隣人の罠士



私は悪くない。

思い出しても腹が立つ。


《――「なあ良いじゃん~連れないなあ。一緒に狩ろうぜ」――》

《――「しつこいわよ貴方。邪魔だからどこか行って」――》


このアバターは、結構な自身作だった。

己の顔、身体の面影を残しながら、自身のコンプレックス……そばかすとか、高めの身長とかを消して、『私』を残したまま理想に近い見た目に出来た。

そしてこの紺色の綺麗なミディアムヘア―は私のお気に入りだ。


《――「……ちっ、調子乗りやがって」――》

《――「中身絶対ブスだわコイツ、行こ行こ」――》

《――《アバターの癖にお高く止まってる奴、マジで滑稽だよな」――》


だからそんな事を言われた時は、一気に血が上った。

どうして見ず知らずの彼らにそう言われなければならないのか。

なりたい自分になって何が悪いのか。


図星と言われても仕方ないだろう。

でも止められなくて。



《PKペナルティ第一段階となりました》



気が付けばモンスターに向けるはずの魔法を、初めて人の背中に向けて。


《――「コイツやりやがった!」――》

《――「ッ……!」――》


すぐ頭は冷えて、必死に走って。

何とか非戦闘フィールドに辿り着いたと思ったら――


『観念しろ!』


これだった。

いきなり現れたNPCに斬りかかられる。

あっと言う間にHPはゼロに。


……奴らに倒されるよりかはマシだったけれど、それでも悔しい――



《始まりの街・牢獄に移動しました》

《貴方の拘束時間は一時間です》

《牢獄についてのチュートリアルを開始しますか?》



「これが聞いてた牢獄――わッ!?」


《始まりの街・看守 LEVEL???》


目の前には鉄格子。

強そうなNPC。

攻略サイトで見た、NPCにイタズラして門番に捕まったら連れて行かれる場所。

もしくはPKペナルティを負ったまま街中に入っても同様。

定められた時間、ゲームから離れてログアウトを催される場所――そう聞いていたのに。


「…………『罠設置』――ッ!?」


今、横には鉄格子から腕を伸ばしているプレイヤーが居た。


《ダガー 罠士 LEVEL10》


「……びっくりしたー、ごめんごめん」

『――ウオっ!?』


「きゃっ!?」

「ああ申し訳ない、看守が驚かせた。うるさいんだよなコイツの声」


「……えぇ?」


《始まりの牢獄・看守 LEVEL???》


見れば、その看守の体力が30%まで減っていた。

……まさか彼が?


