第12話 薬草学

 実践研修の後、再び体を鍛えるというチェイスの意向により、1ヶ月ほどの筋トレ生活が幕を開ける事となった。

 内容は至ってシンプルなもので、チェイスが考案したという筋トレメニューをただひたすらこなすというものだった。


「筋肉はいい感じについてきたって言ってたじゃあないですか!」

「ついてきてるってだけで、ついたってわけじゃあねえからな! まぁムキムキマッチョにはならねえから安心しな!」


 筋肉の大切さをよく知るチェイスだからこそなのだろうが、もう正直に言ってしまえば魔法があるからいいじゃないか。そう思ってしまう。

 ちょっと魔法を使ってズルをしてみたのだが「ついでに魔力の強化も出来るな!」とノルマが増えただけで、余計キツいものとなってしまった。


 そんな日々が続いたある日、俺とチェイスは俺の部屋で机を挟んで向かい合っていた。


「さて、次のステップは応急手当についてだ」

「普通そっちが先なんじゃないですかね……」

「細けぇこたぁいいんだよ! 気にすんな!」


 チェイスが俺の背中を強く叩く。


「ま、ぶっちゃけ教える順番は特に指定はされてなくてな」

「そうなんですか?」

「あぁ、応急手当から教えても戦えなきゃほぼ意味ないしな、この仕事だと。んで、アタシは悪いけど治癒魔法とかはマニュアルで読んだもんしか知らん」


 チェイスはそう言うと机の上にいくつかの草と中身入りの薬瓶を並べる。

 薬瓶の大きさはそれほど大きくなく、片手で握れば簡単に覆い隠せてしまえる程度の大きさしかない。

 薬瓶の中身は綺麗な赤色、濃い紫色、そして少し淀んだ緑色をしていた。


「まずはこっちの薬瓶から、つってもお前なら知ってるだろうけどな」

「ヒールポーションにマジックポーション、それにアンチポイズンポーションですよね、というかラベルしてありますし……」


 赤色の方がヒールポーション、紫色がマジックポーション、緑色がアンチポイズンポーションだ。


「それぞれどういった効果があるか、説明できるか?」

「ヒールポーションはかける事で傷口を塞ぎ、そこを塞ぐ際に失った血液の代わりとしてある程度吸収されたはずですよね」

「あぁ、そうだな」

「マジックポーションは興奮作用によって魔力を生み出し、魔力切れ対策として使用できます」

「よし、最後は?」

「アンチポイズンポーションは経口摂取する事で免疫を高め、体内の毒素を中和する働きがあります」

「オーケー。ちゃんと把握してるみたいだな、安心したぜ」


 ポーションは基本的にはこの3つのみで、冒険者は雑貨屋で補給するのが主流となっている。

 自作する事も可能ではあるが、結構な手間がかかるため、自作している冒険者はよほどの物好きくらいと言われている。


「自分の実力に合ったポーションを買うのが基本だな。高いほど安心は出来るが、毎回報酬をポーションで吹っ飛ばしてたら話にならないからな」

「難しいところだとは思いますけれども……そうですね」

「さて、次はこっちだ」


 机に並べられた草、どれも葉の形が違い、匂いを嗅いでみるとそれもかなり差がある。


「薬草の類でしょうか、これは……ヨモギ?」

「流石にこっちは明るくないか、こいつはナーリス草だ」

「ヒールポーションの原材料の一つ……でしたっけ」


 ヨモギという名前はこの世界で見た記憶が無いが、不意に口からこぼれ出ていた。

 恐らく前世の世界にも同じ、もしくは似たような草があったのだろう。


「こいつを潰して傷口に塗ってやれば結構効くぜ。知識としてちゃんと身に着けておくといい」

「お手柔らかにお願いします」

「そいつは多分難しいな」


 チェイスはそれぞれの草を手に取っては特徴や効能を説明し始める。

 似たような毒草、それの見分け方、机の上に並べられたものの説明が終われば別の薬草を取り出して説明をし始める。


 脳筋だと思っていたが、この人の薬草についての知識も目を見張るものがある。

 ただ、一気にそれを叩き込まれるというのは正直なところ勘弁して欲しいところではあるのだが。


「――であるからして、コイツはその辺にも生えてるが優秀な薬草と言えるな」

「多い……ですね」

「そりゃあな、でも大事な事だぜ? レイ」


 この日は説明が終わる事もなく日が暮れ、翌日、翌々日もチェイスによる薬草の説明が続く事となった。


「ま、とりあえずこれくらいは覚えておいた方がいいな。他にも覚えた方がいい薬草はあるけど、これ以上は流石のレイもパンクするだろうし」

「もうしてますよ……」


 正直、ある程度は頭の中に記憶しておけばいいと思っていたが、流石にこの量となると手帳に書き留める必要があった。

 ここ数日で適当に買った手帳が薬草図鑑と化したのは言うまでもない。


 これも彼女の強さの一部なのだろう。魔法が使えないからこそ知識で戦う、悲鳴をあげたくなるような量ではあるが、これを身に着けられれば何かしらの役に立つのは確かだろう。


「ま、とりあえずソロでの最低限必要な知識と動きは身に着いたはず。次の研修はそうだなあ……多分三日後くらいになると思うぜ」

「少し間が空くんですね」

「あぁ、レイは何て言うか……すごい人見知りって事は無いよな?」

「多分大丈夫だとは思いますけれど……得意ってわけではないですね」

「ま、アタシとやり合った時も普通に話せてたし、杞憂だとはおもうんだけどな!」


 彼女の先ほどの質問から察するに次はパーティーで動く研修なのだろう。

 正直、試験の時を思い出すと既にコミュニティが出来上がっているところに単身放り込まれるというのは勘弁してほしいところではあるのだが。


「ま、折角の休みだ。ゆっくりするといいぜ!」

「はは、ありがとうございます」

「っとそうだ、休みつっても遊ぶだろ? ほらよ」

「っと……400ナルもあるじゃないですか、いいんですか?」


 ナルというのはこの世界で使われている一般的な通貨単位だ。

 一概にこうだとは言い切れないものの、大体1ナルで100円くらいと思っていいだろう……何を言っているんだろうか、俺は。


「研修で衣食住が無料つっても無報酬ってのはどうかと思うしな、それにゴブリン退治の相場って知ってるか?」

「大体総額1000ナル程度でしたっけ?」

「そう、だからお前に渡したその金額も本来なら不相応ってとこではあるんだけどな」


 チェイスはバツの悪そうな表情を浮かべる。


「受け取れないですよ、払う義務とか無いでしょう?」

「受け取っときな、アタシからすれば大した金額じゃないって言えなくもないしな」


 チェイスは教官として仕事を任される程度には実力がある。そういった冒険者は巷では大富豪と言われるような事が多いのだが、彼らの中で豪勢な生活をしているものは少ない。

 確かに収入も多いのだが、装備や消耗品による出費もかなり激しいものとなる。貯蓄があっても目当ての装備を買う為に大放出といった事も少なくないのだ。


「金は回してなんぼって言うしな。どうしてもって言うなら稼げるようになってからアタシに返しな、その時どこにいるかは知らないけどな」

「チェイスさん……分かりました。ありがとうございます」


 チェイスは後ろ手に手を振りながら部屋を後にする。

 俺は彼女を見送った後、ベッドに横になった。

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