第16話 西地区
今年のアナハイムは、運命に見放されていると言ってもいいのだろうか。
インターリーグでは、ア・リーグの西地区のチームと対戦することになる。
つまり去年も強かった、トローリーズ、サンフランシスコ、サンディアゴと対戦しなければいけないわけだ。
残るアリゾナとコロラドは、それほど強いチームではない。
今年も三強のナ・リーグ西地区である。
そこで勝ち星を稼げるわけではないので、次のサンフランシスコとの前に、このボストンとの第三戦を勝利したい。
先発はレナードで、去年は20勝4敗。
だが今年はこれまで1勝1敗と冴えない成績だ。
五割の勝率で勝ってくれれば、それでも充分だとは思うのだが。
ボーエンとレナードは、ある程度貯金を作ってくれなくては困る。
他のピッチャーはおそらく、勝率が五割を下回るからだ。
昨日の直史のピッチングの影響は、ボストン打線に残っているのか。
それは気になっていたが、あちらの一回の表、ボストンの上位打線はぎこちない動きを見せた。
タイミングが合わず、レナードのピッチングに対して三者凡退。
スイングのフォームのひどさを見る限り、やはり呪いはしっかりと機能しているようである。
(ただ、下位打線はそこそこ変えてきてるのか)
主軸は代えないにしても、何人か昨日とはスタメンが違う。
確かに直史のピッチングの呪いにかかっているのなら、最初から試合に出さなければいい。
レナードもそこそこいいピッチャーなので、今日は勝てないと割り切るなら、他の選手にチャンスを与えるのもいいのだろう。
長いレギュラーシーズンを戦っていく中、ボストンはかなり割り切っている。
若いチームなのであるから、安定感がないのは仕方がないと考えるのかもしれない。
それでも直史と対戦するなら、そこから学ぶものがなくてはいけない。
常識で考えれば、あと数年は直史はMLBにいると考える。
その対策は、誰かがどうにかして立てなければいけないものなのだ。
このままレギュラーシーズン無敗の記録を、兄弟で更新され続ければ、どうしようもない。
来年直史がいなくなった時は、さぞやほっとするだろう。
レナードのピッチングは安定しているが、それでも完封するというほどではない。
そしてアナハイムの得点力は、まだまだ低いままだ。
アレクが塁に出て、シュタイナーが返す。
そのパターンで二点を取ったところで、六回が終わる。
レナードはソロホームランの一点だけに抑えて、リリーフに継投。
ただわずか一点のリードでは、己に勝ち星はつかないかもしれない。
NPBではまだまだ、勝利投手の勝ち星が重要視される。
沢村賞の受賞条件にも、勝利数は記載されているのだ。
それでも昔に比べれば、かなり条件は変わったと言われる。
NPBでもなかなか、完投するピッチャーは減ってきた。
ただ沢村賞は先発ピッチャーに与えられる賞であることは変わらない。
アナハイムはここから、もう一点を追加する。
そして勝ちパターンのリリーフ陣は、しっかりとその仕事をする。
一点は取られたものの、3-2で決着。
僅差の試合をしっかりと逃げ切った。
これでアナハイムは12勝8敗。
開幕序盤のほぼ五分という状態を考えれば、かなり勝率も上がってきた。
単純計算で丁度60%なので、このままのペースでいけば、充分にポストシーズンには進出出来る。
この時点ではそう思っていた。
そう、この時はまだ。
ボストンとの試合も、二勝一敗と勝ち越し。
直史が無敗の街道を歩み、それに他のピッチャーが追随する。
アナハイムの勝ちパターンが見えてきたと言えようか。
ただ次のカードは、その勝ちパターンからは外れる。
本拠地アナハイムに、サンフランシスコを迎えて行われる三連戦。
この三試合には、直史の登板予定はないのだ。
サンフランシスコは、ここ三年は連続でポストシーズンに進出している。
去年も一昨年も、二年連続でトローリーズの二位であった。
ただナ・リーグ西地区は、地獄の激戦区とは言われている。
西地区優勝のトローリーズはこの三年、連続でリーグチャンピオンシップには進出している。
そして三年連続で、メトロズに負けているわけだが。
打倒トローリーズを掲げ、今年も順調にチーム強化に成功しているサンフランシスコ。
その打撃力はMLBの中でもトップレベルである。
直史は過去に、サンフランシスコとの対戦経験はない。
またナ・リーグのチームはワールドシリーズに進出しない限り、対戦するということもない。
なので対戦して、心を折っていく優先度は低い。
勝率のコントロールも、サンフランシスコ相手に勝つよりも、ア・リーグのチームに勝つほうが重要なのだ。
