隣人の罠士
☆
私は悪くない。
思い出しても腹が立つ。
《――「なあ良いじゃん~連れないなあ。一緒に狩ろうぜ」――》
《――「しつこいわよ貴方。邪魔だからどこか行って」――》
このアバターは、結構な自身作だった。
己の顔、身体の面影を残しながら、自身のコンプレックス……そばかすとか、高めの身長とかを消して、『私』を残したまま理想に近い見た目に出来た。
そしてこの紺色の綺麗なミディアムヘア―は私のお気に入りだ。
《――「……ちっ、調子乗りやがって」――》
《――「中身絶対ブスだわコイツ、行こ行こ」――》
《――《アバターの癖にお高く止まってる奴、マジで滑稽だよな」――》
だからそんな事を言われた時は、一気に血が上った。
どうして見ず知らずの彼らにそう言われなければならないのか。
なりたい自分になって何が悪いのか。
図星と言われても仕方ないだろう。
でも止められなくて。
《PKペナルティ第一段階となりました》
気が付けばモンスターに向けるはずの魔法を、初めて人の背中に向けて。
《――「コイツやりやがった!」――》
《――「ッ……!」――》
すぐ頭は冷えて、必死に走って。
何とか非戦闘フィールドに辿り着いたと思ったら――
『観念しろ!』
これだった。
いきなり現れたNPCに斬りかかられる。
あっと言う間にHPはゼロに。
……奴らに倒されるよりかはマシだったけれど、それでも悔しい――
《始まりの街・牢獄に移動しました》
《貴方の拘束時間は一時間です》
《牢獄についてのチュートリアルを開始しますか?》
「これが聞いてた牢獄――わッ!?」
《始まりの街・看守 LEVEL???》
目の前には鉄格子。
強そうなNPC。
攻略サイトで見た、NPCにイタズラして門番に捕まったら連れて行かれる場所。
もしくはPKペナルティを負ったまま街中に入っても同様。
定められた時間、ゲームから離れてログアウトを催される場所――そう聞いていたのに。
「…………『罠設置』――ッ!?」
今、横には鉄格子から腕を伸ばしているプレイヤーが居た。
《ダガー 罠士 LEVEL10》
「……びっくりしたー、ごめんごめん」
『――ウオっ!?』
「きゃっ!?」
「ああ申し訳ない、看守が驚かせた。うるさいんだよなコイツの声」
「……えぇ?」
《始まりの牢獄・看守 LEVEL???》
見れば、その看守の体力が30%まで減っていた。
……まさか彼が?
「ログアウトするならしてくれ、見られてると緊張するんだ」
「……貴方、どうやって看守を」
「落とし穴」
「……ええ」
「落とし穴は良いぞ」
「そ、そう」
念のため確認すれば、素っ気なく彼は言った。
『始まりの街・看守』。
あらゆる攻撃はその甲冑で防がれ、ほとんどのダメージは通らない。
しかも遠距離攻撃には『反射』特性を持っていて……矢なら矢が、魔法なら魔法の攻撃がそのまま跳ね返ってくる。
加えて攻撃する度に『拘束時間』が増加。
倒せないのにむやみに攻撃していれば、どんどんと自分の首を締める。
そんな『裏ボス』。
サイトでは、倒した報告なんて一つも無い。
というかこんな場所に普通来ない訳で。
「『罠設置』」
『グオっ!?』
「ッ! ふふッ……ッ」
そんな疑問が浮かぶものの。
私は――思わず笑っていた。
あまりにも、看守のその格好悪い落ち方が、ツボにハマってしまったのだ。
だって仕方ないじゃない……アレだけサイトじゃ強すぎて倒すのは不可能、なんて言われていたモンスターが、この様で。
「えっ怖」
「やッ、その……ふッ、ふふふッ……」
横の罠士が不思議そうな目で私を見ても。
……ダメだ。治まらない。
「――『罠設置』」
『グオっ!?』
「あッ……ッ、だめ、ふふッ……」
「あ、そういう事か。悪い気はしないから我慢しなくて良いぞ」
笑ってはいけないと思いつつ、またその看守の顔でぶり返した。
「でもそんな面白い? これ」
