番(つがい)
――
※※※
『あー。地球人君。今、時間いいかな?』
「いいですけど?」
時間は昼時であり、恒星が真上から暖かな光で照らす時間。場所は都市の中心部にそびえる巨大な神樹から幾分か離れた場所に作られた公園。今ソコで、2人の男が話している。1人はスーツを着た20代位の青年。その出で立ち、特に顔立ちはそれ以外と比較しても明らかに異質だが、ソレは致し方ない話だ。何せ彼は別の場所から転移して来たのだから。
一方、そんな青年に話しかけるもう1人の男は動きやすい軽装に迷彩模様のマントを羽織り、腰からは剣をぶら下げている。容姿を見れば非常に整っており、青年とは良くも悪くも好対照な印象を与える。事実、この男が来ると同時に周囲の女性は色めき立った。
『その前に、だ。良ければ君の名前を教えてもらえるか?これから色々と話をするのに名前を知らないのは面倒だ。俺はアイオライト。宜しくな。』
アイオライトと名乗った男はにこやかにほほ笑むと地球人の青年に手を差し出した。この男は親交の一環として握手するという地球の文化を把握している。緊張を解きほぐす為、そして相手の文化文明に一定の理解を示しているという証を立てる為だ。
「あ、はい。
一方の地球人も挨拶と共に本名を教え、そして差し出された手を握りしめた。
『さて。ではお互いの名前を知ったところで本題に行こう……』
極めて穏やかなアイオライトは、しかし本題と言ったところで言い淀んだ。理由はただ1つ、この青年に与えられた役目だ。それは至極単純、伊佐凪竜一と名乗った地球人が当惑星最強の女傑アメジストの事をどう思っているか聞き出す事である。が、コレが実に厄介。
何せ今さっきお互いの名前を知ったばかり。そんな状況で誰が好きとかどうとかを話すのは流石に不自然と思われると理解しているからである。そんな距離感を無視した質問をすれば流石に怪しまれる、そう考えたアイオライトは色々と思考を巡らせた末……
『耳。違うでしょ?』
唐突にそう切り出した。
「あー、確かに。なんか、殆どの人が尖ってますよね。」
唐突な言葉に伊佐凪竜一は狼狽えながら返答した。伊佐凪竜一とアイオライトを含むこの都市の人間との最大の違いは耳であり、次いでその整った顔立ちだ。
系統樹を遡れば都市の中央に力強く根付く神樹へと辿り着く彼等は一様に美形であり、長命であり、生まれながらに高い魔導適性を持った種族。地球人とは何もかもが違っているのだが、特に地球から来た彼は平々凡々な容姿であり、ソレがこの都市では逆に目立つ要因となっていた。
『まぁ微々たる差だけども。だけど俺達はそう思ってもそれ以外がそう思ってくれるとは限らない。だからつい最近まで派手に争っていたのさ。』
「最近、ですか?」
『そう。つい2、300年位前まではね。』
「え?それって最近なんですかね?」
"最近"という言葉のギャップに伊佐凪竜一は驚いた。翻訳は正常に行えているが、両者の間にある常識まで正しく伝わる訳ではない。ソレは互いに交流する中で埋めていくものだ。
『寿命もそこそこに長いからね。人間とは少しだけ感覚が違うのさ。それ以外も色々とね。例えば容姿もそうだね。争い合っていたという理由にはコレもあったんだ。ま、要は誘拐されては取り返しての延長戦上に争いがあった訳だね。』
アイオライトは相変わらずにこやかに微笑みながら自らの種族について語ったが、その中には耳障りの良くない話も含まれていた。彼等の種族は容姿が整っていたが、それ故に狙われる事も多かった。本能か欲望か、人は美しい物に惹かれ、手に入れようと躍起になる。観賞用、伴侶とする為、あるいはもっと下卑た理由……誘拐の理由は様々だった。
『だけどね。長命になればなるほどに生殖への関心が薄くなるんだ。成熟しているともいえるし、あるいは呪いと噂された事もある。』
「はぁ、呪いですか?」
『もし長命な種族が繫殖欲旺盛だったらあっという間に星を食い尽くす位に増えちゃうでしょ?だから、人間の中には何らかの安全装置があって、それが働いているんじゃないかって……だけどソレが分らないから呪いなんて言葉を使ったんだよ。おっと、難しい上に辛気臭い話をして済まない。そうだな、じゃあ気分転換に別の話題を振ろう。実は君に部下を1人付けようって話が上がってるんだ。』
