変わらないもの
幼い頃、雲を眺めていた頃。
あれは“ドーナツ”に似てるとか、“ドラゴン”に似てるとか。
意味なんて無い。
ただ、楽しかった頃の記憶。
あの雲と同じように、空を自在に浮かぶ事が出来たなら。
そんな空想を頭の中に描いていた頃――
「ッ!?」
「大丈夫かお前……良いか? 地雷は実際に武器に触れなきゃ爆発しないから、二つとも槍で思いっ切り起爆しろよ」
「……あぁ」
グリーンエルドの闇市を軽く見渡せるこの場所。
槍を構えて、ダガーが設置してくれたそこに目標を合わせる。
「……」
しかしながら、突如として不安になった。背中が怖くなった。
俺はダガーをPKした。やり返されたが。
“敵”だ。間違いなく――
「はぁ……ある偉人が言ったがな。人の愚かさってのは無限大なんだ」
「お前らが三人で同じ様に俺を殺しに来てたのなら、迷いなくお前がコケても鍬を叩きこんでやった」
「俺の中でお前の『愚かしさランク』が“まだマシ”程度になった。正々堂々、お前は一人で来たからな」
でも彼はそう言った。
“まだマシ”。
本来ムカつくはずの言葉なのに、どこか嫌じゃなかった。
変だ。
さっきから。
「うん。もう良い? だから安心して早く飛んで」
「チッ……」
でも、もう背中は怖くない。
「それじゃ、快適な空の旅を」
あんなおぞましい爆薬をぶち当てて飛ぶってのに、快適ってのはおかしいだろうが。
ニヤニヤと笑うダガーを背に、起爆準備に入る。
「ハッ! どこがだよ――」
それぐらいの軽口しか吐けない程、俺はもう余裕が無かった。
緊張ではない。
恐怖ではない。
形容しがたい何か。
長い間感じていなかった何か。
「『ウィング・スピアー』」
正体は分からないまま、俺は槍を地面に突き立てジャンプ。
その後槍を地面に触れさせ、円状に空く穴。
ちょっと待ってから……中の二つの爆弾を、起爆。
「「ッ――!!」
瞬間。
ココまで登った時の威力とは全く違う。
とんでもない、暴力的な上昇気流。
「行ってら~」
最後に聞いたのは、そんな気の抜けた声で――
《称号:高度100mを取得しました!》
――気が付いたら、“そこ”に居た。
境界線を引くような大きな山をバックに。
大きな川にジャングル、そして様々なモンスター。
グリーンエルドの全て。
それだけじゃない。後ろを振り返れば、遠くには見知った場所……始まりの街が見える。
あらゆる景色。
あらゆる情報が頭の中を駆け巡った。
「……ッ」
息を飲む。
本来あり得ないことが起きていた。
空を飛んでいる鳥達が――己の“下”にいる事実。
ああ。
俺は今、“空”に居るんだ!
「あれは……!?」
山の向こう。更にグリーンエルドのずっと先には――“海”の様な場所が見えた。
次のフィールドなのかは分からない。
それでも、美しい大きな水がそこには広がっている。
「す、げえ」
ただただ、圧倒される。
この世界の広さに。
この世界の美しさに。
“空”が人類の夢だなんて、大袈裟だと思っていた。
それでもこの景色を見ればそうは思えなくなる。
この胸の高鳴りが、それを照明していた。
自分がどれほどちっぽけな存在なのか。
この空に比べれば、俺という人間がどれ程些細なものなのか。
この空の青さも。
鳥の鳴く音も。
心地良い風の感覚も、どうして今まで気が付かなかったんだろうか。
「あぁ……」
馬鹿だった。
周りに嫉妬して、暴れて、不貞腐れて。
唯一の楽しみだったゲームすらも、醜い欲望に塗れた手で汚して。
こんなにも世をつまらなくしたのは、他ならぬ自分自身だ。
今更になってそんな事に気付いた。
仮想空間、見える空の色は幼少の頃と変わらず。
透き通った――綺麗な青色だったから。
「……」
落下していく身体。
身を任せながら、あの頃と同じように空を眺める。
もしかしたら、手が届くかもしれない雲に手を伸ばして――
☆
☆
「飛びすぎだろ!!」
羨ましい!!!
そんな心の叫びが聞こえるわけもなく、ハオスは空の彼方まで飛んで行った。
そのまま消えてもおかしくない。だとしたら大笑いするけど。
推定だけど100mぐらい?
ヤバくない?
よく死んでないな、ゲーム万歳!
