第28話 天才と異形

 NPB時代織田にとって、アレクは首位打者や最多安打といったタイトルを争う相手であった。

 おおよそ打率では織田の方が上で、安打数ではアレクが上であったことが多い。

 先にMLBには来たが、アレクも同じ年齢でMLBに来ている。

 そして評価に関しては、どちらもほぼ互角といったところか。


 先頭打者で、打率も出塁率も高く、足も速いし守備も上手い。

 これだけを見ていると確かに似ているのだが、根本的に違うところもある。

 アレクが自由にプレイするのに対し、織田は計算高い。

 アレクもまた計算高さはあるのだが、それは個人としてのもの。

 織田の場合はチーム全体を考えてプレイしているのだ。


(とは言ってもやれることなんてほとんどないだろ)

 一回の裏、シアトルの攻撃。

 一回の表にアナハイムは、先取点を取ることはなかった。

 ここで一点でも取れれば、試合の主導権を握ることになる。

 アナハイムの打線は、ターナーのいない今、間違いなく落ちている。

 だが無得点に終わったのは、今季たったの一度。

 平均して三点以上は確実に取っている。

 そこで防御率0の直史が投げるのだから、負けるはずがない。


 先頭打者の織田に対して、直史はゾーンの中で勝負する。

(甘く見られても仕方がないか)

 それだけの実績は残しているのだから、無理はないとも言える。

 だがあえてタイミングを合わせるのではなく、呼吸だけでバットコントロールを行いボールをカットする。

 結局は打ち取られようと、まずは球数を投げさせる。

 織田は本当に嫌らしく、そして素晴らしい一番バッターだ。


 このままなら球数が増えるな、とすぐにバッテリーは判断した。

 そして投げたボールは、ど真ん中のストレート。

 織田の意識は一瞬だけ反応が遅れた。

 振ったバットの上を通り過ぎて、ボールはミットへ。

 これにてまずはワンナウトである。




 一番打者に六球も粘られてしまった。

 ここから球数を抑えていかないとな、と樋口は考える。

 しかし直史が首を振って、その一度の首振りで、樋口は意図を感知する。

 長くバッテリーを組んでいるが、二人の意図が合いすぎることはない。

 それではせっかくの二つの頭脳が、無駄になってしまうではないか。

(なるほど、こちらでいくんだな)

 樋口のサインに、直史は頷く。

 そしてまたも、ど真ん中にストレートを投げた。


 直史のストレートは、もちろん遅いものではない。

 NPBならばまだ、速球派と言えるぐらいのスピードは出せる。

 だが重要なのは、スピードではなく質である。

 柔らかい指が最後までボールに粘りつき、最後に弾く。

 それによってスピンがしっかりとかかるのだ。


 ボールは高く、ファールゾーンに上がった。

 スタンドに入るぎりぎりで、外野が前進してキャッチ出来る位置。

 たったの一球で、打者一人を打ち取ってしまったのだ。

(それでも初球から打っていくのは、セイバー的には正しいからな)

(そういうことだ)

 初球から打っていっても、ど真ん中のボールにはわずかに反応が鈍る。

 そして思ったよりもキレがあれば、それは打ち損じてしまうというものだ。


 打者二人を、七球でしとめたことになる。

 これで球数が、計算の範囲内に収まることになるだろう。

(ここからは普通にいくか)

