第11話 宣戦布告
この日、カーマ王国の全土に衝撃的な一報が知らされた。
アルスは急いで王城のとある一室に向かっていた。いつもの会議室の扉を勢いよく開けると、既にカーマ王国の高官らが集っていた。
「おい! 報告は本当なのか!?」
アルスが入室するのと同時に、その場にいた全員に問いかける。
「事実です。此方を拝見した方が早いかと。ザーマイン帝国からの王宛ての手紙です」
外交官の一人であり、伯爵家出身でもあるフェリペという名前の男がアルスに手紙を渡す。
アルスはその手紙を読み進めると、本当なのだと理解した。
ザーマイン帝国が宣戦布告をしてきたのである。
内容は、次期皇帝であるルシウスを殺そうとした剣聖ルフを、カーマ王国はあろうことか自国で仕えさせたことである。
剣聖ルフを誘惑して自国に引き込むと、そのルフを使いルシウスの殺害を企てたとして、カーマ王国に鉄槌を与えるという内容だった。
百年間戦争をしていなかったカーマ王国においては驚きの内容であり、特に貴族においては不安を隠せなかった。
更にここにきて、更なる不幸がカーマ王国を襲う。
アルスが集まっている高官を見渡すと、この場にいるはずの人間が、一人いないことに気づく。
「おい、宰相はこんなときにどこにいる?」
アルスの言葉を聞いた、高官らは互いに目を合わせるとアルスに向かって首を横に振る。アルスはその動作に嫌な予感を感じる。
一人の男が進み出ると、アルスに向けて口を開く。
「陛下、実は宰相はザーマイン帝国の宣戦布告を聞くと、驚きのあまりに気を失って倒れてしまいました。...意識不明の状態です」
「な、なんだと...」
意識不明。その言葉を聞いたアルスは、心細さに咄嗟にこの場から逃げたい気持ちでいっぱいだった。だが、この緊急事態に会議を投げ出すのは、王のプライドが許さなかった。
「...いないのなら仕方がない。会議を始めるぞ」
アルスは心の内を押し殺して、平然な様子で会議を始める。
ここで、一人の男が発言する。バーグス公爵である。
「宰相が意識不明ということは、この非常事態を治められる次の宰相をまず選ぶ必要があると思うのだが、どうかね?」
バーグス公爵の言葉に、その場に集った高官や、位の高い貴族達は納得する。
「確かに」「当たり前のことだな」「次の宰相は私が相応しい」「それは王が決めるべきだ」
バーグス公爵は次々に言葉を受け取ると、ある提言をする。
「次の宰相は王が決めるべきだ。...では王よ、今この場で新たな宰相をお決めください」
バーグス公爵が言葉を発すると、その場にいた全員がアルスの方を見つめる。
周囲の目を一身に浴びたアルスは、宰相に相応しいのはどのような人間なのか考える。
それは、ゴレーム宰相のような己の仕事を全てこなしてくれるような存在だった。するとアルスの脳裏に一人の男が浮かび上がる。
優れた頭脳と実績を持ち、若く才に溢れた有能な魔法士。そしてアルスが一番実力を測れない男でもある。
アルスは宣言する。
「新しい宰相は、宮廷魔法士アラン・ヴェサリウスだ」
アルスが宰相に次いで最も信頼をしている男の名前だった。
それを聞いた高官らは口々に驚きの声を出す。
「アランだと!?」「まさか」「確かに宰相に相応しい位を持っているが...」「若すぎる」「まだ宮廷魔法士としても浅いはずだ」「いや、この事態を治めることが出来る可能性を持った一人だ」
高官らの反応は戸惑い六割、賛成二割、反対二割だった。
だが、一番戸惑っていたのはアランだった。
アルス王が私を宰相にだと?一体どういうことだ?
何か狙いがあるのかとアランは考える。王は私を警戒していたはずだ。そんな私を宰相に選ぶとは。
アランはアルス王の瞳を見つめる。
...その瞳は本気だった。私にしか出来ない事があるということか。
アランはアルスの目の前にまで進み出る。
「陛下、その命令承りました。今から私がカーマ王国の宰相です」
「お前なら引き受けてくれる思っていた。その頭脳で我を支えてくれ」
アルスは満足気に頷いた。その様子を見ていた一同も、アランの堂々とした姿に納得を見せ、異論を唱えなかった。
だが、ここで一人の貴族が発言する。
「宰相については、私は文句はありません。しかし、アルス王よザーマイン帝国が攻めてくるのは、王が剣聖ルフを任官させたからではないのですか?その真意を問いたいです」
その言葉に一同は確かに、と思う。
「この戦争の原因は王にあるのではないか」
「王が剣聖ルフを任官したからだ」
「今思えばあり得ないことだ」
図星を突かれたアルスは言葉に詰まる。この問いに上手く答えることが出来なければ、おそらく貴族達は我を見限るだろう。
アルスは失望されないためにはどう答えるのが正解か考える。そして必死に考えるが、貴族達が納得するような答えを見つけることが出来ない。
だが、黙っていては何も考えずに任官したことがばれてしまう。
アルスは何か答えなければいけないと焦り、そして突拍子もないことを言ってしまう。
「ザーマイン帝国が我が国を侵攻してきたのは、実は我の思い通りだ」
この場に集った人間は、その言葉を聞くと大きくざわめきだす。
何かの冗談だろう...とこの場にいる何人かが呟く。
やがて一人の貴族が意を決して質問をする。
「そ、それは一体どういうことでしょうか?」
「お前らにも分かるように説明してやる。我が国はその外交努力によって今まで戦争を避けて来た。だがそれでは周辺国に舐められたままだ」
ここで一息するとアルスは再度話し始める。
「だから剣聖ルフを任官させたのだ」
任官させた理由を終ぞ思いつけなかったアルスは、間の理由を飛ばしそれっぽく言った。
「まさか」「どういうことだ」「なんということだ」「全て計画通りというのか」
意外にもこのことが、貴族たちを更なる動揺に誘う。
「つ、つまりこの手紙の内容は真実ということですか、陛下」
て、手紙の内容?
アルスはすっかり手紙の内容を忘れてしまっていた。確か手紙には、カーマ王国が剣聖ルフを使い、次期皇帝であるルシウスを殺害しようとしたことが書かれていたような。
「まさか陛下が、そのようなことをしていたとは驚きです」
アルスはもう後戻りは出来ないと悟った。
「ああ、そうだ我が命じた。そして失敗することも織り込み済みだ」
「つまり、ザーマインを撃退するための策はあるということですか?」
「勿論ある。当然だろう」
そんな策はなかったが、アルスは舐められないように断言する。
「流石は陛下だ」「まさか向こうから攻めさせるとは」
そんな言葉がどこかしこに聞こえてくる。
アランなら何とかしてくれるだろう。そう思ったアルスはアランの方を見つめる。アランは驚いた表情でアルスを見つめていた。
なぜお前が驚いているのだ。お前が策を考えるのだぞ!
その意思を伝えようと、アランの瞳を強く見つめる。それを見たアランは頷き返す。
満足したアルスは、会議を終わらすことにした。
「よし、会議はひとまず終わりだ。詳しい作戦内容はまた後日伝える」
慣れない王の振る舞いに疲れていたアルスは、会議を終わらせると急いで宰相の下へと向かった。
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