普通あんな爆発食らったらただじゃすまないって。
「また後で俺もやろう(大興奮)」
やはり罠士は最高だ。
こんなにも可能性に溢れているのに、どうして皆やらないんですかね。
……というか。
アイツ、空を満喫し過ぎてもはや仰向けなっちゃってんじゃん。
どこかの思想家は、この大空を『究極の画廊』と表現した。
気持ちは分かる。
が、地面見えてますかー(笑)。
「見えて無くね(焦)」
おいおいアイツやばいぞ死ぬ!
全く槍構えてないんだけど!
……というか槍持ってなくない?
「あっ」
きっと起爆の瞬間、衝撃で放しちゃったんだろう。
なんか地面転がってた( )。
ああもう……しょうがないな。
「『高速罠設置』」
《落とし穴を設置しました》
《落とし穴が発動しました》
「っ! お前死にたいの――」
「……ああ、悪い」
親方! 空からプレイヤーキラーが!
……お姫様抱っこを男にするのは最悪だったが、背に腹は代えられない。
着地成功。
落とし穴による緩衝材で、ダメージ10%を代償に受け止めた。
落下ダメージすら帳消しに出来る。そう、落とし穴ならね(ドヤ顔)。
「……あー」
下見ろよバカ、そう言おうとして口を噤む。
そりゃそうだろ。泣いちゃってるもん。
この前のリンカといい、VRは涙腺が緩くなるのか……?
まあ良いやハオスだし。
そんな気を使ってやる相手でもない。
適当に地面に下せば彼もゆっくりと立ち上がった。
「たかいところ こわかった?」
「……あぁ……」
「高所恐怖症?」
「……」
「高所は
「……」
「……」
「……」
「おい(恥)」
「……」
大丈夫かコイツ。
ずっと上の空なんだけど……。
「ビビった?」
「……」
「漏らし――」
「――はっ倒すぞ」
「あ……(察する)」
「やめろ!! 違うから! まずここ仮想現実だろうが!!」
やっと我に返った。
なんか顔面漂白されたかってぐらい目つきが優しいんだけど。
ちなみに今だいぶん戻ったけど。
上で一体何があったのか。
それを聞くのは、流石に野暮ってもんだ。
ただ――
「良かったか、ハオス」
「……ああ。綺麗だった」
「だろ」
その表情を見る限り、きっと良い体験だったんだろう。
「こんな可能性に溢れてる職業、無いってのにな」
「ああ。可能性だけは一級品だな」
「実用性皆無って言ってる?」
「そういう事だよ」
「実用性もあるんだけどなぁ、もっと増えてもおかしくないのに」
「ハッ。そう思ってるのはお前だけだ」
「えぇ……」
笑ってそう吐き捨てるハオス。
グリーンエルドのドームの上。
彼は、何かを決意した様に見えて。
「でも――良い職業だよ。間違いなく」
やっぱりコイツ、毒罠でも踏んだかもしれない。
嬉しい事言ってくれるじゃん(歓喜)。
「おっ。それじゃお前も――」
「ハハハ! 誰がやるかよ、こんな職業」
「……」
今、攻撃食らったんで地雷投げつけて良いですかね。
……まあいい。
特別に今回は勘弁してやろう。
「じゃあなダガー」
「ああ、おい」
「?」
去ろうとするハオスへ声を掛けた。
コレからコイツがどうなるかなんて、知ったこっちゃないけれど。
「ありがとな、ハオス」
「は……はあ?」
「お前があの時転けたおかげで、『地雷飛行』は完成した」
「テメェ……馬鹿にしてんのか」
「大真面目だよ馬鹿」
「……訳わかんねぇ」
おっ、どんどん前みたいな顔になってるな。
それぐらいが丁度良い。
「
「お前が俺の前で盛大にコケた時――確かに閃いたんだ、俺が空へ飛ぶ方法を。じゃなかったら腹抱えて大笑いしてる」
「もしお前が居なかったら、そのまま一日二日悩み続けてパアになってたかもしれないだろ?」
敵であれ、俺をキルした奴であれ。
一人で来て、その偶然を生み出したコイツには――礼を通すのが筋だ。
「大げさ過ぎだろ、この程度で」
「その“程度”は、
「ッ」
「俺にとっちゃ、それぐらいデカい事ってことだ」
「……チッ。クソが、質の悪い
「ははは! ざまぁないな」
顔を紅くするハオス。
野郎の赤面なんて見てても何も嬉しくない。
「次会う時は、覚悟しろよ」
「一生会わない事を祈ってるよ」
「ハッ。じゃあな――」
その背中はココから飛ぶ前と比べて、どこか違うように見える。
一体あそこには何があったんだろうか。
ドームの上から飛び降りるハオスを見送って、“上”へ視界を移した。
「……あの雲、完全にドーナツだな……」
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