今年は自分の投げる試合では当たらない。
それが分かっていた直史は、サンフランシスコについてほとんど調べていない。
なのでベンチにいるまま、蹂躙される味方を見ているしかなかった。
先発のガーネットが、派手に炎上している。
攻撃はまだ樋口も復帰していないため、打線として機能していない。
こういう時にこそ、控えのメンバーは活躍をして、アピールしなければいけない。
だが単発のヒットが、ランナーのいないところで出るだけ。
どうにか一点は取ったものの、ガーネットは三回七失点で降板。
そこからのリリーフも、必死ではあるが打たれていく。
大差がついてしまって、アナハイムは試すピッチャーをほとんど試してしまった。
なのでピッチャー経験のある、野手をマウンドに送り込む。
MLBもNPBのように、ロースターとベンチ入りメンバーを変えればいいのに。
それならば先発を、もう少し余裕のあるローテで回すことが出来る。
キャッチャーがいなかったテキサス戦よりは、まだマシな点である。
だがそれでも、サンフランシスコはある程度は点を追加してきた。
最終的なスコアは、2-13と、この間よりはマシである。
もう少し試合が長引けば、アレクもマウンドに立ったかもしれない。
この大差負けは、ある程度は覚悟していたことだ。
直史が心を折っていれば、もっと善戦できただろうが。
三度目の実験は、ヒューストンが相手になる。
レギュラーシーズンをどうにかするためには、最も重要な対戦相手となる。
サンフランシスコは自分たちの打力に、絶対的な自信を持っているチームだ。
去年のポストシーズンでは、メトロズと対戦してスウィープで負けているが。
あれも第一戦を武史と対戦し、七回までに14奪三振を取られていた。
大差がついたので途中でリリーフに預けたが、そこからどうにか点を取っていたのだ。
ジュニア、ウィッツというメトロズの強い先発から、しっかりと点を取っていた。
だがそれでもメトロズ打線の勢いを止められず、ディビジョンシリーズで敗退している。
メトロズとほぼ互角であったアナハイムを倒せば、それは自信になる。
今年のメトロズは主力が離脱し、まだ樋口も戻ってきていない。
完全に打線がつながっておらず、むしろ下位打線でどうにか点を取っていることが多い。
早く戦術を変えなければ、いくら直史が相手をチームごと叩き潰そうと、全てが上手くいくようにはならない。
第二戦、アナハイムはボーエンが先発。
ここまで三勝していて、前の試合ではリリーフが打たれて、勝ち星がつかなかった。
ただ今のところアナハイムでは、間違いなく二番手のエースと言っていい。
彼が試合が崩れるほど打たれれば、それは大きな問題となる。
勝てないとしても、負け方が重要であるのだ。
三戦目の先発は、リリーフデーでメイスンが投げることになっている。
この試合もおそらく、アナハイムは落とすであろう。
今季不調のアナハイムではあるが、主に直史のおかげで、スウィープ負けはまだ喫していない。
だがこのボーエンで試合を落とせば、かなりスウィープの可能性は高まる。
ボーエンとしては自分がどういうピッチングをするかよりも、味方が点を取ってくれるかどうかの方が問題となる。
援護がなければピッチャー一人では勝利をつかむことは出来ない。
去年はナ・リーグにいたボーエンは、サンフランシスコの強さをよく分かっている。
特にその打撃の強さをだ。
(せめて樋口がいたらな)
キャッチャーとしても、そしてバッターとしても。
今のアナハイムの戦力は、かなり低下してしまっているのだ。
そして試合は始まった。
ホームゲームではあるが、それはつまりサンフランシスコの先攻から始まるということ。
初回からぶんぶんと振り回していくというのは、サンフランシスコのバッターにおおよそ共通しているスタイルだ。
逃げていくボールや落ちるボールで空振りを取ることは難しくない。
だが一発で一点が入る可能性が、かなり高いのも確かなのだ。
その初回から、長打が一本出た。
ホームランとまではならなかったが、フェンス直撃のツーベース。
それでも点にはつながらず、スリーアウト。
球数はそれなりに使っている。
(フルスイングしていくことは、ピッチャーにプレッシャーをかけるからな)
直史は自分には当てはまらないが、他のピッチャーには当てはまることを考えている。
セイバー・メトリクス的にはフルスイングで長打を狙っていくのは、結果的に間違いではないと分かっている。
だがおそらくは、その統計にはピッチャーのメンタル要素は組み込まれていない。
ボーエンのピッチングは安定している。
