遠い存在


『飛行機の真似して下さい』、そう言われた時にどうするか。

俺は腕を開いて、横に広げるだろう。


だが、それじゃ足りなかった。

バイトの面接だったら即アウトだ。


簡単な事である。

床にうつ伏せに寝て、腕を横に広げなければならない。

そうしなければ飛べない――揚力を得られないから。



「罠士失格だな」



きっと無意識下で恐れていたんだろう。

“体全体”であの地雷を受けるのを。

その痛みを。


だから直立体勢で、無理に飛ぼうとしてたんだ。

足裏だけを犠牲にして――そんな事で成功するわけもないのに。


No pain, no gain――『痛みなくして得るもの無し』。


……意味はちょっと違うけどね。




《地雷を設置しました》

《地雷を設置しました》

《地雷を設置しました》

《三つの地雷が合体されました》

《大地雷が設置されました》



「よっし! 『罠設置』」



五倍地雷を地面に設置。



《落とし穴を設置しました》



そして、落とし穴を地雷を囲む様に設置。

これで準備は整った。


あとは――俺の起爆に全てが掛かっている。


うおおおお行くぞ、アイアンホー!(叫び)。



「飛ぶって、なにすんだよ」

「まぁ見てろ。これが成功したらお前の番だ」



コレまで、何度もバカみたいに同じ方法を試した訳ではない。

起爆方法は色々ある。これはそのうちの一つ。


うつ伏せになった状態かつ、穴の上昇中に地雷を起爆し……爆風を受ける。


その為に、この鍬が不可欠だ。

長い柄を利用して、空中に飛ぶ。



「――『ホースラッシュ』!!」



イメージは棒高跳び。

地面にそれを振り下ろし、衝撃を利用して身体を上へ持って行く。


空中。

落下、迫る五倍地雷。


それに触れない様に――体勢を変更。


うつ伏せの状態へ。

それを維持しながら、鍬を落とし穴に突き刺す!

……あ、地雷には触れないようにね。



《落とし穴が発動しました》



円状に地面が落ちる。

一方俺は、鍬を突き刺したまま――落ちない様に体勢を維持。



「曲芸師かよ」

「罠士だ俺は」



軽口を叩く余裕はある。


だがココで落ちたら終わりだ。

地獄にも思える一秒。



「決めるぞ――」



だが、耐えた。

上昇していく地面。


後は、鍬の刃をずらし――



《大地雷が発動しました》



パキン、と。



ガラスの割れる音が聞こえ。

中身に“触れた”瞬間、腕を大きく広げ――





「――フライ・アウェイ!!」




瞬間。

目の前にとんでもないエネルギーの波が迫って。


熱いその抱擁を――逃すことなく受け止めた。







最後に空を眺めたのは、一体いつ振りだっただろうか。

思い出せない。


高校生。

大学生――しばらく経った時には、もう見るのを止めた気がする。

全部が全部、上手く行かなくなって。

周りがキラキラしている中、俺だけは何も変わらず陰キャのままで。


学校から帰ってからのゲームだけが拠り所だったのに。



《――「なんか軽くバズッてんぞ……」――》



気まぐれで上げたゲーム配信からおかしくなった。


FLが出る前、VRの格闘対戦ゲーム。

ほんの少し人より上手かった。

だから、誰かに見てもらいたかった。


だが、ある日のこと――まあまあ有名な配信者にたまたまマッチングして。

“運悪く”勝ってしまったのだ。


……それだけ。たったそれだけで、同接……同時接続数が普段の100倍以上へ膨れ上がった。

“何かが変わった”、“俺にはこれしかない”――そんな気がして。



《――「やっぱこのゲームの方が伸び良いな」――》



そこからはゲーム配信、動画投稿へ注力した。

ネットの繋がりであいつら……元ダーティーキッズの二人に出会ったのもその時だ。

フルダイヴではないものの、VRMMOというジャンルが確立され……そこに三人で乗り込もうという話になった。


して、ダーティーキッズとしてチームを組んで。

煽り。狩場荒らし。対戦の吹っ掛け。

二人は当然の様にそれを行おうとする。

『そっちの方が伸びるから』『ゲームなんだから何やってもいい』――そんな甘い言葉を、俺は受け入れてしまった。

増え続ける同接に、再生数に酔い痴れた。


やがてそのチームを俺が率いるようになってからは――



《――「チョロいだろ? “リーダー”、お前のおかげだよ」――》



次第に、俺は狂っていった。

自分がおかしい事にすら気付けないまま。



《――「『Freedom-Liberty』か……やるよな?」――》


《――「当たり前だろ、MMOなんて日和ひよってる奴らばかりだろうしな」――》



思っていた以上に俺達は上手く行って。



《――「なんでオレ達が最初じゃねーんだよっ!!」――》



それでも、俺達が一番でない事にイラついて。

焦って。

過激になって。



《――「お、ねがいだ。見逃して」――》



お手本のような破滅だ。

最前線の肩書は消えて、弱者の称号を受け取って。



《――「やめよう。もう終わりだよ俺達は」――》



その時になって、ようやく狂っていた事に気付いた。

まだやり直せる……かもしれないが、そんなやる気も狂気も無かった。




《――「じゃあな“元”リーダー」――》

《――「俺らはまだ終わってねぇから」――》



その背中を見送って。

一人になって。


押し寄せる“後悔”の中で、その切っ掛けである“彼”に矛を向けた。


己の弱さを自覚してしまった彼に対して。

それだけは認めたくなかったから。

……逆恨みだなんて事は分かってる。



でも“彼”を倒す事が、わずかに残った目標になっていて。




「マジで飛んでんじゃん……」




何故か今、俺は空を眺めている。

上空何メートルか。少なくとも、あのグリーンエルドのドームよりは高い。

20、30……もっとかもしれない。


幼い頃に上げた凧なんか、比較にならない程高い人影。



「“最大火力”も持ってったヤツが、何バカな事してんだ」



何の意味もない。

ただ、高く飛ぶだけ……それに、アイツはずっとさっきまで試行錯誤してたんだ。


何分か。何時間か分からないけれど。

経験値もアイテムも得られない、ただの“無駄”に。


さっきまで、あんなに真剣な表情で。



「ッ」



そして今は――あんなに楽しそうな表情で。


羨ましく感じてしまった。

ゲームをもう、同接と再生数を稼ぐ為の道具としか見れなくなっていた自分には。

純粋に楽しむ事が出来なくなっていた自分には。


遠い遠い、手が届かない存在と思い知らされたのだ――









△作者あとがき


週間SF、七位になってました。

嬉しくてお星さまになりそうです(昇天)。






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