第2話

   

「すぐ辞めてしまう子も多いんだが……。まあ、君なら大丈夫だろう」

 アルバイト初日。

 控え室まで案内してくれたのは、裏方スタッフの一人であり、髪型も顔立ちも爽やかな好青年だった。言葉には優しさが感じられると同時に、妙によそよそしい態度も伝わってきた。

 もしかしたら、以前のバイト女性と何か揉め事があって、若い女性には距離を置くようにしているのではないか。

「さあ、ここだ。仲間たちと上手くやってくれ」

 扉の前できびすを返して、彼は逃げるように去っていった。


「よろしくお願いします。今日から御一緒させていただく春日かすがめぐみです」

 扉を開けると同時に、元気よく挨拶する。

 案内してくれた彼が「すぐ辞めてしまう子も多い」と言っていたくらいだから、気難しい人間の多い職場かもしれない。だから彼らに気に入られるよう、精一杯の笑顔を浮かべてお辞儀したのだ。

 顔を上げて、室内を見回すと……。

 壁際にはスチール製のロッカーが並び、中央にはテーブルと、それを囲むパイプ椅子。いかにも楽屋といった感じの、安っぽい控え室が視界に入る。

 更衣室として使うならば男女別々のはずだが、ここは違うらしい。その場にいたのは、二人とも男性だった。

 一人はパイプ椅子に座っており、灰色の地球儀を手にしている。黄色いTシャツと青いジーンズで、顔は毛むくじゃら。鼻と口は犬みたいに突き出した格好で、頭にはケモノ耳も生えている。

 狼男の扮装だろう。最初に地球儀と思った丸い物体も、地球儀ではなく月球儀。満月を見ると変身するという、狼男の逸話に合わせた小道具に違いない。

 そしてもう一人は、ロッカーの前に立っていた。茶色のトレンチコートと、それに合わせたハンチング帽。そこだけ着目すれば紳士的な雰囲気だが、全身に包帯を巻き付けているので逆に怪しげだ。透明人間のつもりだろうか。

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る