いつも一人の陰キャな俺に健気な陽キャ同級生が興味本位で話しかけてくる件

たか式

「インキャ君、今日は一緒に帰らない?」

「では、解散」


8月。例年よりも伸びている梅雨が明けず、賑やかな雨音が窓の外側から聞こえる教室の中。

担任の挨拶とともに、クラスメイトたちが教室を後にしていく。


「インキャ君、今日は一緒に帰らない?」

「……遊里か。今日は部活は無いのか?」

彼女、佐藤遊里は今年から同じクラスになった同級生だ。

常に一人でいる自分に、彼女が興味本位で話しかけてきたのが、彼女と話すようになったきっかけだ。

まぁこうやって面と向かって二人で話す機会はほとんど無いけど。

ちなみに "インキャ君" とは、自分の性格をもとに彼女が勝手につけた俺に対する呼び名である。


「無いよ。体育館が行事で使われちゃうみたいで」

「なるほど。でも何で俺となんだ?いつも他の女の子たちと帰ってるのに」

「色んな人と話したいんだー。人と話すの、好きだからさ」

「そ、そうか……」

自分が出来れば不必要な会話は避けたいと思う性格なので、彼女の人と話したいという思想が全く理解出来なかった。これがいわゆる "陽キャ" という生き物なのか……?


「遊里ちゃん、今日カラオケいかない?」

クラスメイトの男子からお誘いを受ける遊里。

コミュ力の高い彼女はこうやって人から声をかけられることが多かった。

「ごめん、今日は遠慮しとく!」

「そうかぁ、了解す」

遊里に断られると、声をかけた男はようやく俺の存在に気づいたようだ。

遊里が俺と一緒にいることが珍しいのか、不思議そうな表情を見せながら、声をかけた男は去っていった。


「良かったのか?」

「あー、うん、今日はちょっと、インキャ君と話したいこともあって……」

「ここでは言えないのか?」

「まぁ、そうだね。とりあえず外行こっか。出来れば、誰も見てないところへ……」

カラオケのお誘いを断ってまで俺と話したいことって一体なんだ……?

若干の不安をよぎらせつつ、俺は彼女とともに学校を後にした。


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学校を出て、普段は通らない人目の少ない道を、二人で歩いていた。

「よし、ここなら誰も見てなさそうね」

「そ、そうだな……」

人目の少ない場所に高校生男女が二人きりでいるという状況に、俺は今更になって気づき、緊張していた。

そういえば遊里と初めて会ってから約五ヶ月になるが、彼女の容姿をそこまで意識して見たことは今までなかった。

アイドル顔負けの美貌、自分よりちょっと低いくらいの身長と理想的なスタイル、肩まで届かないくらいの清潔感のある黒い髪……。

……ん?

「あれ、遊里、髪切った?」

傘をさす彼女を見ながら、俺はその違和感に気づいた。

「あ、気づいた?変じゃないかな?」

「似合ってると思うよ」

俺は無難に、そう答えた。

「ふふ、ありがと!」

「おう……」

純粋さを感じさせる汚れの無い笑顔を彼女に見せつけられ、俺は思わず目を背けてしまった。

「今日誰も気づかなかったんだよね、髪切ったの」

「そうなんだ」

「インキャ君ってそういうの無関心だと思ってたけど、意外とちゃんと見てるんだね。好感度、ちょっと上がったかも」

目を合わせられずうつむく自分の表情を伺うかのように覗き込みながら話しかけてくる彼女に、うっかり惚れてしまいそうになる。

なるほど、こうやって男を堕として無慈悲にフっていくんだな。陽キャってのは恐ろしい。

「好感度って……恋愛ゲームかよ」

「恋愛ゲーム、かぁ」

「それはそうと、話したいことって言うのは何だよ?」

「あーそれなんだけど……」

小雨になり、雨音が弱くなってきたのを耳で感じつつ、隣で歩く彼女の話を聞く。

「インキャ君って、何で誰とも喋ろうとしないの?今も目背けてこっち見てくれないし」

「それは……疲れるからかな、会話するのって色々考えて喋らないといけないから」

「私と話すのは、疲れないってこと?」

「あー……他の人よりかは、そうかも」

「ふふ、そっかぁ」

そう言うと、何故か嬉しそうに笑う彼女。

今日の彼女は、いつもより一段と楽しそうな気がする。

「何がおかしいんだ」

「……それって、私はインキャ君にとって、特別な存在だってことだよね?」

「特別って?」

「それはええっと……恋人みたいな?」

「こ、恋人!?」

「そう。まぁ恋人に近いというか、インキャ君が認めた存在」

「じゃあ恋人じゃないじゃん」

「残念?」

「いや……」

ダメだ、彼女と話していると気が狂いそうになる。

「で、話したかったのはそれだけ?」

今の空気に耐えきれず、話題を終わらせようとするも…

「まだ!」

「お、おう…」

制止されてしまった。

「ちょっと真面目な話みたいになっちゃうんだけどね」

「うん」

「……自分も昔は、インキャ君みたいに一人ぼっちだったんだんだけどさ」

「おう……」

彼女自身から昔のエピソードを聞かされるのは、初めてのことだった。

人の過去の話に興味を持ったことは今まで一度も無かったが、何故か今は、彼女の過去が気になり、聞き入ってしまっていた。

「でもね、勇気を持って会話に混ざるようにしてから、人と話す楽しさを知ったんだ。で、今のインキャ君を見てると、何か放っておけなくて……」

「それで、俺なんかに構ってくれるようになったんだな」

「『俺なんか』って下げてるけど、インキャ君は十分魅力的な男の子だと私は思うけどね。初対面の時は思ってなかったけど、喋ってみると意外と」

「褒めても何も出ないよ」


「本音だよ。ねぇ、インキャ君」


なにやら覚悟を決めたように表情を変える彼女を見て、こちらもまた緊張してしまう。

「私は、一人でいるインキャ君に皆と話せるようになって欲しいなぁって思ってたの。最初はね」

「最初は……?」

「でもちょっとだけ気が変わっちゃって。あまり他の人とは話して欲しくないかも」

「どういうことだ?」

「恋愛ゲームってさっき言ってたけど、好感度、上がってるから」

「え?」

「後はフラグ回収、するだけなんだけど」

「それって……」

一瞬、何を言ってるのか理解出来なかった。

「なんてね……!!何言ってるんだろ私!!」

そう言うと、普段は見せたこともない表情を見せた後、彼女は逃げるように自宅へ走っていってしまった。


気づくと、雨はとっくに止んでいた。

心が熱く締め付けられる感覚を得ながら、彼女の走る後ろ姿を見たまま数分立ち尽くしていた。

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