部下。不自然な位に話を切り上げたアイオライトの会話の中に含まれた単語を聞いた伊佐凪竜一は顔をしかめた。言葉の意味が分からないからではなく、唐突にそんな立場に置かれた違和感がそうさせたのだろう。一方、アイオライトは彼のそんな表情を知るや捲し立てるように説明を続ける。
『ココの生活に慣れるまでの間の期間限定だよ。これから一般常識やら何やらを色々と教える予定だけど、だからと言って直ぐに覚える事が出来るとは限らないし、その間にトラブルがあっては多方面との調整が必要になる。なら、誰か1人を君に充てがっておいた方が面倒が無いという訳だね。で、ここからが重要なんだけど、誰が候補いるかい?』
今度は候補。その単語に伊佐凪竜一はまたもや顔をしかめた。アイオライトの提案は一見すれば理に適っているが、しかし一番最後に聞かれた質問は流石に不自然だ。何せ伊佐凪竜一はこの都市の大半の人間と交流を持っておらず、候補を上げろと言われても出てくる筈がない。
「え?候補?」
『そう、候補。おっと言い忘れていたけど、別に今すぐじゃなくていいよ。それに候補とは言っても気軽に決めてくれていい。所詮は一時的な手伝いだからね。だから誰を指名しても良いし……もし思い浮かばなければ、例えば
してやったり。ごく自然に聞きづらい話題を振れたアイオライトはニヤリと笑った。我ながら上手く事を進めたと思っていて、それが表情に現れたようだ。コレこそが彼が聞きたかった事。厄介な上司を応援する為には先ず伊佐凪竜一がどんな女性を好むか、その傾向を知らねば対策が取れない……という理由もあるが、単純にその上司が聞きたがっていたからでもある。
「えーと。」
『何度も言うけど難しく考える必要はないよ。そうだね。例えば……年上と年下どっちが好き……』
得意満面のアイオライトは尚も捲し立てるが、その直後に彼の耳はガサガサという音を捉えた。ソレは不自然であり、同時に少しずつであるが2人に向けて近づいてくる。
アイオライトは憤怒の表情を浮かべた。激しく激怒したその理由は、2人が並んで座る椅子の周囲に植樹された腰の高さほどある草木の中から上司が間抜け面をひょっこりと覗かせたからだ。
『夜を司る
怒りで我を忘れながらも正しく魔導行使に必要な詠唱を済ませたアイオライトは、ソレを四方に展開した。次の瞬間、伊佐凪竜一はガクンと、まるで糸が切れた人形の様に眠り込んだ。また同様に周囲に居た市民も同様に倒れ込むと、誰もが気持ちよく寝息を立て始めた。
『お前ぇえええええ!!』
バタバタと人が倒れる公園の中、男は怒号を上げながら上司の元へと一直線で向かい、そして襟首をつかみ上げながら草むらから引っ張り出した。
『ひ、酷いわ!!』
『酷くねぇんだよォ!!俺がッ、誰の為に苦労してると思ってんだゴルァ!!』
アイオライトの表情と言動に先ほどまで見せていた穏やかさは全く感じない。その原因はアメジストがこの場にやってきていたから。恐らく伊佐凪竜一が自分をどう思っているか、嫌っていないか気になる余りこっそりと聞き耳を立てる為にやって来たのだろう。が、しかしそんな事を当人の前で言えるはずがないし、何よりその姿を全く隠せていない。
彼女程の魔力量があれば、通常空間と断絶する特殊空間の中に身を隠す事で周囲から完全に認識されない状態を作り出す事さえ容易く行える。が、そこは恋愛レベル1のポンコツ。何を考えたのか彼女は素の状態のままこっそりと近づこうとしていた。当然その姿は周囲から丸見えであるし、彼女に限れば相当以上の容姿とプロポーションにより余計に目立つ。それはもう目立つ。
『ソレ何のつもりなの?ねぇ?ねぇ?』
『だって、気になったんだもん。』
アメジストは殺気交じりで睨みつけるアイオライトの視線を受けながしつつ、可愛らしく答えた。が、ソレは火に油を注ぐ行為。
『"もん"じゃねぇよ!!もっと上手く隠れろッ、簡単に出来るだろうが!!』
『でも、近くで彼の顔見ちゃうとどうかなっちゃいそうで……ウッフフフフフ。』
アイオライトは凡そ上司に向けるべきではない量の殺気を放っているが、しかしアメジストにはそよ風同然。しかも彼の身上を全く意に介さない彼女は伊佐凪竜一の寝顔を見るとだらしなく顔を歪ませた。
『その前にオレが怒りでどうにかなりそうなんだけどねェ!!あのなァ、あんたのそのゆるふわな性格がバレたらどうするんだ?俺達がしてきた努力を色ボケで無駄にする気かオイ!!』
