16 - ピピ
ノアが、セリィを守った。守ってくれた……
さっきみんなの無事を確認して十分泣いたはずなのに、まだ涙は出てくるみたい。
セリィは暗殺者に狙われた少女を庇おうとしたと言う。自分が死ぬかもしれないというのに。
そんなセリィはすごくカッコいいわ……でも、それでも……嫌よ。
私たちを置いていかれるのは、絶対に嫌なのよ……
私とノアが養子になった時、誰かのために死なないでと言ったセリィが一番、誰かのためにボロボロになっていくんじゃないかって。
世界から見放され、忌み嫌われる者だってわかっていた私達のことを救ってくれた。セリィはそういうことを躊躇いもなくできる子だから。傷つけられたらどうしようって……私はそれがこわくてたまらないの。
「ピピ」
部屋に戻る途中、廊下でアレク兄様に呼び止められた。窓の外は既に暗く、月の光が差し込んでいる。
私は涙痕をサッと吹いて振り返った。
「ノアもセリィも無事だから、お前もちゃんと休めよ」
いつも私のことを目の敵にしているくせに、こういう時は本当に心配してくれるんだもの。ずるいわ……
結局泣いてしまったけれど、みんなの前ではできるだけいつも通りでいることを心がけていたのに。アレク兄様にはバレているみたい。
「なんなら俺が眠るまで近くにいてもいいし。……いつもセリィのところで寝てるだろ?」
「だ、大丈夫ですわ。アレク兄様のほうが寝られないのではありませんか?」
「ピピ。ほんっと貴族の令嬢っぽくなってきたな? 歴が長いセリィよりぽいぞ?」
「っ!」
彼はクククっと目を細めて笑っている。
きっとまた私のことをバカにしているのでしょうけど、そんな姿にいつも胸がときめいてしまうのだから、私も大概ね……
「でもそうだな。ピピの言う通りさすがの俺も今日はしばらく眠れなさそうだ。もちろん暗殺者のこともあるんだが……」
「……? どうかしたのですか?」
「実は、セリィがノアに解毒剤を口移しで飲ませたんだ」
「えぇっ!」
く、口移し、ってことは……、キ、キ、キスっ⁉︎
それがノアを助けるためだったのだと理解できても、二人がキスしているところを想像してしまい、心臓の鼓動がどんどん加速していく。
「あ、父さん達には言うなよ? これはピピにしか言ってないから」
周りに誰かいないか確認するようにアレク兄様がそう言うので、それはもちろんっ、というようにコクコクと頷いた。
「しかもノアのカツラが取れて騒ぎが大きくなったあとだったから、少なからず傍観者もいてな。汚ねえとか、気色悪いとかボロクソ言うんだ。セリィとノアは人助けしたっていうのに、どこまでもふざけてる……」
「……私達の髪が、黒いから……近づくなって、視界に入るなって……」
そんな言葉ばかり言われるの。
孤児院にいた頃の生活を思い出す。一日がとても長く地獄のような毎日で、罵倒され続けた。暴力を振るわれる度ノアが庇って守ってくれたけど、ただ髪が黒いというだけでこんなにも嫌われ憎まれるのかと思った。
けれどその憎しみは、一体どこから来ていたの……?──
「黒だからとか、そんなの関係ないだろ。今までお前達が何か悪いことしたのか? 誰かのことを呪ったり苦しめたのか? してないよな? 視界に入ることが不快って言われるなら、もうここから出なくていい。そんなこと言う奴の目に、お前達を映すことのほうがもったいないからな」
「っ……」
それは、簡単にストンとおちる。気づけば一筋の涙が頬を伝っていた。
ちょっと……これはカッコよすぎて、困ってしまうわ……
「それで俺は頭にきてそいつらの口元を切り裂こうとしたんだが、セリィが俺の手首を握って止めた。震えた小さな手で……本当は恐怖や怒り、いろんな感情で支配されてたはずなのに、『何もしなくていい』って首を横に振ったんだ」
月明かりに照らされ映る彼の口角が微かに上がったが、その表情はどこか苦しそうで、切なそうにも見える。
無愛想に見えるアレク兄様の顔も、毎日のように見ていると微妙な変化が徐々にわかってきた。
「……きっとセリィは、アレク兄様のことも守りたかったのだと思います。騒ぎをこれ以上大きくしないためにも」
セリィ。あなたって、本当に強い子だわ。何もかも耐えて、抑えて、みんなを守ったのね……そんな守り方ができるのは、この世界にきっとあなたしかいない。
「そうだろうな……それでも二人の兄として、俺だけは黙っていちゃダメだった。味方でいなきゃいけなかったんだよ……」
そう言ったアレク兄様の気持ちも痛いほどよくわかる。私もその場にいたら、悔しくてたまらなかったと思うから。
「……今日のアレク兄様は、なんだか入浴後のマチルダみたいですわ」
「何だそれ……? どういう例えだ?」
「眠れないのでしたら、私が眠れるまでおそばにいてあげてもいいですけれど」
「急に強気だな」
「べ、別に、私が眠れないと言ってるわけではありませんからねっ⁉︎」
「はーん……ピピ。さてはお前、やっぱり一人じゃ眠れないんだろ?」
「ち、ちがっ」
「わかったわかった、可愛い妹のために一肌ぬごう」
い、いま、かわ、かわいいって……!
アレク兄様におちょくられてることはわかっていても、体は正直に反応してしまう。
本当にずるいわ……──
「……って、どうして私の部屋なの⁉︎」
「俺は誰かに見られてると思うと逆に眠れない」
腕を掴まれて辿り着いた場所は私の専用部屋で、アレク兄様はやっぱり私が眠れないんだと思っていた。
「ほら、ここの脇の椅子に座ってるから。おやすみ」
アレク兄様の寝顔を見られなかったのは残念だけれど、そばにいてもらえることが照れ臭くて嬉しくて、何だかよくわからない気持ちのままベッドに座る。手足も少しソワソワしていた。
「へ、変なことしないで下さいねっ!」
「変なことって?」
「えっ、それは、た、例えば……、え、えっちなこととか……」
「……エロガキだな」
「ガ、ガキじゃありません〜っ!」
「はいはい。お子様に手を出す趣味はございませんので安心してお眠り下さい」
「なっ」
アレク兄様は手慣れた様子で私に布団をかける。
そのスマートさにもドキドキするわ。きっとこんなに顔が熱くなるのも、私だけなのでしょうけれど……
「はぁ。それにしてもこんなに早くセリィのファーストキスを見ることになるとは。ショックだな〜……」
「……気持ち悪いですわ」
「お〜よく言ってくれますね、ピピ嬢。くすぐりの刑に処します」
「っ⁉︎ あはは、ちょ、やめ……ひ〜〜っ」
脇をくすぐられ、たまらずアレク兄様の腕を引っ張ってしまう。その拍子に、バランスを崩した兄様が私の上にドサッと覆い被さった。
「ひゃっ」
すぐ近くにはアレク兄様の顔があって、心臓の音が聞こえてしまいそうな程大きくなる。押し倒されたような体勢に、みるみる体の熱が上昇していった。
「わ、悪かった。ふざけ過ぎた」
アレク兄様はそう言って、焦ったようにパッと体を起こしては、椅子ごと反対側を向いて座る。
「わ、私こそっ」
「ピピが眠るまではちゃんといるからな……おやすみ」
「お、おやすみなさい……」
って、……眠れるわけないじゃないっ! うわ〜〜んっ……!
熱くなる全身をぎゅっと縮こませ、頭の中は悶々としてしまい、結局しばらく眠れないのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます