第26話 口止め
俺達は依頼の報告をする為にヘルテイへと戻ってきていた。
簡単なやり取りの後に報酬を受け取る――というわけにもいかなかったようで、俺達はギルドの奥にある一室へと通される事となった。
そこにいたのは試験の時にも会った年配の男。このギルドの長であるクリストフ・マンナルであった。
「失礼します」
「こんなところに呼び出して悪いのう。別に君達を叱るというわけではないから安心して欲しい」
マンナルは椅子に腰を掛け、俺達に座るよう促した。
「さて、まずはしっかりと依頼をこなしてくれて礼を言おう。思っていた以上の成果だった」
マンナルは少し困ったような表情をしながら言葉を続ける。
「君達に何も問題は無いのだが……他の部分で問題があっての、君達の報酬について少しばかり話し合いたいのだ」
「やっぱあのゴブリンを連れ帰ったんはマズかったやろか……?」
「そこは心配せずとも良い。単刀直入に言ってしまえば、今回の報酬を倍にするから今回の件――ゴブリンと少なからず話したという事を絶対に口外しないようにして欲しいのだ」
ゴブリンが言葉を使うという認識は一般的には無い。
一部の書物は彼らの生態からして我々と同じく文明と言葉を持っていると主張するものもあるが、陰謀論的な扱いを受けている。
「彼らは……話すんですか? 言語を」
「全ての個体が話せるわけではない。ここよりもずっと西に住む個体に限られる」
「西って言うたらアレか? 裂け目の近くやろか」
「裂け目の向こう側、じゃな」
世界の裂け目と呼ばれる巨大な裂け目がこの世界には存在する。
対岸が霞むほどの幅があり、例えドラゴンであっても落ちれば戻って来られないと言われるほど深い裂け目だ。
裂け目よりも向こうには何もないとも、楽園があるとも、地獄があるとも言われているが、未だに向こう側へと渡る事が出来た者はいないと言われている。
「裂け目の向こう側について……何か知ってるんですか?」
「知ってはおるが知らぬ事の方が多い。もっと君達が力を付ければ話せる事も増えるだろう」
優しい目をしているように見えるが、そこにはどこか威圧感が同居しているような不思議な感覚だ。
「さて、話が逸れてしまったが条件は了承してもらえるかな?」
俺達三人はそれぞれ目を合わせ、答えを出した。
「ええ、口外しない事を約束します」
「協力に感謝しよう。では報酬はこれだ、上を目指すならしっかり装備も更新するようにの」
ずっしりと重い袋をマンナルから受け取り、部屋を後にする。
俺達は一度、それぞれの部屋へと荷物を置いてから俺の部屋へと集まる事になった。
「何か妙に疲れたわー!」
「何だか大変……でしたぁ」
アルヤは俺のベッドへと遠慮なしに飛び込み、ユーリは行儀よく椅子へと座る。
「早速報酬の分配やな! これで武器を新しく出来るわ!」
「元気だなあ、アルヤは。ユーリは何か新調するの?」
「わ、私は……指輪を買おうかと……思いますぅ。折角弓も使えるようになったのでぇ……」
ユーリや杖持ちゴブリンのような直接魔法で攻撃を行う者は、杖や本に指輪と言った補助道具を使用する事が多い。もっとも、今のユーリのようにそういったものを使わずとも問題は無いのだが。
「そう言うレイはどうすんのや? こん中で一番使うとこ多そうなんはレイな気ぃするけど」
「そうだなあ……ま、今は保留かな。もしかしたら剣を買うかもってくらい」
所謂盾役と呼ばれるポジションになりそうではあるが、ガッチガチに固めてしまった方がいいと確定したわけではない。
もしも新調するとすれば剣か防具になるだろうが、現状の装備に不満があるかと言われればそうではないのが現状だ。
「それにしても口止め料で報酬倍って豪勢やなあ」
「多分口外しても問題は無いんだろうけどね、言うつもりはないけどさ」
「そうなんですかぁ?」
「うん。だって既に本に書かれちゃってるしね。実力があるならともかく、俺達みたいな駆け出しだと気のせいだとか、注目されたいだけってあしらわれて終わりだろうし」
その手の本の著者は俺達に比べれば実力者ではあるし、冒険者という括りで見ても上の方ではあるだろう。
しかし、そんな彼らが書いた本も世間では空想の話だとか、戦いすぎておかしくなったという評価が大半だ。
それにどうにか周りを信じ込ませたとして、混乱は起こせても他に何かが起きるという事はないだろう。そんな厄介な事を自分から進んでするメリットはどこにもない。
「とりあえずは普通の冒険者らしい感じに活動して」
「ピレーネを目指すってのでええやろ!」
ベッドから跳ね起きたアルヤにセリフを奪われてしまった。
「ま、ほなとりあえずせやな……三日くらい休みもらうで、何かあったら部屋に来てやー」
「分かった。それじゃあまた」
「し、失礼しましたぁ」
こうして今回は解散となった。
喋るゴブリンの事は気になるが、いずれギルドの方から話が来るだろう――そう思っておく事にしよう。
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