だがこの試合、勝つのは難しいとも思っている。
無理をせずに、ローテを回す。
そう期待される試合も存在するのだ。
(俺は俺の仕事をするだけだ)
ア・リーグ西地区には、打撃に特化したチームがない。
アナハイムもヒューストンもそれなりに打線の力はあったが、アナハイムは自分のチームで、ヒューストンも傑出してはいない。
それがアナハイム移籍を選んだ理由の一つであり、ここで成績を残せばまた次も契約が結べる。
ボーエンはかなり打算的だ。
アナハイムとの大型契約が終了するのは、彼が36歳の時である。
それまでに選手寿命が終わる可能性もあるが、まだ投げられるとしたら、そこからさらに契約を結んでいく。
そのためにはアナハイムは都合のいいチームだと思ったのだ。
六回を投げて、わずか一失点のみ。
そしてアナハイムは、打線の援護がそこまでに二点。
わずか一点差ではあるが、リードを保った状態で、リリーフ陣につなぐことが出来る。
勝ちパターンのリリーフを、ここで使うことが出来るのだ。
ただこの試合は、継投失敗に終わった。
勝ちパターンのリリーフであっても、必ず勝てるとは限らないのは当たり前だ。
点差が一点であったのも、厳しかったのだとは言える。
追いつかれたところから、もう継投失敗は確定している。
アナハイムは結局、逆転負けでこの第二戦も落とした。
第三戦、この試合も厳しい展開であった。
今のアナハイムはとにかく、投手力と守備力で、相手を抑えなければ勝てない。
次のヒューストン戦からは、樋口が戻ってくるのでもう少しマシになるだろうが。
リリーフデーで短くつないでいく試合だが、かなりの割合で得点を許していく。
アナハイムはやはり、打線がつながらない。
とにかく打線がつながらず、単打が散発しても点にはならないのだ。
なんだかんだ言いながら、アナハイムは今季これまで、無得点という試合はなかった。
だがこの試合は、まるで点が入らない。
ピッチャーが序盤から打たれて、点差が離れていったのも、原因の一つではあるだろう。
バッターが自分の成績にはこだわっていても、試合全体を見たチームバッティングをしようという様子が見えない。
結局は8-0と完封された。
サンフランシスコ相手に三連敗。
相手のピッチャーはそれほど、強力ではないピッチャーの試合もあった。
やはり樋口とターナーの二人が離脱していると、得点力は極端に落ちる。
次のヒューストン戦からは、いよいよ樋口の復帰である。
それにしても12勝11敗と、いよいよ勝率が五割を切りそうになってきた。
もちろんまだ四月の段階だと、分かってはいるのだが。
最近ではそう言い聞かせないと、精神の安定を保っていられないのがアナハイムの首脳陣である。
あまり敗北が嵩むと、進退問題にも発展する。
そもそもフロントのチーム編成が、不充分であったというのもある。
ターナーとの契約は、翌年でも良かったのだ。
そこは直史の契約が関係しているので、フロントを責めるのも気の毒ではある。
あとはターナーの離脱については、完全に事故であるのでどうしようもない。
次のヒューストンとのカードが問題であるのだ。
アナハイムは三連敗し、今は地区三位となっている。
上にいるのがシアトルと、首位のヒューストン。
ヒューストンを相手に全勝しても、アナハイムの順位自体は変わらないかもしれない。
しかしここでヒューストンを叩いておくのは、重要なことになる。
なんとかポストシーズンには、地区優勝で進出したいのだ。
アナハイムで試合をして、その翌日にはヒューストンに向かって試合。
移動してから試合まで、ほとんど時間がないのは慣れてきた。
重要なのはコンディションの整え方だ。
そのあたりの順応力がなければ、メジャーリーガーとしては成功できない。
ただ直史はこの試合からは、少し気を緩めて投げることが出来る。
ヒューストンに移動して、第一戦の先発が直史。
そしてキャッチャーに樋口が戻ってきた。
今季いまだに、無失点の直史。
一回の表にアナハイムが点を取ってくれれば、それで試合は終わりそうな気もする。
対するヒューストンは強いのだが、かつては色々とMLBの歴史に残るような問題を起こし、大バッシングを受けたこともある。
今でも全米各地の他のチームのファンは、嫌っている人間は多いだろう。
直史はそのあたり、アメリカ人と日本人のフェアな意識は、かなり差があるなと思っている。
日本人は文明的に、潔癖症であるのだ。
どこが、と思う人間もいるかもしれないが、外国の文明と比較すれば分かる。
そして直史もまた、日本人的な思考をしている。
