにしてるペン! 早く逃げるペンよ!」

「分かった! ドンペン、お前は大丈夫なんだな?」

 清々しいほどの、サムズアップ。ドンペンの手のどこに親指があるのかは不明だが、少なくとも俺はそう受け取った。

 外に出るともう空は明るくなり始めていた。「ここでお別れしちゃうってのも、ちょっと寂しいっすね」とのことだったので、俺はトー横のハクとLINEを交換した。それが縁となって今では動画の編集を手伝ってもらっている。GoProはお釈迦になっていた。きっとダースベイダーにボコされたときだと思う。お陰で動画はボツ、五万円が宙に消えた。これは端的に言ってクソだった。

 あれから一ヶ月。

 件のヴァレヴィンにはもう長らく行ってない。というか、流石に今回の関係者で再びあのヴァレヴィンに訪れる人間はいないだろう――と思っていたので、ハクから「例のヴァレヴィン、行ってきましたよ!」という報告を受けたときは、流石に驚いた。

「謝罪代わりに、なにかでかい買い物できないかな、と思って。これ買ってきました。コウペンちゃんのぬい! めちゃかわじゃないっすか? けっこー量ありそうだったんで、はい、深夜さんの分」

「いらんいらん。それよりハク、ストックやばくね? 編集大丈夫なの?」

「あ、大丈夫っすよ。よゆーっす、よゆー」

「……まあいいけど」

 そう口の中で呟きながら俺はさらなるネタを探すためTL監視に勤しむわけだが。

 ……ん? しかし、なんだろう。

 胸騒ぎ? このコウペンちゃん、何か引っかかるような。闇を暴く中で培われてきた勘が、何らかの信号を発しているような……?

 ……。

 ……まあ、気のせいか。

「深夜さん、そういえばサムネ、ちょっと直したんで見てもらってもいいっすか?」

「お、今行く」

 そんないつもと変わらん日々の中、耳慣れた歌が聞こえてくる。

 しかも、間違いなく、間近から。

「これって……なんすか?」

「……」

 それはまるでを主張するようで、しかし俺は耳を塞ぎたい。

 だが明るい歌はいつまでも主張を続ける。


 ――真夜中過ぎても楽しいお店。

 ドン・キホーデ。

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