閑話:罠士の極悪人


《ダガー LEVEL10 罠士》


『罠士』。

その職業は、今まで見たことなんて無かった。

まともな攻略情報もない。

だから、純粋に気になった。

そんな罠士の彼が――どんな戦い方をするのかなと。


でも。

その戦いは、自分の予想を超えているモノだった。

横で見ている私は、これが現実のものと思えなくて。



《――「ん? 今から『脱獄』する」――》



そう簡単に言う彼。次の瞬間、ダガーはするすると鉄格子の下に潜り――脱出した。

目を疑う光景だった。

しかしそんな行動は――まるで彼にとっては知り尽くしたモノであるかの様に。


《――「一か八か」――》


しかし。看守がゼロに近い命になった時。

そう呟く彼の表情は、初めて見る緊張した顔。


そしてソレは――私にも極限の緊張状態をもたらした。

この牢獄という閉鎖空間が。


その、次の瞬間を。

余計に――鮮明に映したのだ。

まるでそれはショーの様に。


「成功」


呟いた彼。

次の瞬間、腹に刺さる巨大な剣。

なのに――死んでいない。


「『ストレート』」


困惑する看守の顔。

そして笑う罠士の姿。


脳が理解してくれない。

でも、今ある事実は。

彼が――ソレを倒したということだけだ。



「口開いてますよ」

「――ッ。失礼」


胸がドキドキして止まらない。

理由は明白。まるで奇術師のマジックショーを、目の前で見ている様に思えたから。


極度の緊張からの、思いもよらぬ勝利。

子供の頃、液晶からでしか見れなかった光景が――すぐ、眼前で繰り広げられたせい。


「……出る? アオイ」


だからその罠士の手を私は取った。

戸惑いは無い。

牢獄に居た悪人であろうと、関係なかった。


「ふふ、楽しいわねこれ」

「だろ?」

「ええ! ありがとうダガーさん」


まるで手品に参加する子供の様に。

自分の瞳は、きっと久しぶりに輝いている。


それぐらい今、心が躍る程に楽しかった。


「? なにか顔についてるかしら?」

「い、いや何でもない」


しかし時折、彼はどこか様子がおかしい。


「……私、久しぶりにあんなに笑えたの。これはお礼よ。それと、協力もしなかった償いだと思って。PKペナルティもゼロだし死んでも痛くないわ」

「ええ……別に気にしてないぞ」

「そ、れ、で、も! ね?」


最初と違って、真正面から私を見ないし。

でも楽しかった。

舞台上の彼をリード出来る今が。


「来て! ダガー!」

「……?」


《始まりの街・牢獄を脱出しますか?》

《脱出した場合、掛かっているPKペナルティは解除されます》


《本当に脱出しますか?》


そして、現れたのはそのゴール。

このまま彼と一緒に――なんて、そんな綺麗な物語は。


「それじゃ、アオイはここでさよならだな」

「え?」


その言葉で、急に閉じる。


「恐らくこのアナウンスの感じは――『罪ポイント』が加算される、もしくは何らかのデメリット付与……分からないけど何かある」


『罪ポイント』。

このゲームにおいて、キャラを作り直さない限り消えない、多ければ多いほど枷になるそれ。


「俺は構わないんだけど。アオイはそうじゃないだろ」


それが、フワフワした何かを消し飛ばす。


自分は、まだ『普通』で居たい。

フレンドをいっぱい作って、パーティーを組んで。

たくさんの仲間達と談笑しながらこの世界を楽しみたい。


私は――液晶の中の『非現実』の住人にはなれない。

ただ、それを眺めて楽しむ立場を望んでいる。

彼のような人にはなれない。



「……ええ。そうね」




「きゃッ、ふふ……やっぱり楽しいわねコレ」

「それはどうも」


戻る檻の中。

棒が視界を邪魔する。

その鉄格子は、彼と無限の距離を感じさせた。


……何言ってるんだろ、私。

これはゲーム。

フレンドになればいいじゃない!

