ウラの顔をもつ後輩は恋を知る
魚谷
序章 そして彼女は跳んだ
ああもう面倒くさい!
俺は放課後の閑散とした廊下を、図書館に向かって走っていた。
現代文の宿題をやるために借りた本を返却するのを、すっかり忘れていた。
初夏の熱気をはらんだ空気のせいか、ちょっと走っただけで汗ばんだ。
俺が図書室に飛び込んだ次の瞬間、とんでもないものを見た。
全開担った窓、その窓枠に片足をかけた少女の背中。
黒髪を三つ編みに結った、小柄で、眼鏡をかけた古風な文学少女然とした子。
「おい……!」
引き留めようと声を上げるが、その時にはすでに少女は窓枠を蹴り、宙に向かって跳んでいた。
「うそ、だろ……」
俺は力なく呟き、それでも僅かな可能性にすがるように窓の外をおそるおそる見る。
ここは三階だ。
打ち所によっては、最悪の事態は避けられるかもしれない――。
「っ!?」
俺が目の当たりにしたのは、立派な枝振りの桜の枝を両手で掴み、枝のしなりを利用して、まるで器械体操の鉄棒のように身体を振り子のように前後に揺らしたかと思えば、勢いを付けて地面に着地した少女の姿。
胸元のリボンの色は白、つまり一年生。
一年生の少女は着地したかと思えば、ケースか取り出したら眼鏡をかけ、何気ない感じで振り返る。
「っ」
目が合った。
俺はもちろんだけど、一年生の顔が驚きに包まれる。
「へ、平気、か?」
俺はどうにかそう声をしぼりだす。
しかし少女はダッシュでその場から立ち去り、あっという間に見えなくなってしまう。
足、はえー……。
「……それにしても、さっきの鉄棒の技みたいなの、めっちゃ綺麗だったな……」
思わず独りごちてしまう。
少女の見せた一連の流れるような動きに、俺はすっかり目と心を奪われた。
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