上司と部下の関係など最早お構いなし。当然、叱られる。アメジストはまるで子犬の様にシュンと項垂れる。が、その場から動かない。梃子でも彼の好みを聞き出すつもりらしい。反省ゼロ、寧ろするつもりもない。
『ルチル!!ローズ!!』
アイオライトはヤケクソ気味に叫んだ。
『アイサー。』
直後、アメジストの横に2人の女が姿を現した。先ず気だるげに返事をしたのはルチル。肩辺りまで伸びた赤い髪を揺らしながら現れた女は、出現するや即座にアメジストの右腕をがっちりと掴んだ。
『姿が見えないと思ったらやっぱり……』
もう1人はローズ。腰まで伸びた黒い髪を揺らめかせながら出現した美人も同じく、出現するやアメジストの左腕をがっちりと掴んだ。
『はーいじゃあ帰りますよー。』
『え?ちょっと駄目よ。せめてもう少しだけ……』
『『駄目です。』』
アメジストは懇願するが2人は聞く耳持たず、強引に引っ張られながらアメジストは姿を消した。彼女のダメな本性はアイオライトが夢だと必死で誤魔化したことで誰にも気づかれることは無かったが、その代償に彼の胃に大きな穴が開いた。
※※※
――ハイペリオン城内 大会議室
『で、結果は?』
会議室に強制招集されたアイオライトに詰め寄るのはアメジスト。彼女の関心は伊佐凪竜一が誰を選ぶか、あるいはどういった女性が好みであるか、より正確には自分が好きかどうかという点のみ。
答えを心待ちにする彼女の態度は容姿とは真逆に子供っぽく、またその様子から見れば極めて自分に都合よく考えているであろう事は疑いようがない。故に誰もが渋い表情を浮かべる。それは決して上司に向ける表情ではない。が、当の本人はそんな事などまるで気に掛けない。
『まぁ、その、なんだ。聞けたには聞けたが。』
一方、詰め寄られたアイオライトもまた苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべている。その辛そうな表情を見た1名以外の全員が察した。"あ、これ駄目なヤツだ"と、そう察するや誰もががっくりと肩を落とした。
『ねぇ。ねぇねぇねぇねぇねぇねぇ、どうだった?どうだった?』
『あーそうですね年下が好きって言ってましたね。』
誰がどう聞いても棒読み。アイオライトはぶっきらぼうで捨て鉢になった様に答えた。が、アメジスト意外の全員が察した。嘘をついていると。
『ホント?ねぇシトリ……』
『あーホントっすわ。ウソついてないですねこれは。残念無念お疲れ様ー。』
一方、呆ける余りに嘘さえ見抜けなくなったアメジストは偽りを見抜く眼鏡を持つシトリンに声を掛けたが、彼女も彼女で棒読みで返した。真面に取り合うつもりが無いのはその眼鏡を掛けていないところからも明らか。あからさまな嘘である。
一見すれば完全な虐めだが、しかし単純な力関係だけに限定すれば、アメジスト単独でこの場の全員を秒殺できるほどの魔力を秘めている。だからこそ、この場の大半が普段の恨みをここぞとばかりに返しているのだ。無視を決め込むのは極一部、具体的にはアメジストの側近の内、ルチルとローズの2名だけ。
『ねぇ。ちょっと、皆して酷いわ。どうして……』
色恋沙汰になるとメンタルが子供レベルに退化するアメジストは、嘘をつくアイオライトと彼を庇うシトリン、そしてソレを誰も責めない現状に涙を浮かべるが……
『あぁ、なんでこんな簡単なことに気づかなかったのかしら。』
しかしすぐさまその涙を引っこめると同時に不穏当な言葉を口走った。若干1名以外に緊張が走る。全員の表情を見れば、嫌な予感に頭を抱える、もう勘弁してくださいと懇願するなど顔色は違えどもネガティブな感情で溢れている事だけは一致していた。
『好きじゃないなら好きになって貰えばいいんじゃない?さっすが私、冴えてるわぁ。それじゃあ早速ぅ……』
全員が何らの文句もかけられない中、メンタルが強いのか弱いのかはっきりしないアメジストは次の瞬間にはこの場から姿を消した。彼女の座る豪奢な椅子の足元に残った転移魔法陣の痕跡と楽しそうな笑い声だけがその場に残り……直後、取り残された大半が仲良く膝から崩れ落ちた。
それから暫く後、当面の住居としてハイペリオン城内の来賓室を充てがわれた伊佐凪竜一の何とも言えない声が城中に響きわたったという。
合掌。
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