アイは天才シャンポリオン

@kazuhisayamazaki

第1話

昔、世界中の人々は一つの言葉を話していた。皆、意思を通じ合わせ、協力するための障害はなかった。やがて、協力し合った人々は、様々な技術を生み出す。自らの努力で高度な発展を遂げた人々は、神の住む天にまで届く、巨大な塔を建造しようとする。皆で協力し合いついには完成しようとしたところで、神は人間のその行為に対して怒りをあらわした。その塔に神は天から雷を落とし、大地を震わせ、破壊した。だが、神は塔を壊すだけでは終わりにしなかった。世界に一瞬、光が走ったかと思うと、人々はそれぞれ違う言葉を話すようになった。

神は、もう人間がおごり高ぶらないよう、言葉を変え、協力しあえないようにしたのでした。


 ここは、アメリカのテキサス。安藤勇は長年の夢であったネイティブアメリカンの言語が書かれている木片の発見に興奮していた。

「おめでとうございます、安藤教授。ついにやりましたね。」

「君たちのおかげだ。ありがとう。」

「You did a very good job. I’m really honored to work with you.」

(お疲れ様です。あなたとともに仕事ができたことを光栄に思います。)

「Thank you so much. It would never been successful without you.」

(ありがとう。あなたたちがいなかったら成功しなかったでしょう。)

 日本からの調査団もアメリカの発掘チームもみな、安藤勇を囲み喜びを分かち合っていた。


 アイは本屋で品出しをしていた。

「あ、またビッグファットドッグの一番簡単な英語の本だ。売れてるなあ。ちょっと読んでみたい気もするんだけど、べラべラブックも買っただけで、読んでないからなあ。“英語脳に変わる本”“中学英語を1週間でやり直そう”“ネイティブだったらこういいます”いろいろ出てるけどこういうの読んでできるようになった人って、はっきり言っていないよね。どうせ、私ずっと日本で暮らすもん。英語出来なくても全く困りません。いっつも大学の授業寝てるけど、テスト近くなったら友達にノート見せてもらって丸暗記でそこそこ点数とれるし。」

「Hi, excuse me.」

 突然の聞き慣れない声に振り向いて、アイは心中焦りを覚えた。

「ええ?あ、はい、なんでしょう。」

 パーマをかけた小太りの女性は、髪は亜麻色で後ろで束ね、強い甘いにおいを放っていた。

「I’m looking for a book. Will you find it for me?」

“うわあ、日本語しゃべれねえのかよ。”

「あ、えーと・・・どういったご用件でしょうか。」

 外人女性は肩を揺らして、ため息をつく。

「You can’t understand, can you?」

“あ、アンダースタンド?って確か、分かるって意味じゃない?”

「アイ キャント アンダースタンド。アイム ソーリー」

「Anyway, I just want a book about ethnic music. Can anyone speak English at this store?」

「ええ、すいません。よく分からないです。もうちょっとゆっくり話してもらいませんか。」

 女性は眉間にしわをよせ、首を振る。

「Just call anyone can understand English.」

「どういった本でしょうか。」

「Ha ha ha, ツカエナイ。」

「え、ツ・カ・エ・ナ・イ?使えないって、そんな言葉だけ日本語で、もう感じ悪い。」

 そこに別の男の声が割り込んできた。

「Hey, mom, you are rude, you shouldn’t say such a word. We are in Japan now. So we should speak in Japanese.」

 アイの方を振り向いたその青年は、ブロンドの髪にブルーの瞳をして、優しげな笑みを浮かべていた。

「スミマセン。コチラノジョセイハ、ミンゾクオンガクニツイテノホンヲホシガッテマス。」

「は、はい、こちらになります。」

 アイは小走りで行って戻りその本を女性に渡した。女性はそれを受け取ると何も言わず立ち去った。アイは青年の方を向いて礼をした。

「サンキューベリーマッチ。」

「No problem.」

 青年は左手を振って答える。

「あ、ホ、ホワットイズユアネーム?」

「My name is Alex. Bye.」

「アレックス・・・。」

バイトを終え、一人暮らしの部屋に帰ったアイはベッドに腰掛け、ニヤニヤしていた。

「アレックスさん・・・。かっこいい。やさしくて日本語も話せて。でも、あの外人ムカツク。アレックスさんのように日本語覚えろっつうの。」

―次のニュースです。アメリカのテキサスで発掘調査を行っていました東都大学の研究チームが、集落遺跡にて古代のネイティブアメリカンの文字が書かれた木片十数点を発見したということです。―

 ふと、つけっぱなしにしていたテレビのニュースから流れたアナウンスがアイの目を引いた。

―これまで、この部族の言語は文字がないとされていたので、今回の発見はネイティブアメリカンの言語研究に大きく影響すると言われています。このチームを率いる東都大学古代言語学教授、安藤勇氏は解読を急ぎ、近く学会にて研究結果を発表すると話しておりました。―

