第17話 気力使い

 ドラゴニア山脈の戦場において、激しい剣戟が飛び交っていた。


 攻めていたのはシドだ。彼は変幻自在に黒色の剣を操り、上下左右どこからでも剣を振って、ルフに反撃の隙を与えていなかった。


 しかしその相手のルフは、他の三人の出方を観察しながら防戦する程、まだ余裕があった。


(なるほど。シドという男、噂以上に手強い。だが一対一では負けることはないですな。問題は...)


 ルフはシドを相手にしながら横目で一瞬程、まだ仕掛けて来ていない残りの三人を見る。


(恐らくシドが不利だと思われれば必ず仕掛けてくる。そうでなければ、下手にこの剣戟に割り込めば、逆にシドの邪魔になると思っているはず。ならば...)


 この勝負に勝つには、相手の油断を誘い隙を生じさせて、一撃をもって戦闘不能にさせるしかないとルフは考える。



「防戦一方ですよルフ殿。剣聖の名はこの程度ですか?」



 シドは揶揄するようにルフに話しかける。



「其方こそ貴方一人でいいのですかな?」


「剣聖の名を継ぐためには、私一人で貴方を殺す必要がありますからね」



 シドはそう言うと、剣速を増して更に激しくルフに切掛かった。二人の剣が交差するたびに周囲に火花が飛び散る。


 シドは自分が攻めているはずなのに、まだルフに欠片も傷を与えていないことに少し焦っていた。


(この一戦、有利なのは私のはず。ルフ殿の癖はある程度捉えた。ここは勝負を仕掛けるべきか)


 シドは自分の剣に、薄く高密度な気力をゆっくりと纏わせていく。それを見たルフは、警戒してシドの動きを注意深く観察する。


(無駄ですよルフ殿)


 そしてシドはこの剣戟の中で何度か使った突きを、何気なくルフに放った。ルフは既に何回か防いだシドの突きを、同じように剣の腹を使って滑らし、突きの方向をずらそうした。


 ルフの剣がシドの黒色の剣に接触しようした瞬間だった。ルフは自分のへその上辺りに痛みと熱を感じる。ルフは危険を感じて後方に下がる。そして片手を腹に当てて、その手の平を確認した。


 そこには真っ赤な血が付いていた。



「流石はルフ殿。後少し遅ければ胴体を貫かれていましたよ。最も、この攻撃はそう何度も防げるものではないですけどね」



 ルフがシドの剣の切っ先を、目を凝らして見てみると気力が薄く細く伸ばされていた。


(やられましたな。まさかこの私が気づかないとは)


 剣の切っ先に気力を込めて、突きのタイミングで瞬間的に射程を伸ばしのだ。その威力、速度共に並みの剣士を凌駕していた。


 そして驚くべきことは、ルフに攻撃を悟らせない程の気力の隠蔽だった。

 ルフはシドの高度な気力制御に舌を巻く。


 対してシドはルフの様子を見て、己の技が通用する事を確信する。そして慣れられる前に決着をつけるべく奥義を放つ準備をする。


(この突き技を何度も繰り出されれば、防ぐことは不可能。しかし突きの後は致命的な隙が生じる。カウンターを仕掛けるとしたらここしかないですな......)


 ルフは突きが放たれた後が、絶好の返しの瞬間だと悟る。だが問題は、どうやって射程が分からない突きを防ぐかだった。


 そしてルフは考えた末に、まともに防ぐことは不可能だという結論に至る。


 ルフが丁度結論を出した時、シドはルフ目掛けて走った。


 それを見たルフは額から汗を流しながら、迎え撃つ準備をする。


 そしてシドは自分の間合いにルフが入った事を感じると、瞬時に奥義を放った。



「無作為突き」



 シドからルフに向けて、十を超える突きが高速で放たれる。突きの中には気力で射程が二倍にまで伸びているものもあった。

 無作為突きはその名の通り、一倍から最大二倍までの間で、射程が無作為な突きである。


 射程が別々の突きを、全て見分けて防御するのは至難の業であり、今まで防いだ人間はいないシドの奥義だった。


 シドの突きはルフの剣を通り抜けて、ルフの身体に穴を開けていった。


(剣聖と呼ばれていても、所詮はこんなものか)


 シドは自分の勝利を確信した。彼が自分の突きで、ルフの身体に穴が開いていくのを見ていた瞬間だった。



 「シド! そいつは幻だ!」



 ピアスの焦ったような声がシドの耳に聞こえてくる。


 幻...シドはそんなはずはないと、ルフの身体を注意深く見つめた。するとある違和感を感じる。


(ガードをする素振りがまったくない。最初は諦めたのかと思ったが、まさか...)