「……え、ええ。こほんッ! あの、貴方は一体何をやってるの?」
「『罠設置』……見ての通り。アイツを倒そうとしてる」
「それは――」
『グオっ!?』
「――んッふふ! そ、そうなのね」
「そうそう。それでお願いなんだけど」
「……? 何かしら」
「アイツ倒すの手伝ってくれない?」
彼は、真剣な顔でそう言った。
「……嫌よ。拘束時間増えるだけじゃない」
「あ~、そうだった。『罠設置』――忘れてたわその要素……ごめん無かった事にしてくれ」
『グオっ!?』
「んふッ……私、こそ、ごめんなさい。酷いわよね」
「いや、俺こそ悪かった。他人のゲーム時間を削るなんて死罪同然だ」
「そんな……って貴方、拘束時間は?」
「今18時間」
「えぇッ!?」
どうしてそんな事を平然とした顔で言えるのか分からなかった。
「18時間って……それ、二日間は出来ないじゃない!」
「そうだな」
「……いや、何してるのよ」
「ま、流れでこうなった。本当は10時間ぐらいで済むはずだったんだが……『罠設置』」
「……突っ込む気が起きないわね」
『グオっ!?』
「コイツは穴に突っ込んでるけど!」
「ッ!? ふッ、ふふッ、や、やめて……お願い」
「アオイ、面白いな。落とし穴ジョークが分かるなんて」
「……はッ、はぁ。何もしてないわよ私は」
一週間分ぐらい笑った気がする
現実じゃ仕事に追われてたし、今まで基本ソロだったし。
ここまで心から笑ったのは久しぶりだった。
「どうせなら見ていくか? 何か落とし穴好きそうだし」
「……ええ。良いのなら」
「了解――『罠設置』」
見ればすでにHPが20%。
『グオっ!?』
「……あと三回」
笑っていたのが申し訳なくなるほど、彼の顔は真剣だった。
「…………『罠設置』」
『グオっ!』
「んふ」
でもやっぱりおもしろい。
☆
「『罠設置』……ラスト」
『グオっ!』
見れば看守のHPは14%。
「……『罠設置』」
『グオ――!?』
12%。
彼の言っていた回数だ。
「ふう……やっとココまで来た」
「……ど、どうするの?」
「ん? 今から『脱獄』する。コイツ檻から攻撃しても反応ゼロだから、そのままだと回復しに行くんだよ」
「え」
「え」
「いや、脱獄って」
「ああそれか。まあ見れば分かるって」
「そう……」
黙りこくる事しか出来なかった。
そして彼は、また先程のように腕を鉄格子から突き出し。
「『罠設置』」
『……グオ!?』
今度は穴が現れず、毒霧のようなものが看守を襲う。
……HPも何も減っていないけれど。
「……『罠設置』」
「グッ!?」
徘徊する看守。また毒霧。
次も何も起こらない。
徘徊をし続ける看守――そして。
「頼むぞ……『罠設置』」
ダガーは、今度は腕を鉄格子から出すのではなく、鉄格子の『下』に手の平を付ける。
そしてスライド。
まるで床を磨く様に。
「……ああクソ。『罠設置』」
嘆いてまたそれを発動。スライドしながら手を動かす。
本当に何をやっているのかしら……。
「ダメか……もう一回! 『罠設置』!」
「……?」
「――ッし来た!」
「!?」
「ああごめん。やっと成功したんだ」
「そ、そう」
嬉しそうに笑う彼。
何がそんなに楽しいのか分からないけれど。
「これで行けるな……『罠設置』」
彼は、またそのスキルを発動。
『グオ……!?』
「よッし」
《始まりの街・看守 LEVEL??? 状態異常:毒》
看守が呻き声を上げると同時に、紫色の霧がその身体に纏わり付いている。
そして――次の瞬間。
私は、自分の目を疑う事になる。
「じゃ! 行ってくる」
彼は、鉄格子の下に『埋まった』と思ったら。
「――後でアオイも出してやるよ」
一秒後。
彼は、向こう側の鉄格子の『外』に抜け出していたのだから――
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