行きも地獄、帰るも地獄
子供は寝るのが早い。時刻は夜24時。
現実へと戻るリンカを送り届け、俺は街中に戻る。
で、早くもレベル10。
えっと、始めたのが20時だからあと4時間だな。
このゲームはプレイが一日8時間まで。
多分やり過ぎたら脳がやられるんだろう。
ちなみにFLで言う一日の始まり……つまり制限がリセットされるのは『6時』だ。
0時じゃない。ココ大事。
俺みたいな社畜が困るからね。ネトゲなんて日を跨いでからが本番です。
運営は良く分かってる(上から目線)。
仕事? んなもん考えるな。終わってから考えよう。
「なにしようかな」
時間はまだまだある。
毒罠の検証も落とし穴の検証もやりたい事だらけだ。
だがその前に、一応武具店に行くか。多分装備不可だけど。
☆
《始まりの街・武具店》
『……あぁ?』
武器を見るためにそこへ行けば、随分と素っ気ない態度の店主が居た。
《――「らっしゃい! 見ない顔だな、新入りかい? 安くしとくぜ!」――》
過去の彼の対応を思い出せば、全く違う。
《武器を見る》
現れたその選択肢を選ぶと、武器一覧が並ぶが。
『……ちっ』
おいコイツ今舌打ちしなかったか?
いくらなんでも態度悪すぎだろ。
これも罪ポイントの影響か。
□
ナイフ
120G
※職業制限により装備不可
□
ソード
120G
※職業制限により装備不可
□
アックス
120G
※職業制限により装備不可
□
ロッド
120G
※職業制限により装備不可
□
ハンマー
120G
※職業制限により装備不可
□
とりあえず腹が立つ店主は無視して、その武器を見る。
やっぱり無理みたいだ。他にもあるけど全部無理!
……よく見たら、値段も上がってる。確か全部100Gだったのに。
「何か最初より値段上がってるけど?」
『……ああ? 買わないなら帰ってくれ!』
「こっちは買うつもりなんだけど」
『うるせぇ、どっか行け』
「この値上げは無いだろ、説明しろクソ店主」
『んだと!?』
ココまで顕著に現れると、面白かったので挑発した。
茹で蛸の様に赤くなるその顔。
「ぼったくり野郎」
『……ああ? 帰ってくれ』
「タコ星人」
『うるせぇ、どっか行け』
「商売向いてないよ」
『んだと!? 帰れ!』
「……なるほど、口喧嘩程度じゃ意味ないか」
どうやら罵倒を吐いても、メニューに移っている武器の値段は上がらないらしい。
罪ポイントも増えない、やはりこんなもんじゃコレは増えないと。
どうしようかな。
NPCだと分かっていても、ぶっちゃけイラッときた。
《購入画面を終了します》
とりあえず買い物を終わらせて。
今まで出来ていなかった、その検証を開始する。
「『罠設置』……おいおい出来るのかよ!」
《落とし穴を設置しました》
「『解除』!」
適当な場所で落とし穴を作ろうとすれば、当たり前の様にできた。
あわてて視線を設置した落とし穴に合わせ解除。
「……『ストレート』、やっぱ無理だよな」
《現在『ストレート』は発動できません》
拳を振りながら唱えたのに不発。アナウンスでもそう流れた。
……罠は攻撃扱いじゃないからか?
それじゃ『罠設置』のみ行って、罠の発動はしないんだろうか。
丁度良い。あのクソ店主にやってやろう。
楽しくなってきたな!
『ちっ……らっしゃい』
「『罠設置』」
落とし穴を選択、三秒待つ。
すると――
『うあっ!?』
《落とし穴が発動しました》
「ははは」
今、心の底から笑えた気がした。
検証結果、特に問題なく発動可能。
目の前の武具店の店主は、情けない声を上げて穴に落ちる。
――だが、そんな楽しい瞬間も。
《罪ポイントが加算されます》
《PKペナルティが発生します》
《PKペナルティ第一段階》
「え」
流れたそのアナウンスで、一気に冷める。
なあ、これ。マズいんじゃないか?