別に、同じ様に悪事を働くわけじゃないんだし。

たまに会って、お話ぐらいなら。


「……ね。ダガー、フレンドにならない?」

「俺ソロ派だから。ごめんな」

「え……」


しかし、その申し出はあっさりと断られた。

ばっさり。

私の顔をしっかり見ないまま。


「後はその、分かるだろ? こんな事しちゃったし」

「ッ……」


でも。

逸らしたその表情と小さい声が、全て伝えてくれる。


『これは、私の為なんだと』。


そしてそれが、とっても嬉しかった。

もっと彼と話したくなった。

罪ポイント100の――極悪人なはずなのに。


「じゃあなアオイ。多分もう会わないだろうけど」

「……ッ」


《ダガー様にフレンド申請を送ります》


衝動的に送る。

『別れたくない』。

この夢の中の様な一時を味わった彼と。


これっきりなんて、嫌だった。

でも――


《フレンド申請を却下されました》


「だからダメだって」


彼は断る。

知っていた。きっとそうすると思った。



「……冷やかしよ」



でも。

なんで。

こんな事、言うつもりじゃなかったのに。


『また一緒に話したい』――そう言いたかったのに。


「ッ」


身体は素直だった。

その腕は彼を掴んでいて。

離れていくダガーを繋ぎ止めた。


「ッ」

「うおっ。これは……手が滑っただけ?」


お願い。

言ってよ私。

一言、『それでもフレンドになりたい』って。


「――ええ! そうよッ!」

「それなら仕方ない」

「貴方みたいな悪い人、もう会いたくないもん」


なんで? なんで私は。

こんなにも、思っている事と逆の事ばっかり。


「……きゃッ」

「ま、俺も“汚れてない”子とは合わないな」


もう付き合ってられないと、彼は手を強引に離す。

そして歩いていってしまう。


「ッ――どうしてそんな事が!」

「きっと悪いのは、アオイに『そうさせた』奴だ。そうだろ? 何となく分かる」


騒いでいる私に出口でそう告げる彼。

自己嫌悪しかない私の心が、じんわりと暖かいもので浸食されていく。


さっきから感情がぐちゃぐちゃだ。


「それじゃ」


でも、それが綺麗に混ざり終わるのを彼は待たない。

気付けば光溢れるその出口で、小さく手を振っていた。



「ま、待って――」



その声は、消えていく手前で彼に届く。

なぜ分かったといえば。


寸前。僅かにこちらに振り返った彼の横顔が……どこか、後悔しているかのように見えたからだ。



「……ずるい。何なのよ、ちょっと話しただけなのに」



さっきから、私が私じゃないみたいだ。

ゲームなのに、まるでこの世界に本当の自分が居るみたい。



「また、会いたい…………」



呟く声。

心の底から現れたそれを。

やっと素直に言えたのは、彼が消えた後で――



「――あ、あの~。大丈夫ですか~?」

「え!?」





「あ、あ~。落ち着きました?」

「……」

「あら〜……」




《ふいな 戦士 LEVEL8》



隣の隣。

二つ離れた鉄格子の中には、1人の女性が居た。


ほんわかした雰囲気の、オレンジ髪のボブカット。

そんな可愛らしいプレイヤーが、鉄格子越しに声を掛けてきていた。


「ど、どこから、居た?」

「え……その、ついさっきですけど」


「さっきって」

「へぇ? あー、えっと。あの、会いたいってところ……」


「聞かなかった事にして」

「ええ!? 無理ですよ……あんな、ドラマのワンシーンみたいな、ね?」

「……貴方」

「あ」

「い、つ、か、ら! 居た?」


『ワンシーン』という言葉が引っ掛かった。

鉄格子越しに問い詰める。

頬に手を当てて顔を紅くする彼女。


「じ、実はですね。『こんなところに居る私が綺麗?』的な所から……あっでもそんなしっかり覚えてな――」

「一言一句合ってるわよ!」


恥ずかしい。

なぜか、裸の自分を見られた様に。


「隠密スキルがここで役に立ちました、ドヤッ」

「……貴方、とっても悪人ね」

「酷いですよ。ココに入ったのは正当防衛ですよ。きっと貴方と似たような感じです」

「……?」

「きっと悪いのは、『ふいな』にそうさせた奴だ。 って彼も言ってくれましたし。キャーッ!」

「勝手に台詞改ざんしないで!」

「うふふ」


もうやだ。

でも、ちょっと気が楽になった。


「また、会えますよ。きっと」

「……そうかしら」


「はい! フレンドじゃなくても大丈夫です。メールとかもありますし――あ」

「――ね、貴方」

「やっ……やば」

「なんでフレンド断られた事知ってるの……?」

「ナンデモナイデスヨ」

「白状しなさい!!」


こんな風に言っているけれど今、私はちょっと楽しかった。

何時もなら、本心のまま誰かとはっちゃけて会話する事なんて無いから。

現実もゲームも。大人になってしまった今――自分をさらけ出す事なんて無かった。


「鉄格子越しで助かりました~うふふ」

「出たら覚えておきなさい」


「へ~? どういう意味ですか?」

「ふ、フレンドになって。後で追い掛けるから」

「アオイさん可愛いなぁ~!!」

「うるさい!」


《ふいな様からフレンド申請が届きました》

《ふいな様のフレンド申請を受諾しました》


……彼の居なくなった牢獄が、また騒がしくなる。

もし入れ違いになっていたら――そう考えると、この出会いも無かった。

本当の自分をさらけ出す事も無かった。



「ありがとう。ダガー」



牢獄の中。ふと呟く。

また会った時には、このお礼も含めて……今度こそ素直に話せるように頑張るから。

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