 樋口の出したサインに、直史は頷く。

 結局11球をかけて、一回の裏の守りは終わった。


 この日はシアトルの方も、ピッチャーが安定して守備が活躍した。

 やはりセンターの守備範囲が広いと、なかなか長打は出ないものである。

 ただアナハイムのセンターのアレクは、とても暇である。

 外野フライが今日も飛んでこない。

 飛んできたとしても、ライトかレフトの方向だ。

 バッターにセンター返しを許さない、そういうピッチングをしている。

 二遊間を抜けていくような打球は、直史がフィールディングでアウトにしてしまっている。

 ピッチャーの守備力というのは、打たせて取る場合にはとても重要だ。


 0-0のまま、中盤に入っていく。

 だがお互いに無得点でも、その内容は違う。

 今日のシアトルは、基本的には早打ちは厳禁としていた。

 しかし直史が、小刻みに動くボールを真ん中近くに投げたり、カーブをゾーンに入れてくれば、それは打ちにいかざるをえない。

 チェンジアップが今日は効果的だ。

 直史の場合はチェンジアップは、上手くブレーキが利くように回転させて投げている。

 普通のチェンジアップよりは、これの方が効果的なのだ。


 なかなか点が入らないのと、なかなかランナーが出ないのとは違う。

 得点までシアトルは遠い。

 先発が調子よく頑張ってくれているが、打球の方向の運にも恵まれている。

 それに対して直史は、三振、ゴロ、フライとバランスよくアウトを取っている。

 まさに打たせるところに打たせる、という奥義を使っているように見える。

 実際のところは、それはあくまで偶然だ。

 球数を少なくするところまでは、直史の技術。

 打球が守備範囲に飛ぶのは、運でしかない。

 そのはずであるが、ノーヒットピッチングというのが多すぎる。

 そしてフォアボールでのランナーを出さない。


 年間与四球0という記録。

 こんな記録が他の誰に、出せるというのであろう。

 おそらく現在の人類がそのままであるうちは、更新できない記録であろう。

 何か素材の革新などがあっても、MLBは競技としての性質上、ややバッター有利のルールを条件としたい。

 過去には一方的にピッチャーが有利になったこともある。

 現在はどちらかというと、バッター有利である。

 しかし大介に合わせてピッチャー有利な環境を作れば、今度は他のバッターが打てなくなる。

 二位のブリアンとでさえ、隔絶した能力差があるのだ。


 先発が球数制限に到達し、ここからシアトルは継投が始まる。

 そして0-0の状況からでは、直史相手に勝ちパターンのリリーフは使えない。

 そんな状況になった時点で、シアトルの敗北は半ば決定していた。

 もっとも野球というものは、九回ツーアウトになっても、勝敗は分からないものだが。

(いや待てよ。そういう状況にめっぽう強いのが)

