閑話:狂鬼が鈴花に変わるまで



同じPKを見て足取りが軽くなっている自分に気付く。


《ダガー 罠士 LEVEL8》


その男は、唖然あぜんとした様な表情の後。


――「おい、あれ。逃げたぞ!」

「! レッドネームだ!」――


自分が狙われている事に気付き、走って逃げ……地面にひれ伏し匍匐前進。

素人同然の、下手くそなモノだった。


「――居ないな」

「クソっ」


しかし。

時折、彼は『姿』を完璧に隠していたのだ。

突如――まるで消える様に。


視線が来そうになった時、うまくタイミングを合わせその『消える術』で隠れ――その後匍匐前進、地道に逃げ続けている。


「なんだアイツ……」


恐らく気付いているのはあたしだけ。

声を掛けるべきだろうか?

同じレッドネーム、同じ追われる者。


「……ッ」


散々パーティから追放され、蔑む様な目線を向けられて――あたしは気が滅入っていた。


「……よし」


そうだ。

このペナルティが全部消えるまでの、狩りに誘うだけ。

フレンドなんて要らない。

ただ、利用するだけだ。


そう思って――そのバレバレの隠密行動の彼を追いかけた。



あくまで利用――そう自分に言い聞かせながら声を掛ける。

しかし最初は始めたての可愛い感じを思い出しながら。

偶然を装って。


でもそれも変に馬鹿らしくなり普通に。

どうせ拒否られるなら素で良い。


「やっと気付いたぜ! ハハハ傑作だなその顔! よォ同士。暇だろ?」

「はい?」


まるで死を覚悟していた様な顔が一転、困惑した顔になるダガー。

彼に迷いが生まれる前に、捲し立てようと思った。

我ながら必死だと思う。


「リンカちゃん、暇なの。PKペナ消えるまで狩りでもしようぜ。お前もフレンドとか居ないんだろ? どうせ」

「ちょっと待ってくれ。頭が追いつかない」


だから、彼を抑え付けて。

断ればキルする――そんな意思表示を見せようとしたのに。


なぜかあたしの声が震え始めていた。


「俺はソロ派なんだが――ぐッ!?」

「お願い」

「いやだから検証したい事が――」

「ッ」

「ん? ……ああ分かった、付き合う付き合う」

「……うん」


良かった――そう思った。

同時に自分でその声の弱々しさに驚く。


「残念ながら、俺は正気なんだ」

「ソイツは残念だなァ!」

「うんうん」

「んじゃ! 狩ろうぜ!」

「ああ」


そしてそれを誤魔化す様、彼へと接し続けたのだ。


「感謝するよ。リンカ」


途中何故か感謝されたけど。

嬉しかったから、そのまま受け取っておいた。



「おっまたレベル上がったぞ」

「……おめでと。寄生おつ」

「おいしかった」

「テメーマジで……」



《ダガー LEVEL10 罠士》



罠士という職業はよくバカにされていたのを知っている。


モンスター相手へのダメージ、火力はゴミ同然。

落とし穴なり毒罠なりを設置しているけれど、正直微妙。

なんであの格上に勝てたのか分からず、不思議な奴だった。

でも明らかに彼は……今までの奴と『視線』が違った。純粋にあたしの戦闘を見ている。


そして気付く。

喋っていて心地いい。

素の自分をあっけなく受け入れている。

もっとあたしの弓捌きを見て欲しい。

楽しい……楽しい。


そんな感情が、どんどんと溢れてくる。



《――《ダガー様がフレンドに登録されました》――》



そして、偶然のそのフレンド登録。

『断れ』――そう思うものの口も手も断らず。

突然の同盟への誘いも。



《――「俺にはお前が必要だ」――》



『褒めて欲しい』。

ずっと抑えていた自己承認欲求。

その言葉が耳に入った瞬間、爆発した様に溢れて止まらなかった。

一人ぼっちのあたしが。

こんなにも、自分がそれを欲していたと知らなくて。



「それじゃ改めてよろしく、リンカ」

「ああ!」



その声は、あっさりとあたしの口から出た。



「で、なあリンカ。ログアウト前にちょっと検証して良い?」