ただアメリカの価値観が、アメリカで通用するのは、仕方がないことだと思っているが。
味方のバッターがデッドボールを受けて、報復をするような場面になった場合。
直史はパーフェクトピッチングを保つことによって、報復の機会がないようにする。
完全に抑えたのだから、仇は取ってやったぞ、というのが直史の思考だ。
それに直史の場合はあまりにもコントロールが良すぎるので、厳しいボールでも意図的と思われてしまう。
そもそもデッドボールなど、よけられない方が悪い、とも思ったりはする。
この試合は特にそんな因縁はなく、普通に対決すればいい。
普通に完封すればいいのだ。
(初回に先取点は、むしろ必要ないかな)
直史の思考は傲慢である。
だが自分のピッチングを、最大限の効果があるように、考えてはいる。
途中までは必死に打とうと思わせて、それを完全に処理していく。
先にこちらが点を取ってしまうと、その必死さが薄れてしまうと考えているのだ。
必死になって、全力になって、それでも点が入らないところで、一点だけを取ってしまう。
相手の心を折るには充分だと思うが、そう都合よく試合が展開するはずもない。
ただ一回の表、復帰一打席目の樋口がヒットを打ったが、得点には至らず。
打った樋口自身も、とりあえずはタイミングを計った感覚。
長打を打つつもりはないスイングだった。
10日間離れていたわけだが、わずかに練習には参加していた。
バッティングの感覚が狂っていれば、今のアナハイムにおいては致命的だと分かっている。
とりあえず試合のボールをちゃんと打てて、ほっと一安心といったところである。
軽く投球練習をしていて、直史の仕上がりは分かっている。
自分がいない間に、直史がやっていた実験。
その試合だけではなく、もっと長く続く、相手の打線への影響。
その気持ちは樋口には、分からないでもないものだ。
高校時代、上杉と対戦した相手は、ことごとく自信を失っていった。
上杉よりも年下はまだマシなのだが、上杉よりも年上で、甲子園などで封じられたバッターは、その後もしばらく調子を落としている。
あるいは上に進むのを諦めた選手も多いと聞く。
今から思えば上杉は、完全な規格外であったと思えばいいだけであるのだが。
ハングリー精神の塊で、野球で食べている選手たちが、そうそう根元から折れてしまうとは考えにくい。
だが野球の、ピッチングという技術の異質さから、こんなボールは打てないと思ってしまう。
今までに経験してきたものとは、完全に違うピッチャーの完成形。
そんなものを見せられれば、しばらく不調に陥るのも、当たり前の話なのかもしれない。
実際に試合でボールを受けてみて、樋口は納得する。
これは確かに、普通のバッターが一試合でアジャストするのは無理であろうと。
しかしこのピッチングの目的は、大介との勝負にある。
トランス状態に入って、どこに投げれば打たれないか分かっているはずの直史が、接続を切られて打たれたのだ。
より高い次元のピッチングをしないと、抑えることは出来ないと考えるのは当然だろう。
ただ既に圧倒されていたバッターたちからしたら、明らかなオーバーキルである。
お前はこの場に相応しくない。
直史はピッチングによって、そんなプレッシャーを与えているのだ。
もちろんこれは、打てないほうが悪いに決まっている。
しかし少しでも現場を離れれば、それこそ引退でもすれば、あまりに無慈悲であるとも感じる。
それがプロの世界だと分かっていてもだ。
直史はただ、チームのために勝率を良くしようとしているだけだ。
もっともそのチームのためというのも、究極的には自分のためでしかないが。
大介と対決する、その目的のためには、チームが勝ってくれなければどうしようもない。
なのでバッターを根本から否定するような、そんなピッチングをしている。
技術的には完璧であり、そしてメンタルも鉄壁。
そんな直史であるが、ここまで攻撃的と言うか、相手に対して無情であったか。
単純に勝つために、優先していることが違うだけ。
ピッチャーとしてエースとして、間違ったことをしているわけではない。
(冷徹だな)
勝つために必要なことを、最大限に行う。
プロとしては必要な冷徹さだが、プレイヤーとしての冷徹さではない。
レギュラーシーズンを勝って、ポストシーズンを目指す。
これはFMの持つような冷徹さだ。
初回からムービング系でファールを打たせ、ストライクカウントを稼ぐ。
そしてストレートが決め球に使える。
決め球以外には投げてこないと思わせたら、カウントを取りにいくのに使える。
有効に使うのが難しい、高めのストレート。
