第15話 梅雨空
こう雨が続いて部屋に籠もっていれば色々な事を考えるだろう。まあ普段から何もしない奴は別にして、動き回っている奴が一番に堪えるだろう。それで次に落ち込むのは倉島が知る限りでは仙崎三等陸曹だ。あいつは宝ヶ池のジョギングの周回コースでばったり会ったきり、その後は食堂で顔を合わせても素知らぬ顔をしている。あのジョギング中に親しそうに語りかけた男とはまるで別人のようで、却って気味悪く嫌悪感さえ漂ってくる。あいつを見ていると矢張り此処は真面な人間の来る所じゃないのか、今の処は三島を別にして。
「仙崎は全く把握出来ない」
倉島は親しく話したのは一度きりだが、三島は良く会っているのかそれも知りたかった。それと普段の仙崎は、全く何事も無かったかのように振る舞っているのかも聴きたい。
「仙崎さんとは此の雨続きの間は食事時も顔を見合わさないからどうしてるんでしょう」
「あいつは食事が終わると誰の顔も見ないですぐ部屋へ引き上げる。まあ来た頃は良く喋ってくれたが話題もなくなったのか言っても張り合いが無いのか食堂で顔を合わしても無言を決め込んでいる」
「でも仙崎さんは屈強の体力の持ち主だから大丈夫でしょう」
「いや体力に自信がある奴ほど危ないらしい」
そこへ珍しく佐伯がやって来た。何だ煙草で火災報知器が反応したかと三島が質せば、松木先生から倉島さんの明日の診察予定を知らせに来たようだ。三島は仙崎の診察は順調に運んでいるか訊ねた。どうやら仙崎同様布引も症状が似ているから、同時進行で先生は診察をしているらしい。
「似ているってどうなんだ」
と引き返す佐伯を呼び止めた。ついでに事務所では煙草が吸えないから此処で吸っていくように三島が勧めた。お互い肩身の狭い思いをしているのかと、三島も気の毒になっているようだ。それに応えて佐伯は煙草を取り出すとソファーに寛いだ。
「仙崎さんも布引さんも退屈しのぎなだけで別に精神に異常を来しているわけじゃ無いんだが先生はそれこそが病気の兆候だと問診のカルテと睨めっこしているらしいです」
「でもあの二人だが今は塞ぎ込んでいるのは確かですよ食堂で会っても全く無視されちゃいましたからね」
あの二人は全くのお天気屋さんだが他の人はどうなのか、倉島は気になって佐伯に訊ねた。他の人も普段からあまり活発に動いて居る人達じゃあないから、もっと
「成るほど、でも長年勤めると気になる人も居るでしょう」
「そんなに長くは無いですよ」
と佐伯の返事に三島は更に突っ込んで、事務所の構成を聞き出した。それによると館長と副館長は長くて二年、短くて半年で代わっている。チーフと謂うかその下の代理も三年ぐらいで転勤する。後の四人は移動がない。佐伯は今年が四年目でもう一人の遠藤は五年居るが、後はあまり続かなくてコロコロ変わっているらしい。
「じゃあ佐伯さんともう一人の遠藤さん以外は入居者について何も知らない方が多いんですか」
「だから此処の職員よりパートの連中は十年以上居ますから見た目は我々よりも詳しいですがなんせパートですから患者の状態を一番に把握しているのは我々職員だけです」
いやに自信ありげだが此処は職員とパートでは見る目が違うのか? 。
「此処の入居者で二年前に篠田さんって謂う人を知りませんか?」
「ああ、その人なら知ってますけれどでも突然ここから消えてしまって現在の消息は分かりませんよ」
何を言ってんだ冗談も程々にしてくれ、人が消える訳がないだろう。
「本当に此処を訳もなく出て行ったと思ってるんですかッ」
「いや、そうは思ってませんが此処ではそう言う扱いになっているんです此の暗黙の規約を変えると上層部の官僚の首が何人か飛びますから誰も出世コースを外したく有りませんからそれは深く追求しない方がお互いの為でしょう」
何がお互いの為なんだ。そっとしておけないから聞いているんだと三島は気色ばんだ。これには佐伯も上役の官僚には事なかれ主義が蔓延し、我々部外者はそうせざるを得ない。しかし此の施設ではそれなりの成果が出なければ、国からの補助金は打ち切られてもいいのか、そのジレンマで苦労しているらしい。
「同じ身分で横滑り出来ない以上は準公務員と謂っても日雇いに変わりは無い。だから篠田さんの失踪を訊かれても俺には関係ないよ」
「じゃあ聴くが佐伯さんが居た四年間で失踪者は篠田さんだけなのか」
「私の知ってる限りではそうだ」
「知ってる限りとはどういうことだ」
「退院して出て行ってる者も居るからだ」
「退院って突然判るのか」
そう言う仕組みになってるらしい。彼に言わすと朝の出勤時に何号室の誰々さんは今朝退院されて終わりだそうだ。
「じゃあ家族や関係者の元に戻っていないは場合はどうするんだ」
「退院後の本人のプライベートな行動に付いては関知していないし第一にこれは遠藤さんからそんな人が一人だけ過去に居ただけだと聞かされている」
五年で二例は
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