 織田がセンターから見守る中、樋口の打席。

 バットはライト方向に、高くボールを上げた。

 スタンドに突き刺さる先取点のソロホームラン。

 やはりここぞという時に打ってくるバッターである。




 今年の直史相手には、一点でも取られたらほぼ勝算はない。

 それは錯覚であるのだが、現実が見せている精度の高い錯覚だ。

 シアトルはそこから、無理にリリーフを使っていくことを諦めた。

 この試合に負けたとしても、次の試合で勝てばいい。

 レギュラーシーズンはピッチャーを長期的に運用するのが、シーズンを通して行うべき作戦である。


 直史が使う力は、呪いだ。

 その試合だけではなく、数試合は影響を残す、心を折って念入りに砕き、しばらく立ち上がれないようにする呪縛。

 シアトル相手にはここまで使ってこなかったが、三連戦の最初であるなら使う価値はある。

 ただ初回から織田には、上手く呪いがかからない。

 やはりMLBの中で日本の野球の技術を使うと、直史の使う呪いの効果を外れるのだろう。


 日本の野球とアメリカの野球のピッチングで、一番分かりやすい違いはリズムだ。

 日本は1・2・3でアメリカは1・2だと言われている。

 球速だけではなく、フォームでも緩急をつけるのに、タメを使うのだ。

 アメリカのピッチャーが野手投げに近いとも言われるが、別にそれが絶対的に悪いわけでもない。


 直史の場合は日本のリズムで緩急をつけることが出来る。

 そしてアメリカのように、1・2のリズムで投げることも出来る。

 体が柔らかいので、ボールのリリースのタイミングが取りにくい。

 これを一試合に三回以上、バッターに対してやっていれば、バッティングのリズムは悪くなって当然だ。

 あとはかろうじて当てた内野ゴロを、確実にアウトにしてもらうだけ。

 だが三打席目の織田は、その内野ゴロを意識して打ってきた。

 ショートゴロであるが、織田の足の方が早い。

 内野安打でようやく、直史のパーフェクトが途切れてしまった。


 敵地シアトルであるのに、スタンドからはため息が洩れる。

 やはり観客は、直史のパーフェクトが見たかったのか。

 現在のMLBにおいては、三振の数が増えたこともあり、昔よりもパーフェクトは狙いやすい状況になっている。

 ただこういったピッチャーとバッターの技術のトレンドは、またどんどんと変わっていくものだ。


 織田の内野安打は、足を活かした立派なものであるが、どうせパーフェクトを途切れさせるなら、綺麗なヒットでやってほしかった。

 さらに言えばホームランで完封記録まで途切れされれば最高だ。

 贅沢なものであるが、人間の欲望には際限がない。

 直史に続いて、大介が引退した未来のMLBにおいては、また人気が落ちてしまうかもしれない。

 スポーツも芸術などと違い、一人がワンオフの存在なのだ。

 直史や大介の代わりになるような選手は、おそらくずっと出てこないだろう。


 一塁に出た織田であるが、直史のクイックと樋口の肩では、単独スチールはかなり難しい。

 それでも右方向にゴロを打ってくれれば、なんとか二塁までは進んでみせる。

 そう思っていたところに、打った打球は内野フライ。

 そして奪三振を奪い、最後に内野ゴロ。

 織田は結局、二塁を踏むことが出来なかった。


 シアトル戦の第一戦、最後の見所はそこであったろう。

 九回の裏には織田に四打席目が回ってきたが、点差が開いている。

 3-0というのは1イニングで逆転の可能性があるが、既にツーアウトである。

 織田としてはここで、直史も打てるのだ、という現実を味方に見せておきたい。

 だがこの四打席目までに、織田は様々な誘導を受けている。

 本人も気づいているのだが、投球術というのはそういうものだ。

 自身も高校までは、超名門で二番手ピッチャーまではやっていた織田である。

 日本の野球の投球術には、当然ながら精通している。


 外に遅いボールを集めてストライクカウントを稼ぐ。

 最後には内角を攻めてくるつもりだろう。

 分かっていてもおそらく、ミートすることは出来ない。

 せめてカットできれば、といったところだろうか。


 最後のボールは沈みながら伸びるスルー。

 12個目の空振りにて、ゲームセット。

 内野安打を除けば、パーフェクトなピッチング。

 最後まで観客が立ち去ることはなく、芸術的なピッチングを見届けた。




 ヒット一本でも打たれれば、それはノーヒットノーランにもならない。