ゾーン内の高めのストレートで、空振りが取れているのだ。
三振二つと、内野フライ一つ。
確実に去年の直史のスタイルとは、変わったものである。
ヒューストンももちろん、こういった分析はしっかりとしている。
ゴロを打たせるボールを、掬い上げることを意識する。
すると空振りになったり、内野のイージーフライとなったりするわけだ。
フライボール革命において、復権を果たしのがカーブである。
このボールはかつて、変化球の基本などとも言われた。
一時期は廃れたが、今はまた使われることが多い。
それはストライクの判定の基準が、難しいということもあるのだろう。
そして高めにストレートを投げ込むことも、フライボール革命のスイングに対しては相性がいい。
単純な話で、スイングが加速するのに、必要な距離が短いからだ。
不充分なスイングスピードで、差し込まれてフライアウト。
高めのストレートには、そんな使われ方がある。
高めは打てると、バッターはずっと思ってきた。
そして今でも、高めは狙っていくバッターが多い。
かつてはアウトローの出し入れさえ出来れば、なんとかなると言われたこともある。
しかし現在では、それは完全に無理である。
少なくとも高いレベルでやるならば、それだけでは通用しない。
二回にもアナハイム打線の得点はない。
だが直史にとっては都合のいい展開だ。
偶然の一発というのは、野球においてはままあることだ。
それでも直史は、その都合のいい展開を現出させてしまう。
果たしてどこまで、その目は見通しているのか。
このイニングは最初の二人を内野ゴロで打ち取る。
そして三人目は、空振りで三振を奪った。
空振り三振が増えたといっても、すぐに試合の中でスタイルを変えていく。
相手の打線がどちらを狙うか、チーム自体の作戦を洞察するのだ。
試合中に、相手のベンチの中を眺めている。
特に選手ではなく、FMやコーチを。
イニングの攻守交替の時にこそ、その視線は鋭い。
相手が狙うのが、どちらなのかを見抜く。
それによってスタイルを変えていくわけだ。
三回までは、それが完全に続く。
アナハイムの攻撃も、散発で得点には至らない。
しかし直史のピッチングは、完全にパーフェクトピッチング。
一試合を80球以内で抑えるペースで投げている。
ヒューストンのバッターは、空振りをしては自分のバットを叩き折ったりしている。
ああいう道徳0点の行為は見ていて見苦しいが、実際のところはああやってフラストレーションを発散するのは、有効な手段でもあるらしい。
三振してから直史を睨み付けるが、その視線が合うことはない。
直史が見るのは、もう次に対戦するバッターであるからだ。
94マイルがせいぜいというストレートで、簡単に空振りを奪っていく。
そう思えば沈む球で、内野ゴロやフライも打たせる。
打者は一巡し、これでもういいだろう。
あとは味方が点を取ってくれればいい。
四回は四番のシュタイナーからであったが、得点には至らず。
二巡目のヒューストンの打線に対し、直史は淡々とピッチングを続ける。
そのスリークォーターのストレートが、どうしてジャストミート出来ないのか。
おそらくこれまでに対戦したチームは、分析して気づいてくるだろう。
だが直史が何をやっているのかは分かっても、それに対処できるとは限らない。
四回にて、既に七個目の奪三振。
パーフェクトピッチングは継続中である。
投手戦のようにも見える。
だが実際はアナハイムの打線が上手く機能せず、抑えているのは直史の方だけである。
こういう試合はエラーから試合が動いたりもするのだが、直史のパーフェクトにアナハイムのバックは慣れている。
そして五回、アナハイムの下位打線から、待望の先取点がソロホームランでもたらされた。
1-0というスコアは、全く絶望的ではない。
だがここまで完璧に抑えられていて、そう思えるかどうか。
五回の直史のピッチングは、またも内野ゴロを打たせてツーアウト。
しかしここから、イレギュラーでのエラーが出てしまった。
パーフェクトの途絶に、スタジアムのスタンドからは大きなため息が漏れる。
ここはヒューストンのフランチャイズのはずであったのだが。
ツーアウトからだが、どうにかランナーを活かせないか。
ヒューストンはそう考えたのかもしれないが、直史はここで簡単に三振を奪う。
スリーアウトチェンジで、何も動揺を見せない。
機械のようなピッチングを相手にして、ヒューストンの打線もまた、凍り付いていくのであった。
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