「あ? 何をだよ」

「落とし穴」

「……別に良いけど」


『利用するだけ』――そう思っていた過去のあたしは、今は忘れておく事にして。




「じゃ、今から落とし穴から跳ぶから。リンカ身長何㎝? 大体で良いぞ」

「は……? 140㎝ぐらいだけど」

「了解、『罠設置』」

「……消えた」

「とッ!」

「うわぁ!?」

「飛び越え成功! 記録大体150㎝!」

「ふざけんな! びっくりしただろ!」



「そこの毒罠に矢撃ってくれない?」

「『パワーショット』」

「……壊れた」

「知らねーよ! テメーがやれって言ったんだろうが!」

「俺の毒罠が……」

「そんな悲しいか?」

「役目を果たせず死んでいく罠の気持ちが分かるか? ああでも検証出来たし役目は果たしたな」

「急に元気になるなよ、キモ……」



「じゃ、肩車するか」

「は?」

「いや肩車して落とし穴落ちたら、穴の長さとサイズ変わるかなって」

「……」

「良い?」

「う……流石に、やだ」

「じゃあいいや」

「……ぁ、やっやっぱり!」

「どっちだよ」

「ほ、ほら。早くしろよ」


「と……じゃあ遠慮無く――飛び込むぞ!」

「わあああッ!!」



その後、30分ぐらい謎の検証に付きあわされた。


落とし穴からジャンプして、あたしの背を飛び越えたのにびっくりしたり。

毒罠に攻撃して罠を破壊したり。

十数年ぶりに肩車されて落とし穴に落ちたり。



《始まりの街・非戦闘フィールドに移動しました》



「はー! 色々出来て満足」

「……おう」



それはあっと言う間で。

利用されているはずなのに、あたしは嫌じゃなかった。

デリカシーもゼロなのに!


そして。

こんな不思議な彼が、なぜその罠士を選んだのか疑問だった。

あの格上を倒した事実と、その余りある職業への探求心があれば……他の、例えば軽戦士とかならもっと強くなれたはずなのに。

ゆ、弓士はあたしがいるから却下!


「なあ、なんでテメーはそんな職業を」

「……『そんな職業』か」


「あっ、いや。ただ、気になっただけで」

「おいおいなに焦ってんだ? まあ良いや――」


その問いにダガーは少し声が低くなる。

でもその後、すぐに軽く笑って。



「――『罠』が好きなんだよ。どうしようもないくらい」



ダガーは恐らく、口調や態度からしてあたしよりずっと年上だ。

でも今。

横に並ぶ彼の顔は――少年の様に無邪気な笑顔で居て。


そんな不意打ち。

鼓動がドクンと音を立てて、身体が熱くなっていく。


「ッ……」

「別に笑ってくれても良いぞ」


「ち、違う!」

「?」


思わず顔を背けた。

コイツに利用されても嫌な気がしなかったのは、きっとコレのせいだ。

FLを心から楽しんでいるダガーに、自分も影響されていた。

彼と一緒に居る事で、あたしもずっと楽しんでいたんだ。


……そしてダガーも『この』あたしと居て、楽しいと思ってくれていて。

なんて気付いた時……何故か既にほっぺたまで熱くなっていた。



「――じゃ、じゃあなー!!」

「また良ければ検証手伝ってくれ」

「……か、考えとく――」



そう言う彼。

まだ顔は熱い。

でも背を向けたままお別れを言うのは嫌。


「ば、ばいばい……」

「おう」


だからほんの少しだけ振り返って『さよなら』の手を振る。

この仮想世界で、初めて別れの挨拶をした。



《ログアウトします》





「ッ、はー……帰ってきたぜ」



現実世界。

そのままベッド、布団に包まる。

入ったばかりなのに身体は暖かい。


「明日も、アイツ居るのかな」


そう呟く自分の声は。

昨日のあたしと、全く違うモノで。


「ぅ……キモいキモい!」


自分で自分が恥ずかしくなり、枕に顔を埋めて足をバタバタさせる。

時刻は夜24時。

心地いい眠気と共に、あたしの意識は落ちていった。

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