「もう遅いですよ」



 横からルフの声がシドの耳に入ってくる。同時にシドの目の前にいるはずのルフの姿が消え去った。


 声がした方向へシドが目を向けると、ルフが剣を自分に向けて振っている姿があった。



「馬鹿な...」



 ルフの剣がシドの首に迫る。シドはそれをただ見つめることしか出来なかった。

 

 ルフがやったことは単純だった。瞬間的に全身を気力で包み込むと、その後気力を全く発さずに気配を断ち、高速で移動をする技である。

 気力の扱いが上手い人程、気力の存在に釣られて幻影を見る技だった。


 突きを防ぐことが不可能なら、そもそも自分の身体に突きを放たらせなければいいとルフは考えたのである。



「幻影返し」



 ルフの剣はそのまま、シドの首を切り裂くかのように見えた。が、細く鋭い何かがどこからか飛んできて、ルフの剣に打ち当たる。

 その衝撃でルフの手先が狂い、剣の軌道はシドの首から右肩へとずれた。


 シドの右肩から血が噴き出す。ルフは構わずに二撃目を放とうしたが、己に向けて複数の矢が飛んできているのに気づくと、攻撃の手を止めて剣で矢から身を守った。



「シド、もういいでしょう」



 ルフは矢が飛んできた方向を見る。そこにはリリアがいた。



「......助かりました」



 ルフは今までの人生で一番かと思うほど焦りを感じていた。それはシドを一撃で仕留めることが出来なかったためである。



「じゃあやろうぜ」



 ラドクリフが言葉を吐いた同時に四人は一斉にルフに襲い掛かる。まず最初に、数本の矢がルフ目掛けて放たれた。


 ルフは矢を剣で撃ち落とすが、今までの戦闘で疲労を感じていたのもあり、その威力に手がしびれるのを感じる。数舜後にピアスがルフに向けて槍を連続で振るった。


 ルフはピアスの槍の攻撃を、体を捻って躱したり、剣を使って受け流したりするが、そこに横合いからシドの気力による突きが放たれる。


 ルフは後ろに下がりながら何とか二人の攻撃から身を守るが、次第にその身体が傷付き血を流し始める。


 ルフが何とか反撃をしようと、地面を踏みしめた瞬間、突如片足が地面に沈む。体勢を崩されたルフは無防備になった。


 そこにピアスの槍の一撃がルフの横腹に突き刺さった。


 思わずルフはその場に膝をつく。



「今のはラドクリフの魔法ですか。...流石に四人相手は無理ですな」



 ルフは己がこのままでは死ぬことを悟る。そして最後の悪あがきとして、残りの全ての気力を剣に込めて一撃を繰り出そうとした時だった。



「おい、あれは一体なんだ」


「何かでかいのがこっちに向かってきているぞ」



 周囲の兵士が何やらざわめきだした。戦っていたルフと四人も、周りが見つめている方向を見る。


 やがてこの場周囲一帯の人間が、周りに釣られて空に顔を向ける。そしてある一辺をじっと見つめた。


 その赤い影は数秒、数十秒経つにつれて、数倍、数十倍の大きさになっていく。


(まさかあれは...)


 その赤い生物は百メートル程まで近づくと、大きい翼を羽ばたきながら空に停止する。

 その全長は最低二十メートルはあるだろう。ワイバーンとは比較にならない太さの胴体に、長く鋭い牙が口から下に出ているのが見える。凶悪な顔には頭からねじれた角が二本生えていた。

 

 丁度ルフが生物の特徴を捉えた時、赤い生物は空に浮かんだまま大きな口を開く。そして叫び声を上げた。


 そのあまりの大きさに、その場にいた全員は思わず両手で耳を塞いだ。


 その低く重々しい叫び声は、激しい怒りを感じさせ、破滅の訪れを予見させた。

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