「ログアウトするならしてくれ、見られてると緊張するんだ」

「……貴方、どうやって看守を」

「落とし穴」

「……ええ」

「落とし穴は良いぞ」

「そ、そう」


念のため確認すれば、素っ気なく彼は言った。

『始まりの街・看守』。

あらゆる攻撃はその甲冑で防がれ、ほとんどのダメージは通らない。

しかも遠距離攻撃には『反射』特性を持っていて……矢なら矢が、魔法なら魔法の攻撃がそのまま跳ね返ってくる。

加えて攻撃する度に『拘束時間』が増加。

倒せないのにむやみに攻撃していれば、どんどんと自分の首を締める。


そんな『裏ボス』。

サイトでは、倒した報告なんて一つも無い。

というかこんな場所に普通来ない訳で。


「『罠設置』」

『グオっ!?』


「ッ! ふふッ……ッ」


そんな疑問が浮かぶものの。

私は――思わず笑っていた。


あまりにも、看守のその格好悪い落ち方が、ツボにハマってしまったのだ。

だって仕方ないじゃない……アレだけサイトじゃ強すぎて倒すのは不可能、なんて言われていたモンスターが、この様で。


「えっ怖」

「やッ、その……ふッ、ふふふッ……」


横の罠士が不思議そうな目で私を見ても。

……ダメだ。治まらない。


「――『罠設置』」


『グオっ!?』

「あッ……ッ、だめ、ふふッ……」


「あ、そういう事か。悪い気はしないから我慢しなくて良いぞ」


笑ってはいけないと思いつつ、またその看守の顔でぶり返した。


「でもそんな面白い? これ」

「……え、ええ。こほんッ! あの、貴方は一体何をやってるの?」


「『罠設置』……見ての通り。アイツを倒そうとしてる」

「それは――」


『グオっ!?』

「――んッふふ! そ、そうなのね」


「そうそう。それでお願いなんだけど」

「……? 何かしら」

「アイツ倒すの手伝ってくれない?」


彼は、真剣な顔でそう言った。


「……嫌よ。拘束時間増えるだけじゃない」

「あ~、そうだった。『罠設置』――忘れてたわその要素……ごめん無かった事にしてくれ」


『グオっ!?』

「んふッ……私、こそ、ごめんなさい。酷いわよね」


「いや、俺こそ悪かった。他人のゲーム時間を削るなんて死罪同然だ」

「そんな……って貴方、拘束時間は?」

「今18時間」

「えぇッ!?」


どうしてそんな事を平然とした顔で言えるのか分からなかった。


「18時間って……それ、二日間は出来ないじゃない!」

「そうだな」

「……いや、何してるのよ」

「ま、流れでこうなった。本当は10時間ぐらいで済むはずだったんだが……『罠設置』」

「……突っ込む気が起きないわね」


『グオっ!?』


「コイツは穴に突っ込んでるけど!」

「ッ!? ふッ、ふふッ、や、やめて……お願い」

「アオイ、面白いな。落とし穴ジョークが分かるなんて」

「……はッ、はぁ。何もしてないわよ私は」


一週間分ぐらい笑った気がする

現実じゃ仕事に追われてたし、今まで基本ソロだったし。

ここまで心から笑ったのは久しぶりだった。


「どうせなら見ていくか? 何か落とし穴好きそうだし」

「……ええ。良いのなら」

「了解――『罠設置』」


見ればすでにHPが20%。


『グオっ!?』

「……あと三回」


笑っていたのが申し訳なくなるほど、彼の顔は真剣だった。


「…………『罠設置』」

『グオっ!』

「んふ」


でもやっぱりおもしろい。



「『罠設置』……ラスト」

『グオっ!』


見れば看守のHPは14%。


「……『罠設置』」

『グオ――!?』


12%。

彼の言っていた回数だ。


「ふう……やっとココまで来た」

「……ど、どうするの?」


「ん? 今から『脱獄』する。コイツ檻から攻撃しても反応ゼロだから、そのままだと回復しに行くんだよ」

「え」

「え」

「いや、脱獄って」


「ああそれか。まあ見れば分かるって」

「そう……」


黙りこくる事しか出来なかった。

そして彼は、また先程のように腕を鉄格子から突き出し。


「『罠設置』」

『……グオ!?』


今度は穴が現れず、毒霧のようなものが看守を襲う。

……HPも何も減っていないけれど。


「……『罠設置』」

「グッ!?」


徘徊する看守。また毒霧。

次も何も起こらない。

徘徊をし続ける看守――そして。


「頼むぞ……『罠設置』」


ダガーは、今度は腕を鉄格子から出すのではなく、鉄格子の『下』に手の平を付ける。

そしてスライド。

まるで床を磨く様に。


「……ああクソ。『罠設置』」


嘆いてまたそれを発動。スライドしながら手を動かす。

本当に何をやっているのかしら……。


「ダメか……もう一回! 『罠設置』!」

「……?」


「――ッし来た!」

「!?」


「ああごめん。やっと成功したんだ」

「そ、そう」


嬉しそうに笑う彼。

何がそんなに楽しいのか分からないけれど。


「これで行けるな……『罠設置』」


彼は、またそのスキルを発動。


『グオ……!?』

「よッし」


《始まりの街・看守 LEVEL??? 状態異常:毒》


看守が呻き声を上げると同時に、紫色の霧がその身体に纏わり付いている。


そして――次の瞬間。

私は、自分の目を疑う事になる。


「じゃ! 行ってくる」


彼は、鉄格子の下に『埋まった』と思ったら。



「――後でアオイも出してやるよ」



一秒後。

彼は、向こう側の鉄格子の『外』に抜け出していたのだから――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る