 直史はパーフェクトでさえ、単なる結果だと考えている。

 球数は少なく、そして点を取られないピッチング。

 だがそれは記録にはなっても、あくまでも偶然の積み重なったものにすぎない。

 今日のように一本ぐらいは、ヒットになるのが当たり前なのだ。

 試合に勝ってこそ、エースと言えるだろう。


 シアトルは粘りのバッティングをしてきた。

 それだけに内野の間を抜くことさえ、打球の勢いがなかったのだ。

 普段に比べればやや球数が増え、マダックスも未達成。

 だが粘られた時に、三振や内野フライを打たせることに成功している。


 しかしそれでいいのだ。

 長打を捨てて、それでもどうにかマダックスを阻止するのが精一杯。

 これだけの屈辱を味わえば、次の試合もスイングがばらばらになっているだろう。

 ただ織田はそのあたり、全て分かっているかもしれない。

 フライボール革命は、日本の高校野球全てで採用されたわけではない。

 一発勝負のトーナメントなら、あえてゴロを打つ理由もあるのだ。

 一二塁間や三遊間を自在に抜いていったのが織田である。

 それで狙った時には、しっかりと長打も打てるのだ。


 三連戦の二戦目以降、織田は打っていく自信がある。

 他のバッターが調子を落としても、リードオフマンの自分が、相手をかき回していけばいい。

 野球というのは心理戦の要素もある。

 直史がやっているのがまさに、そのメンタルを攻撃するものなのだ。


 ついに20勝に到達した直史。

 この時点で例年なら、最多勝になってもおかしくはない。

 規定投球回にも到達しているので、他のタイトルも取れる。

 純粋にこの時点で、ア・リーグのサイ・ヤング賞は決まったと言ってもいい。

 ただバッテリーはそんなことは、とりあえずどうでもいいことであった。

 直史はシアトルの心を折りきれなかったことに気づいていたし、樋口もまた翌日のことに思考が向いていた。


 明日の先発はガーネットで、それなりに点を取られることは考えないといけない。

 こちらも点を取らなければいけないが、おそらく三点では足りないだろう。

 先発もそうだがリリーフ陣に、疲れが溜まってきている。

 捨てる試合はあっさり捨てて、勝てる試合に注力すべきだ。

 直史は一人で勝ってくれるのだから、そこでリリーフを休ませることが出来る。

 それでもこの時期、リリーフ陣には少し消耗が見られるのだ。


 七月中旬になれば、ホームランダービーとオールスター、その後の休養で四日間は休める。

 だが本来はこれほどの蓄積した疲労は、一ヶ月は休んで取るものなのだ。

 肉体が頑健でなければ、とても務まらないスポーツ。

 それが年間を通じて行われる、団体競技というものだ。

 それでもMLBはレギュラーシーズン六ヶ月、ポストシーズンが一ヶ月。

 スプリングトレーニングを一ヵ月半と、三ヶ月は丸々休めるようになっている。

 休む期間と鍛える期間、それをどうバランスよく取っていくか、それが重要だ。

 今年の場合、アナハイムからピッチャーはオールスターには出ない。

 直史が二年連続で出ないので、色々と言われていることはあるが。


 ただ直史からすると、国際大会への出場に難色を示すMLBに、そんなことは言われたくない。

 MLBは完全に、北米大陸で完結しているようで、実際は日本をはじめ、他の国からも選手を集めている。

 そしてWBCなどは完全にMLB主導の歪なルールで行っているのに、その各球団のオーナーは選手を出し渋る。

 これがサッカーであると、ワールドカップで自国の代表に選ばれることは、最大の名誉だと言える。

 アメリカは自国の市場が巨大なだけに、各国に野球を、ベースボールを普及させるのに熱心とは言えない。

 今はそれでいいのかもしれないが、将来的にはそれでは問題が起こるなと直史は思っている。


 アメリカの国家としての強さは、移民を受け入れることによって成り立ってきた。

 その移民はトップエリートを除けば、貧乏人が多い。

 アメリカンドリームを胸に抱き、アメリカに渡る人間は今も多い。

 それによって生じる軋轢さえ受け入れて、アメリカは発展してきたのだ。

 四大スポーツについても、アメリカは外国からの選手を受け入れている。


 アメリカの貧困層が夢を掴む、その手段の一つがスポーツでの成り上がりだ。

 その中でも一番、敷居の低いのがバスケットボール。

 街のあちこちにバスケットボールのリングがあるのを見れば、このスポーツ人口が多くなるのも当然と言っていいだろう。

