真月譚妖姫(しんげつたんあやひめ)~俺はあの待宵の月を忘れない~
龍威ユウ
第1話:それはとても不思議な夢だった
鬱蒼とした森の中を突き進む。
時刻は午前10時。本日の天候は雲一つない快晴で、真夏の太陽がギラギラと輝いている。
とても天気がいいのに、その森は日中であるにも関わらず薄暗く、不気味な雰囲気を醸し出していた。
けたたましい蝉時雨を耳にしながら、どんどん奥へと少年は進んでいく。
「こんな森の奥に本当にそんなものがあるのかなぁ」
少年は訝し気に周囲を物色した。
両親からこの森――厳密にはその奥にある廃屋へ行ってはならない、と少年はいつも耳にタコができるぐらい聞かされてきた。両親がそう言うのだから、子供である彼に拒否権などあるはずもなく。
だが好奇心旺盛な年頃の少年はどうして行ってはいけないのか、その疑問を抱くのは至極当然だと言って過言ではあるまい。
――結局、今の今まで一度も教えてもらったことないけど。
とにかくにも行ってはならない、両親はいつもそうとしか少年に言わず、未だに真実を知ること叶わずにいた少年はこの日、ついにその教えを破ることにした。
それもこれも、教えてくれない父さんと母さんが悪いんだ。自分にとって都合のいい免罪符を手にした少年の足取りに迷いは一切ない。
程なくして、少年は「あった……」ともそりと呟いた。
「多分……っていうか、これしかないよな。いっちゃいけないって言う廃屋って」
森の中にひっそりと隠れるようにその廃屋があった。
ごく普通の一軒家で、別段そう珍しい要素は皆無と言って等しい。
ただしもう何年も人の手が入っていないのは、ぼうぼうに伸びっぱなしになった雑草や、外見に汚れを見れば一目瞭然だった。場所と外見、これら二つの要素が合わさった廃屋は、朝っぱらから、俗に言う幽霊的なものが出てもなんら違和感がない不気味な雰囲気を見事に演出している。
「こ、ここまで来たんだ。せっかくだから中がどうなってるのか確かめてやる!」
両親が何故頑なに禁じたのか、そのすべての答えがきっとここにある! 少年は恐る恐る廃屋の中へと足を踏み入れる。
中は外見に反して意外にもきちんと整理整頓がなされていた。
もっと荒れ放題になっていると予測していただけに、拍子抜けしてしまう少年だったが、気にせず散策を続ける。まるで宝探しにでも来ているような気分に陥ってきた頃。不意に少年はそれの存在に気付いた。
「なんだろう、これ……」
押入れの床には明らかに不自然な傷跡がくっきりと残されていた。
まるで何かを何度も擦ったかのような跡だ。そしてその傷について少年には一つだけ、心当たりがあった。
これ、もしかして隠し扉なのか? 時代劇で忍者が用いる隠し扉は、一見すると普通の壁と見分けがつかないが床を見れば擦った跡が必ず残る――小説を読破したからこそ、憶えていた少年は早速と壁を押してみた。
ぎぎぎ、と音を立ててゆっくりと回転する壁にはさしもの少年も「スッゲー!」と興奮から叫んでしまう。隠し扉の発見と、その先に広がる深淵の闇。地下へと続いているのだろう階段を前にした少年に、もう恐怖や不安は微塵もなかった。
秘密を暴いたという興奮と、その先に何があるのかを見たいという欲求が幼き少年を突き動かす。あらかじめ用意していた懐中電灯を手に、少年は恐る恐る階段を一段ずつゆっくりと降りていく。
かつん、かつん――足音が不気味に反響する地下室への階段を下り切ると、広々とした空間が少年の来訪を出迎えた。十六畳以上は恐らく優にあるだろう、ただし中央を分厚い木製の格子が遮っている。
――これってもしかして……座敷牢ってやつか?
――嘘だろ……こんなところに座敷牢があったなんて!
少年はこの時、何故両親があれほど口うるさく警告したか、その真意を垣間見たような気がした。座敷牢はもちろん対象を閉じ込めるためにある、がその土地の有力者などが用いた場合用途が本来のものと大きく異なる。
不意に――「だ、誰かいるのか!?」と、少年は座敷牢に懐中電灯を向けた。
眩い光が何かを捉える。
座敷牢に今も誰かがいた、という事実はむろん驚愕に値するがそれよりも少年が驚いたのは別の要素にあった。懐中電灯の光が照らしたのは、一人の少女だった。
朱色の着物がとてもよく似合う、おかっぱ頭の少女が眩しそうに手で目を隠していた。
「あ、ご、ごめん!」
少女は何も答えない。
――なんか、この子めっちゃかわいくない?
改めて少女を見やった少年はごくりと生唾を飲んだ。
恐らく、同年代の子でもこんなにかわいい子は多分いなかった。少年はそう判断する。
もう何年と放置された廃屋の隠し扉の先にある座敷牢に囚われている――あまりにも情報が多く、状況だけでも異様にして不気味でしかない少女に、少年はすっかり見惚れてしまっていた。
きょとんと小首をひねる少女に、少年は慌てて姿勢を正した。
「お、俺と友達になってくれないか!?」
少女がまたしてもきょとん、とかわいらしく小首をひねった。
友達って意味がよくわかってないのかな、となんとなくそう察した少年は何も言わずスッと鉄格子のなかに右手を入れた。
「俺と友達になってくれよ? これはその握手だ」
常人ならばこの状況を前にすれば、まず真っ先に逃げ出すに違いあるまい。
あるいは最寄りの交番に行って、この事実を伝えにいくだろう。
今回の場合、発見したのが大人ではなく子供だ。両親から何度も警告されてきたとあれば、バレてしまうと怒られるという恐怖から黙っているかもしれない。
それよりも先に少年は、少女と友達になることを優先した。
理由については、特に少年には何もない。ただ、なんとなく。そんな曖昧過ぎる理由ではあるが、少年は彼女と是非仲良くなりたいという純粋な気持ちでいっぱいだった。
「――、ん……」
少し呻いてから少年はゆっくりと目を開けた。
ぼんやりとした視界に差し込む眩い光によって、完全に覚醒を果たす。
クリアとなった視界に映るのは、緑生い茂る美しい自然。窓の向こうで流れていく自然豊かな光景を少年は姿勢を正しでぼんやりと眺めた。
「また、あの夢か……」
夢は主に自身の体験や記憶から構築されると言われている。
これに則れば、少年にそのような記憶は一切なかった。
そもそも、座敷牢という存在自体が極めて稀有である。現代日本ではまずお目にかかることはないし、あるとすればそれは恐らく時代劇ぐらいなもの――。
先日に見た時代劇の影響か? きっとそうだ、と仮説をいちいち立てるのもどうかしている。
「でも、なんで懐かしいって思うんだろう……」
内容については、あまり気持ちの良い夢とは言い難い。かと言って悪夢でもない。
ただ、得体が知れないだけに不気味さがあるのは否めない。
誰に問うわけでもない少年のその呟きは、車内アナウンスによってかき消された。
《次は~終点、
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