「うわ、お父さん、すごいすごい。ついに見つけたんだ?」

 テレビ越しに見る久しぶりの父の元気で嬉しそうな顔を食い入るように見ながら、アイは今までの父の苦労を思い出していた。

「う、お父さん、良かったね。良かったね。」

 涙があふれていた。アイは電話をとり、国際電話をダイヤルする。

プルルルルルルル、プルルルルルルル、ガチャ

「Hello, this is Yuu Ando.」

「お父さん、私よ。」

「アイ、アイか。」

「うん、えーと、そっちだとおはようかな。今テレビ見てたら、お父さんが出てたから。」

「ありがとう。さっき実家の母さんと善に電話して、今、お前のとこにかけようとしたとこだったんだ。」

「うん、うん、私のとこはいいよ。おじいちゃんとおばあちゃんには報告した?」

「当たり前だ。いつも写真を持ち歩いて一番最初に言ったさ。」

「よかったね、お父さん。きっとおじいちゃんもおばあちゃんも喜んでるよ。」

「ああ、遅かったけどな。」

「そんなことない。お母さんはなんて?」

「もちろん喜んでくれたよ。アイはたまには電話したりしてるのか。」

「うーん。バイトで忙しいからメールなんだけど。お父さんもメールしてよ。全然分からなかったじゃない。」

「悪い悪い。でも、父さんのパソコン、IMEジャパニーズ入ってないから、全部ローマ字だぞ。それか、全部英語か。そうだな、その方がお前の勉強になるな。」

「もう、意地悪ぅ。じゃあさ、写真送ってよ。今回見つけた木片の写真。」

「駄目だよ。極秘資料なんだから、絶対データ化はしないんだ。ハッキングされないように。」

「ふーん、お父さん、まさか偽造なんてしてないよね。」

「何を言う?」

「あはは、冗談冗談。日本でそういう人がいたから。」

「きついな、アイは。」

 そのとき、電話からバチッという音がした。

「ん?何だ。」

「どうしたの、お父さん。」

「いや、何か物音がしてな。」

 突然、電話が光を発し、その光は渦を巻き、部屋を揺らす。

「きゃあああ。」

「アイ?どうした?おい、何が起こったんだ。」

 父の声を最後に電話は切れた。渦を巻く光は徐々に形を成していった。震えるアイの前に蝶ネクタイをし、黒いスーツに身を包んだ細身の男が現れた。男はアイに向かってひざまずき言った。

「I am Jean Francois Champollion. Nice to meet you. Dr.Ando.」

「え、ええ、何?」

光から現れた男はアイを見て首を傾げる

「安藤教授ではないのですか。」

「わ、私は安藤アイです。安藤勇の娘です。」

「ええ?な、なんでこんな。」

 男は狼狽し、ふと電話に視線を止める。

「これはテレフォン。まさか、これで、安藤勇教授にとりつこうとしたときこっちに来てしまったというのか。なんということ?」

拳を握りしめ、うずくまる。その様子を見ながらアイは恐る恐るたずねた。

「あなた、お父さんに何をするつもりだったの?」

「私はあなたの父上がネイティブアメリカンの文字の書いた木片を見つけたと聞いて今一度この世に舞い戻り、共にその文字の解読をしたいと思っていたのだ。」

男は呆然としながら答えた。

「そんなに落ち込まないで。」

 うなだれて手と膝をついている男に、たまらず声をかける。そして、電話を見て考えが浮かんだ。

「そうだ。電話の電波でこっち来ちゃったのよね。なら、また電話かけてあげるわ。そうしたら戻れるんでしょ。」

 男はアイの方を向き、表情を明るくする。

「おお、そうか。では早速お願いする。」

「うん、ちょっと待っててね。」

アイは受話器をとり、ふたたびダイヤルする。

プルルルルルル、ガチャ、

「アイか、大丈夫か。何が起きた?」

 父がすぐ出て、安否を聞く。

「大丈夫、心配しないで。ちょっと受話器そのままにしててくれる?」

「ん?ああ。」

アイは受話器を自分の耳からはなし、男に向ける。

「はい、お父さんとつながってるわよ。」

「うむ、すまぬ、それでは。」

 男は受話器に手をかざす。次に足を向け、さらに頭を入れようとする。

「あれ、入れない。」

「どうしたの?」

「いや、あの時は向こうのテレフォンに吸い込まれるような感じがしたが、どうしたものか。」

「ええ、駄目なの?」

「アイ、何をしてるんだ?何を一人で話してるんだ?」

「え、一人?あなたの声がきこえないのかしら?」

「そうだろうな。私はいわば幽霊。とりついてるもの以外では、よほど霊感が強くない限り姿も声も分からないだろうな。」

「そうなの?」

「アイ、頭でも打ったか?一人で話して?」

「あ、あはは、大丈夫大丈夫。おかしくなんかなってないよ。」

「そうか、まあ、明日、病院にでも行くといいんじゃないか?」

「娘を疑うなっつーの。」

「なんにせよ、体には気をつけろよ。おやすみ。」

「おやすみ、お父さん。」

受話器を置いたアイは男の方に向き直りため息をつく。

「どうしよう、ていうか私とりつかれてんだ?」

「改めて自己紹介しよう。わたしはジャン・フランソワ・シャンポリオン。天才シャンポリオンと呼んでもいいぞ。」

「何で?何の天才なのよ。」

「知らないのか?私を?歴史か何かでやらなかったか?」

「はあ?あなたそんなにえらい人なの?うそー!」

「うそではない。語学の天才シャンポリオンといえば言語学者、考古学者で知らぬものはいないぞ。」

「その割にどじよね。」

「くう、アイ、頼む、アメリカに行って、安藤教授に木片を見せてもらってくれ。」

「行けるわけないじゃない。」

「まあ、がっかりしててもしょうがない。しばらくとりつかせてもらうぞ。」

「はあああ。」

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