 それに比べると他の三大スポーツは、明らかに最初の一歩が広いものになる。

 世界的に見ても、バスケットボールの競技人口は野球よりも多い。

 そういったことを考えるなら、野球の世界への普及はもっと進めていくべきなのだ。

 それなのに国際大会を軽視しているのは、アメリカの実力ゆえの傲慢と言うべきか。

 もっともプロも含めたWBCにおいては、日本の方がアメリカを上回る成績を残している。

 そんなものに出場して怪我でもしたら問題だと、オーナーも選手も、なかなか出場の意義を見出せないのだろうが。


 次のWBCは二年後に行われる。

 プレミアなどもあるが、WBCの方が国際大会としては一般的だろう。

 これもまたアメリカの無理筋から通ったものであるが、使われるボールはMLBのものと同じ。

 ここらあたりに色々と問題がある。

 NPBでは超一流のエースである真田が、WBCやMLBでは通じないと言われる理由が、使っている道具の違いにあるのだ。

 そして選手の評判は、NPBなどで使われる日本の硬球の方が高い。




 直史に心を折られたはずのシアトルだが、第二戦までにメンタルを建て直してきた。

 今日の相手は直史でないと、全員がミーティングで叫んでいたのは内緒である。

 プロであるならば、敗北をいつまでも引きずっていてはいられない。

 もちろん執念深く、どの敗北からも何かを学ぶことも、重要なことではある。


 ガーネットは序盤から、失点を重ねていった。

 だがガーネットに限らないことだが、アナハイムの先発はおおよそ、責任のイニングまではなんとか投げることが多い。

 その理由というか、根拠となるのがキャッチャーのリードだろう。

 出来れば全ての試合を勝ってしまいたい、とは樋口は考えない。

 直史とは違うのだ、直史とは。

 キャッチャーとしてピッチャーの調子を見て、最終的に地区優勝を狙う。

 それがプロとしての戦い方だと、樋口は思っている。


 キャッチャーとして重要な仕事は、ピッチャーが壊れないような運用をすること。

 それは本来ベンチの仕事であるのだが、樋口の頭脳はもっと広い範囲を認識している。

 直史の実力をどれだけ、どのようにして使うか。

 トランプのカードのように、手持ちの戦力を使っていくのだ。


 それでも年に数人、軽い故障をするピッチャーはいる。

 MLBという最高のリーグにおいては、無茶をしなければ届かない領域もあるのだ。

 その中でも天才というのはいて、それさえもがさらなる無茶をする。

 人間の耐久力の限界に、トッププレイヤーは挑戦しているのだ。

 直史などは少しならず例外であるが。


 ガーネットも六回までを投げた。

 四失点であるのだから、それなりに試合を崩さないピッチングが出来たと言うべきだろう。

 だがアナハイム打線はそこまで届かず、負け星のつく状態で、リリーフに継投する。

 そして負けている状態では、強いリリーフを出しにくい。

 アナハイム打線には、確実に点を取っていく手段はあるが、明らかに爆発力は失われている。

 離脱から三ヶ月も経過するのに、まだターナーはマイナーの方の調整にも入っていない。

 あるいはこのまま引退にまで追い込まれるのか、と悲観的に見ている者もいる。


 今日は打線も四点を取れたが、それより先にリリーフがさらに一点を取られていた。

 一点差まで詰め寄りながら追いつけず、4-5にて敗北。

 だがガーネットは確実に、イニングは食っている。

 アナハイムは直史を別にすると、ボーエンとレナードが勝ちを狙えるピッチャーだ。

 あとのピッチャーは勝率五割もあれば、それで充分。

 エースばかりでローテを組もうとしても、上手くいかないのがプロのチームである。

 逆にエースに頼らずに勝つ試合こそ、首脳陣の采配が問われることになるだろう。




 直史は呪いをかけたつもりであるが、これは勝利によって上書きされるものであるらしい。

 シアトルは三戦目、レナードの先発した試合でも、着実に点を取ってきた。

 六回二失点と、クオリティスタートには成功。

 そしてアナハイムも、二点までは取っていた。

 同点の状態で、両チームが共にリリーフに継投。

 ここからはシアトルの方が有利になった。


 直史とガーネットの投げた試合、アナハイムは勝ちパターンのリリーフを使っていない。

 なのでこの同点の試合に、それを使うことが出来る。

 ここには打算がある。

 シアトルと対戦した次のカードは、トローリーズとの対戦なのだ。

 今年はインターリーグでトローリーズとのカードが二度存在する。

