第15話 無意味な話し合い
アルスは部屋の一室で広げた地図を見つめながら、ある焦燥感に駆られていた。
というのもザーマイン軍がいつ攻めて来るか分からない状況で、未だに撃退するための策を思いついていなかったためである。
貴族達に策があると言った手前、何としてもザーマインを撃退する方法をアルスは考える必要があったのだ。
それに加えて、宣戦布告された日にゴレーム宰相が倒れてから、未だに目を覚ましていなかった。
アルスが部屋に入って十分程の考え事をしていた頃だった。部屋の扉がゆっくりと開き、中に人が入ってくる。
「遅いぞアラン」
アルスは先ほど感じていた焦燥感を微塵も出さずに、尊大な態度で部屋に入ってきたアランに接する。
「すみません陛下。ザーマインについての資料を纏めていたため遅くなりました」
「そうか......それなら仕方ない」
アルスがアランを呼び出した理由、それは天才と名高いアランに解決策を丸投げするためである。アルスが彼を新しい宰相に任命したのはこのためだった。
だがそれに対してアランは、自分が呼び出された理由は他にあると考えていた。
(アルス王は既に策を考えていると言っていた。なら私を呼び出した理由は、その策の実行のために私の研究成果が必要だからか?)
アランがそう考える理由は三つあった。
一つはアラン自身が王に怪しまれていると感じており、もしかしたら自分の極秘の研究内容を知られているかもしれないと考えていたこと。
もう一つは、アランを宰相に命じて権力を与えたこと。
最後の一つは、ザーマインを撃退するためにはそれしかないと思っていたからである
だがアランの考えは、次のアルスの言葉により見当違いだということが分かった。
「早速だがお前に命じる。アラン、ザーマインを撃退するための策を考えよ。宰相としての最初の仕事だ」
アランはその予想外の言葉に動揺して、思考が少しの間停止する。静まり返る場で数舜後、頭が動き出したアランはどういう意味かとアルスに問う。
「恐れながら陛下、策は既に考えていると前にお聞きしましたがどういうことですか?」
次に動揺したのはアルスだった。アランを宰相に任命したのは、策を任せるためであり、アランはそれを理解していると思っていたためである。
「それについてだが......」
アルスは策はないと正直に言うかどうか迷う。だが、仮に本当のことを言ったとして、アランが他の貴族に言わないとも限らない。
「勿論あるにはあるが、天才と言われるお前が考える策を聞いてみたくてな」
「なるほど......承知いたしました。ザーマインを撃退する最善の策をこの私が出してみせましょう」
アランはまず、机の上に広げられた地図のある場所を指した。
「まずザーマインがどこから攻めて来るかですが...現時点でカーマ王国と接しているのがここの地域です」
アランが指した場所は、つい最近ザーマインがベルクス連邦から奪い取ったハリベルという領土だった。
「ここから攻めて来ることを前提に考えます。なので防衛箇所は...」
アランはそれから、最適な防衛箇所、奇襲のタイミング、ザーマイン軍の動きなどを事細かくアルスに説明した。
「なるほど。見事な策だが......」
アルスは悪くない策だと思うが、気になるところがあった。
「しかし、これでは遅延にしかなっていないのではないのか?」
アルスはその具体的な策に感心したが、結局の所、ザーマインの圧倒的な兵力を壊滅させることは出来ないように感じた。
「その通りです。この国の兵力ではどうやってもザーマインを撃退することは出来ません。なのでひたすら時間を掛けて、戦争を数ヶ月、いや何年も長引かせるのです」
「それでどうするのだ?」
「理想はその間にベルクス連邦と対ザーマインの同盟を組みます。それが無理なら延々と粘り続けて諦めてもらうしかないですね」
アルスは確かにそれならこの国は存続出来ると感じた。だが問題があった。それは貴族達に、ザーマインを撃退する策があると言った事である。
その策が他国であるベルクス連邦頼りでは納得されないだろう。それならそもそも侵攻させるなという話になる。
「ベルクス連邦頼りか......」
どうしたのものかとアルスは考える。
その様子を見たアランは、やはり自分の策は王が考えているものより劣っている事を悟る。
しかし、アランはベルクス連邦を頼る以外に、ザーマインを撃退する方法をどうやっても思いつかなかった。アラン自身の研究成果を世に出す以外には。
アランは自分のプライドが刺激されるのを感じる。
「陛下、少し考える時間を私にくれないでしょうか?」
「...いいだろう。だが、時間はそんなにないぞ」
偉そうに言うアルスだったが、内心は安堵していた。現時点の策では、とても貴族達に自信を持って説明出来ないからである。
「ありがとうございます。ベルクス連邦に頼らず、ザーマインを撃退する術を考え出してみせます」
「ああ。期待して待っている」
アルスはそう言い残し部屋から退室する。アランも一人になって考えたいだろう思ったからである。
部屋で一人になったアランは、ザーマインの情報に何か見落としがないか、資料を再度確認することにした。
そして数十分程たった頃、ある違和感を感じる。これまでの戦争からしてザーマインのトップはかなり頭が切れる。なら此方が遅延してくることには気づいているはず。
わざわざ時間と金と労力に見合ったものをザーマインが得られるとは思えない。
仮にベルクス連邦と休戦条約を結んでいたとしても、そんなに長い期間ではないはず。手を組んでいたらどうしようもないから考える必要はない。
此方に宣戦布告したということは、休戦条約を結んでいる可能性が高い。だが、それでもハリベルからわざわざ攻めてくるのか。
アランはふと、地図を見つめてカーマ王国とザーマイン帝国が接している場所を確認する。そこにはドラゴニア山脈があった。
まさか...
アランは仮にザーマインがドラゴニア山脈から攻めてきた場合を考える。
すると、ドラゴニア山脈を越えることが出来たザーマイン軍は、遅くても二週間足らずでこの王都にたどり着くことが出来た。
ベルクス連邦と短期間の休戦条約を結び、短期間でカーマ王国を落とす。その後のベルクス連邦との戦争ではかなり有利になるだろう。
アランは、最悪の想定をする。もし、ドラゴニア山脈を越えるとすれば、ザーマインが宣戦布告するタイミングは、恐らく半ばまで進んだ時だ。
つまり、もう時間がないことになる。アランはザーマインがドラゴニア山脈から侵攻してくると仮定して、撃退するための策を急いで考え始めた。
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