17 - ノア
「いっ……」
「ノア、無理するな。まだ本調子じゃないだろ」
俺はアレク兄さんに頼んで訓練場に来ていた。強くなるためにはまず基礎の体力作りからだと言われ、早速走り込みから始めたのだが、まだ体が重くいうことをきかないため全力で走ろうとすると転んでしまう。
「病み上がってもいないのにこんなことをさせてるとセリィにバレたら、俺が幻滅される」
アレク兄さんはもう何回目だったか、転んだ俺の右腕を引っ張って立ち上がらせた。
「ノア。暗殺者のことは俺も父さんも調査しているが全くと言っていいほど情報がない。その上まるで最初から存在しなかったかのように痕跡も見つからなかった。だからお前が今無理をしたところでどうにかできる相手じゃないんだ」
「……わかってますよ。わかってますけど、それでも強くならなきゃって……」
心がそう急かす。
もし暗殺者の現れたあの場所で周りに誰もいなければ、弱い俺が庇ったところで姉さんが助けようとした少女は再び狙われていたかもしれない。姉さんも殺されていたかもしれない。そう思ったら恐怖で体が震えるんだ。
強くなりたい。彼女を守れるくらいに、強く──。
「わかった。じゃあ体を動かすことよりも先に、体感してもらう」
アレク兄さんは俺の顔を見てため息をついたが、訓練は続行してくれるようでありがたい。
「例えば武器の扱い方だったり、あとは姿形が見えなくても人や動物の気配を感じとるといった訓練や逆に素早いものに反応するための単純な訓練をしたりな。体を動かす基礎練はそれからでいい」
アレク兄さんは敵に合わせて戦い方や戦術を変えていると聞いていた。そしてまだ戦うことに不慣れな俺に対し、指導者としての力量もあるらしい。
多種にわたって能力があることは近くで見ていてもよくわかるので、姉さんが彼のことを頼りにしているのも頷ける。
絶対俺も、姉さんに頼ってもらえるような男になる。兄さんの姿を見てそう強く感じていると……
「アレク兄様」
「ピピ……その格好、どうした?」
侍女に訓練着を借りたのか、ピピは俺と同じような格好をして女のいない訓練場にやって来た。胸元まで伸びたしなやかな黒髪は、後頭部の高い位置で一つに括られている。
「私を、強くしていただきたいのです」
「……お前もか」
「どうやらノアに先を越されてしまったみたいですけれど、昨日一日中考えた結果ですわ。いつまたセリィの身に同じことが起こるかもわからないですし、女だからと反対されても私は諦めませんっ!」
「貴族令嬢が武器を使って戦うだなんて聞いたことがないが……」
「もちろん令嬢としてのマナーや作法の勉学は怠りませんし、兄様の任務のお手伝いでも雑用係でもなんでもやりますわ!」
「いや、だからそういう問題じゃなくてだな……」
頼み方がまるで俺とそっくり。さすが双子の片割れだ。
「……けどまあ、どちらにしろセリィが言うにはお前達は戦士の力を授かるという話だったし、今から特訓しておくのもありかもな」
「で、でしたら……!」
「あぁ。ただピピにはまず瞬発力を鍛えてもらう。あとは女の子だから柔軟な。体をより柔らかくすること。武器を使ったり戦闘術は基礎ができてからだ」
「はい! ありがとうございます……!」
ピピはそう言って頭を下げ、そんなピピに兄さんは朗らかに笑った。
ピピのそばにいるアレク兄さんは、他人から見ても感情がわかりやすくなる気がする。結構よく笑うし。それを見た姉さんがまた嬉しそうに騒ぐから、ちょっとムッとなるけど。
でも本当にピピがそばにいれば、兄さんは周りから興味を持たれて避けられることは無くなるかもしれない。ピピの黒髪を隠していればの話だが。
そんなピピもアレク兄さんのことを慕っている。普段はケンカしていても、ピピが兄さんのことを信頼しているのは双子の俺が一番よくわかる。
しかし兄さんはあと約二年後ハレルヤ学園に入学するため、俺等がこうして甘えられる時間も限られているのだ。
姉さんは俺達が学園に入学する前、戦士の力を授かるという、神のお告げを受けたと言っていた。
もちろん嘘をついているとは思わないけど、もしも何かの間違いや手違いで、俺等が戦士の力を授からなかった場合のことも考えて、強くなっておいたほうがガッカリして捨てられる可能性も低くなるだろう。
っ……、そういえば、捨てられるかもしれないなんて、ずっと考えてこなかったな……ここの居心地の良さに、忘れそうになっていた。
城下町で黒髪を見られて、久しぶりに思い出した。俺がどんなに醜くて、汚い生き物だったかということを。
「──それにしても、その子はどうして暗殺者に狙われていたのでしょうか?」
ピピが柔軟。俺は目を鍛えるトレーニング中、そんな疑問をふとピピが口にする。実は俺も気になっていた。
なぜまだ俺達と変わらないほどの少女が命を狙われる必要があったのか。俺達のような黒髪でもなければ、見た感じ誰かに恨まれているようでもない。ただ独特の甘い匂いがしていたという印象が強かった。
「さあな。ただその少女は特別な何かを持っているから、狙われていた可能性がある」
「遺産レベルの宝石、とかですか……?」
「そんなわかりやすいのじゃなくて、目に見えない力だ。まるで周りにいる人間を操っているかのような強い力……」
「操る、?」
「ノアならわかるだろ? あの場の空気はどこか変だった。そしてあそこにいた全員がセリィとノアを敵にしていた」
俺は動かしていた目を休めるため一旦閉じる。
「俺達双子はずっとあんな扱いです」
「っ、……」
「ここにいる人達のほうが変わってるんですよ……でも書斎で本を読んでいてわかったのは、違う世界では黒は当たり前に存在していて、それが普通という場所があるらしいです」
「……行きたいか? その世界に」
「いえ。俺達にとっては夢みたいな世界だけど、それが当たり前の中じゃ黒が好きな姉さんは目移りして、俺達のこと目に留めてくれなかったかもしれないですから」
「ふっ、確かにな」
「セリィに見つけてもらえないのは嫌よね」
兄さんとピピにつられて笑い、小さく頷いた。
「見つけてもらおうとしてる時点でダメかもしれないけど、俺達は姉さんがいなかったらこんな風に生きようと思えなかったから」
それにいくらそこが魅力的な世界だろうと、彼女のいない世界には行きたくない。
あぁ、いつからこんなにも俺は……──
「あ。そういえばアレク兄さんが俺を背負ってた時、見たことない顔してましたけどどうしたんですか?」
「……あぁ、別に。礼も言わずにノアのことを不吉って言われたのが、気に入らなかっただけ」
「……!」
鉄の棒で腕を鍛え始めた兄さんが、あまりにも自然にそう言うもんだから俺は驚いてしまう。
この人は……無自覚なのかな。無自覚でカッコいいとか、ずる……。勝てる気がしないんですけど……
「慣れるなよ? 否定の言葉に。ノアもピピも、ちゃんと傷ついていいし、怒っていいんだからな」
ピピの動きが止まり、顔を見られないようそっぽを向いている。
嬉しいよな。こんな風に言ってくれる人がいるなんて思わなかったもんな。
「うわっ、もうこんな時間だ。たぶんセリィが探してるはずだから、そろそろ戻るぞ」
妹の行動を推測し、毎回当てているところはさすがに気持ち悪いけど。
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