 今のトローリーズは、どのチームと当たっても、かなりヘイトを買っている。

 大介を故障させたことが、ずっと影響として残っているのだ。

 おかげで地区首位の座から陥落しているので、チーム状態も悪いといっていい。

 弱っているところを幸い、叩いてしまおうとアナハイムは考えている。


 そのためにシアトルとの第三戦、勝って勝ち越しで終わりたかった。

 だがリリーフのマクヘイルが、失点を許す。

 今年でFAになるマクヘイルは、数字を残しておかなければいけない。

 しかし登板数はやや少なめなのに、ホールド失敗が多い。

 28歳というのは、まだまだ若いと思えるかもしれない。

 だがMLBにおいては30歳手前というのは、一つの境界でもあるのだ。


 FAになって大型契約を結べるかどうか。

 MLBにおける「あがり」というのはその点にあると言ってもいい。

 だがFA権を得るその年に、数字が悪いということ。

 これは大型契約を結ぶには、苦しいことになるのだ。


 3-4でアナハイムは、シアトルに敗北。

 直史が第一戦で勝っておいたのに、残りの二試合を落としてしまった。

 そもそも中四日で投げて、完封をし続けるという時点で、異常な人間ではあるのだ。

 それ以上の成果を求めるのは、さすがに厳しいとも言える。


 だが厳しくてもなんでも、アナハイムが勝ってもらわないと困る。

 大介との対決のためには、ワールドシリーズに進むしかない。

 あるいはセイバーの言っていた、トレードという選択が存在するのか。

 しかし今の、なんとか五割以上を維持している状況では、アナハイムは直史を出さないだろう。

 ターナーが今季の復帰が絶望と決まれば、今年は諦めるだろうか。

 ただそれでもポストシーズンまでは、直史を使ったほうがいいだろう。

 集客力という点を考えても、最強のピッチャーを出すのには無理がある。


 それともセイバーは、既に根回しが終わっているのか。

 わざわざ直史に確認しにきたのだから、それは終わっているのかもしれない。

 だがターナーがいないとしても、直史は負けるつもりはない。

 今年で最後と決めているからこそ、本当の限界まで投げることが出来る。

 壊れてでも大介との決着をつける。

 なんだまるで、甲子園を目指す高校球児だな、と思わないでもない。


 ここからのアナハイムの日程は、トローリーズとの対戦をホームとアウェイで行う間に、シアトルとの試合が挟まっていたりする。

 それが終わればオールスターで、わずかに休める時間となる。

 直史も消耗しないように投げてはいるが、休養がほしくないわけではない。

 MLBのオールスターはNPBと違って賞金が出るわけでもないし、故障離脱しているため大介と対決する機会もない。

 本当に名誉だけのもので、それなら一度出ておけば充分だ。

 直史が残した記録の数々に比べれば、オールスター出場などという肩書きは必要がない。

 それでもこれが日本の舞台であったら、少しは考慮したかもしれないが。

 アメリカという国の生活は、結局のところ直史とは合わないのだ。

 大介などは柔軟に適応しているようだが。


 オールスターまでに直史が投げるのは、あと二試合。

 両方がトローリーズ相手となっている。

 一度目は三連戦の最終戦で、二度目は三連戦の初戦。

 どちらも全く手加減するつもりはなく、念入りに心は折っておきたい。

 大介を故障させて、面倒な事態にしてくれた、その責任は取ってもらおう。

 別に恨みというわけではないが、直史は八つ当たりがしたい気分であった。

 そんなところに試合の日程が入っているあたり、野球の神様は粋なことをする。

 オールスター前に、22勝という勝ち星を積むことが出来るのか。

 去年の同じ時期には、まだ17勝と20勝にも到達していなかった。

 それが現在は既に20勝なのだから、勝ち星を上げていくペースはとんでもないものになっている。

 大介の離脱している今、MLBの話題を作るのは、主に佐藤兄弟の役目となっていたのであった。

 二人は共に、ニューヨークとロスアンゼルスの、大首都圏の中にあるチームのメンバーだ。

 それに比べるとア・リーグで二冠を記録しているブリアンは、活躍する時代が悪かったと言えるだろう。

 日本だろうとアメリカだろうと、巨大な恒星の輝きによって、評価が小さくなってしまう選手はいるものなのだ。

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