殺伐と日常系。
第1話 最後の冬
十五歳、冬。
受験勉強もそろそろ終わりに近づいていた頃、数年ぶりに降った大雪は一日のトップニュースになるほどの出来事だった。
積もった雪は道路を混雑させ、電車を止める。元々歩いて通学しているおれたちには遅延の心配はない。しかし、自分の足で移動する分、その間は寒さに晒されるわけで……。
足下の雪を踏むと、靴下を重ねて履いているのに、突き刺さるような冷たさがあった。
傘を差して、人一人分ほどしかない通学路の歩道を進んでいると、積もった雪を踏み走り、サクサクと足音を立てながら近づいてくる人物に気づく。
傘を持つおれの腕にがしっとしがみついて、許可も取らずに相合傘になった。
「勉強、捗ってる?」
「……まあまあ、かな。とりあえず
目指す高校は自分よりも少しだけ高い偏差値だ。
基準となる自分の偏差値だって、たまたま好調だった時のものであり、いつもいつもその偏差値を出せるわけではない。
そのため、推定よりも少し頑張って勉強しなければ安全圏には入れない。
隣の幼馴染は、おれよりも偏差値が高い。
しかし学年順位で言えば、中の上であるおれよりもなぜか下なのだ。本人によると、平均点を予測して、それ以上は頑張らない力の抜き方をしているらしい。
器用であればそれもいいけど、おれには到底、真似できないものだった。力を抜けば赤点にまで落ちてしまう危険性もある。
高い点を取れるのならば取った方がいいのではないか、と思うが、流々は勉強しなくてもいい時間を、別のことに使うための手法なのだと言う。
これが遊ぶためだったなら注意の一つでもできるが、その時間がおれのために使われているとなると、おれが言うことはできない……。
いや、おれが言わなければ流々はおれの世話を焼くことをやめないのかもしれないが……。
失くしてしまうのが惜しいと思っているおれも同罪だろう。
流々は世話をしていたい性格で、おれは世話をされたい欲を持つ。だから共依存だ。
「うー、さむさむっ」
「歩きづらいって」
一人分の道幅に、無理やり二人が入っているものだから、密着しないと車道に出てしまう。傘も大きくないので、互いに真ん中へ重心を傾けなければ雪が肩に当たってしまう。二人で抱き合うような形で歩き、身長差もあまりないため、吐く息が白いのが間近でよく見えた。
身長差はないと言っても、おれの方が少しだけ大きい。ちら、と上目遣いの流々と目が合ったら、彼女が、にへらと緩んだ笑みを見せた。
幼馴染はしがみつく腕に込める力を、さらに強めた。
「歩きづらいけど、あったかいでしょ?」
「……うん。あったかい」
制服の上にコートを羽織り、マフラーを首に巻いて手袋をはめる。
誰かとくっついていれば、さらにあたたかい。
そして、これ以上ない防寒対策をおれたちはしている。
いや、流々はどうだかは知らないけど。
「…………」
好きな女の子にしがみつかれて、体温が上がらない男子がいるのだろうか?
「
流々はマフラーに顔を埋めながら。
向かい風が寒かったのだろう。
おれも口元をマフラーに埋めながら、
「いつも通り。家族と流々の家と一緒に、外食かどっちかの家で食事でもするんじゃないの? 詳しいことは聞いてないけど、変更がないならそんな感じだと思う」
例年通りのことだから、流々だって知っているはずだが、わざわざ聞いてきたということは、クリスマスにどこかいきたいところでもあったのだろうか。
食事をするのは少し早いが、夕方からなので、それよりも前ならばおれも付き合える。いつもならば料理や準備を手伝っていた時間を外出に費やすだけだ、無理ということもないだろう。
「ううん、そういうことじゃなくて。……夜まで一緒に」
「夜まで?」
「うん。買い物して、ご飯を食べて……イルミネーションを見て……。クリスマスを、緑と過ごしたいって思ったの。……中学最後の冬だから……。だって、もしも――」
「ちょ、おいっ。……縁起が悪いことを言うなよ……」
まるで、どちらかが受験に落ちる前に、と言っているようにも聞こえる。
落ちるとしたらおれの方だ。
「緑は大丈夫。だって模擬試験だって点数が良いし、私が見てても、学力は上がってるよ。元々悪いわけじゃないんだし、やる気さえ出せば、ぜんぜん狙える範囲だもん。だから大丈夫っ」
流々はおれに嘘をつかない。
ダメならすぐ言うし、お説教が始まる。文句があれば隠さず指摘する。集団にいることで本音をしまい込み、流されてしまう生徒が多い中で、流々は堂々と自分の意見を言う。
学校でクラスの中心人物の一人として活躍しているのは、そういう性格さゆえだろう。
おれがクラスに打ち解けているのも、流々のおかげだったりもする。
なので流々がそう言うのならば、おれは大丈夫なのだろう。
ただ、言われて油断しないように、とまで言われたのは、優しさではあるのだろうが、少しくらいは緊張の糸を緩ませてほしいとは思った。
だが、流々が油断するなと言うのならば、油断しない方がいいのだろう。
「じゃあ、クリスマス、一緒に過ごそう」
「えっ、いいの? ほんとに!?」
「いいよ。母さんたちにも言えば大丈夫だと思う。毎年続けていたんだから、一度くらいおれたちがいなくてもいいだろ。どうせ大晦日だって元旦だって一緒にいるわけだしな」
ほとんど家族みたいなものなのだ。
おれからすれば、昔から一緒だから――妹みたいなものだ。
今では、……だった、だが。
「雪がまだ降ってくれればいいけどな。ホワイトクリスマス、見てみたいし」
「何十年も降ってないんだよね。
今年は珍しく十二月に雪が降ったってニュースでもやってたし。……ふふっ」
腕にしがみついていた流々が、傘から飛び出し、ぱらぱらと雪が降る空の下で両手を広げる。
コートや、頭の左右に結ばれたお団子に、ちらほらと雪が積もっていく。
神よ降臨したまえ、みたいなポーズで、神社の孫娘が雪と逢引きしていた。
「風邪引いたら、クリスマスはなしだぞ」
「うわっ、そうだそうだ体調管理はしっかりしないと! ……ちょっと、興奮しちゃって」
すぐさま戻ってきて、おれの隣でぼそっと呟いた言葉は、おれだけに言ったのだろう。
「……楽しみだね」
おれも、うん……、そう頷いて。
三日後のことを考えたら、おれも傘を投げ出したくなった。
「
と、礼服を着た女性がおれの両親を呼ぶ。
襖を開けて部屋を出ていったために、残されたのはおれと姉の二人だけだった。
八畳の広さの和室に二人だと、かなり広く感じる。
「……なあ、制服で大丈夫かな。ちゃんとした礼服の方が……」
「母さんたちがこれでいいって言ったならいいんじゃないの? というか、家にないんだから仕方ないじゃない。準備する時間だってなかったしね。あまり寝かせておきたくないって、向こうが言ったんだし。それに、ダメでもあの子なら気にしないわよ」
「そうかな……でも、こういう場だからこそ、ちゃんとしなさいって言いそうな気もする」
「あんた以外ならそうかもね。でも、緑ならいいよって、絶対に言うでしょ、あの子なら」
姉の言う通り、間違いなくそう言うだろう。
なんでもおれを一番に考え、厳しくも、しかし甘い一面を持っていた。
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