「おい……アイツ」
「やばくね?」
「やりやがった」
始まりの街、その中央で。
赤くなった己の名前。
――いや落ち着け。
この場所では、『攻撃』が出来ない。
俺を狩る者は居ないはず。
「……っぽいな」
見れば、俺を襲うのは『視線』だけ。
向かってくるプレイヤーは居ない。
「プレイヤー……」
呟く。
それが引っかかったからだ。
そうだ。
例えば、今引っかけた店主は――
『……』
何も無かったかの様に立っている。
コイツは大丈夫。
それでも何か、嫌な予感がするんだよ。
「……」
周囲を見る。
――「何か怪しい」「頭おかしい人かな」「終わったわアイツ」――
《始まりの街・門番 LEVEL???》
「――ッ!!」
俺から引いていくプレイヤー。
そして見えた。
遠く、走ってくるNPC。
銀に輝く鎧と片手剣と盾を装備し、見るからに俺を直視している。
……逃げなきゃマズい。
まずは――アイツの進行方向を予測。
「『罠設置』」
三秒が長い。
でも――まだ余裕がある。
《落とし穴を設置しました》
「よし――ッ」
その後は、反対方向の戦闘フィールド方向へ走る。
大体百メートルぐらい先。
走れば余裕で逃げ切れる――ん?
《始まりの街・門番 LEVEL???》
見れば、そこには『もう一人』の門番が居た。つまり挟み撃ちの形。
しかも走ってくる彼は最初の門番よりも近い。恐らく十秒もあればこちらへ到達する。
「くそッ――」
この非戦闘フィールドは、戦闘フィールドに繋がる道は二つ。
その二つ両方からこちらに向かってきている訳で。
それを回避するには――やはり、罠しかない。
『うわっ!?』
先程仕掛けた落とし穴が発動、門番にもそれが効く事を耳で確認。
俺はそのまま方向を変えずに走る。
目の前。
恐らく、後五秒もあれば追加の門番に衝突。
「『高速罠設置』」
地面に手を触れる。
そのスキルを発動。普段なら三秒掛かる罠設置を一秒で発動。
その発動場所は俺の前。
《落とし穴を設置しました》
《落とし穴が発動しました》
『うあっ!?』
「――ッ」
何の疑問も持たず、目の前で落とし穴に引っかかる門番。
その穴を飛び越えて――走る。
「うおおッ!!」
この時ほどAGIに振っていて良かったと思った事は無い。
ゴールはすぐそこだ。
「――ッ!」
しかし。
このゲームはMMO。
何時だって、俺以外のプレイヤーはそこに存在している訳で。
《あぎと LEVEL10》
《ゆぅや LEVEL8》
「おっ来た」
「早い者勝ちだな」
「罠士とか反撃出来ねーだろ!」
戦闘フィールド。
明らかに出待ちしている彼ら。
……ああ、クソ。
《――「PKペナルティを負った状態でプレイヤーにやられると、かなりの経験値を奪われるらしい」――》
《――「まっリンカちゃんは全員返り討ちにしてやったけどなァ!」――》
リンカから聞いたそれ。ドヤ顔もセットで思い出してしまった。くそ。
行きも地獄、帰りも地獄。
プレイヤーにやられるか、NPCにやられるか。
その二つなら――まだ答えを知らない方を選ぶ。例えそれが、より苦しい結果になったとしても。
気になるから仕方がない、そういうもんだ。後悔は無い。
「えっ」
「何やってんだアイツ」
『観念しろ!』
驚く顔のプレイヤー。
そして背後の門番NPCの声。
俺は、戦闘フィールドに出るギリギリで立ち止まり――振り返った。
「一思いにどうぞ」
迫り来る刃。
その、たった一撃で俺のHPは消し飛んで。
《貴方は死亡しました》
《始まりの街・牢獄フィールドに移動します》
《貴方の拘束時間は一時間です》
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