教(おしえる)_2
――ハイペリオン城内 大会議室
地球から来た男の情報を聞いた誰もが浮足立っていた。この惑星において魔導が発展した結果、さながら科学の様に全ての根幹をなす文化とは真逆、自然の中にある法則性を明らかにし体系化した学問が世界の根幹を成す世界の存在はとても奇異で、しかし魅力的でもあった。
誰もが考える。もし科学と魔導が融合したならば、今の世界をより良くすることが出来るのではないか、と。しかし大きな問題が横たわる。最たる問題は地球という惑星への転移方法だ。転移は正確な座標を知らねば行えない。転移用の魔法陣を解析すれば、そのヒントになったかもしれないが、しかし現状でソレを知るのは困難を極める。
『かの地球人の話に偽りは無かったのだな、シトリン?』
『あぁ。嘘はついてなかった。』
『と、するならば大きな疑問が残る。』
会議室に集まった20余名の誰もがその言葉の意味を理解している。かの世界の根幹が科学であるとしたならば、何故似たような世界に飛ばさなかったのか、そしてどのような手段で転移させたのか。かの地球人は転移という言葉と概念を知らなかったとなれば、地球側には科学技術を根幹とする転移技術が存在しないという事になる。
しかし、その回答を出すのもまた非常に困難。何せ当人の記憶が喪失しており、転移直前の状況が全く分かっていないからだ。
『記憶を喪失しているという話も本当か?』
『間違いない、と言いたいが……』
話題の中心は喪失した記憶へと移る。地球人の男は記憶を失っているが、それが何故か転移直前という一番重要なタイミングである事への違和感が大きい。が、その違和感は地球人との対話を可能とする為に脳を調べ言語を解析した赤い髪の女の言葉により更に膨らむ。
『記憶を引き出せたところから見ても記憶転写の魔法陣は正しく機能していた筈。だけど、転移直前の記憶だけが何故か全く転写出来なかった。さして重要ではない筈なのに……何というか、厳重に封がされているといった表現が正しい。アレは誰かが意図的に行った結果だ。でなければ魔法陣が焼き切れるなんて事が起こる筈がない。』
その言葉に会議室内がザワついた。彼女の言葉が正しいならば、あの地球人は明確な意図があってこの場所に送り込まれた事になるからだ。しかし、誰もがあの地球人に何らの特殊性を見いだせなかった。話し方はごく普通、何処まで行っても平々凡々、"ある一点を除けば"身体能力もごく普通である事などは記憶を探る際のついでに調査されていた事だった。
『アメジスト総裁。かの人物、危険と断言するには情報が少ないですが、しかしこのまま放置しておいてよいとも思えません。どうか慎重にご決断を。』
この中でひと際老齢の男が会議室中央に座る女に向け提言した。が、当人は何事かを考えており、提言をまるで無視している。誰もが何も語らず、ただ中央に座るアメジストの言葉を待ち続ける。圧倒的な強者であり"神樹から生まれ落ちた異形"と形容されるその女は言葉通りの実力を備えており、特に魔導において比肩する者は世界中を探しても存在しない。故に異形以外にも様々な呼び名で称えられ、あるいは恐れられている。
終末の炎、絶望の顕現、悪夢の王、魔王……どれも仰々しいが、しかしそう呼ばれるだけの実力を持っている。会議室に集まった面々も相当以上の強者であるが、しかし束になっても叶わないのが実情。故に誰もが黙って彼女の言葉を待つ。
『分かったことがある。』
やがて、アメジストは静かに語り始めた。地球人とのやり取りの中で何かを理解したという言葉にその場に居る全員に一抹の不安がよぎる。
『彼……私の
『『『『はぁあああああああああああああああ?』』』』
『まぁあああああたですかァ!!』
『ちょっと、もういい加減にしてくださいよッ。ソレ何度目ですか!!』
『確か15年ぶり、通算7回目じゃったか?』
それまでの厳かで静粛な雰囲気をぶち壊しながら全員が盛大にキレた。
『大丈夫。任せて、今度は間違いないから。私ね、あの時に確信したの。』
アメジストもまた同じく、先ほどまでと同一人物とは思えない位に緩い口調と表情でそう言い切った。
『『『『信用できんッ!!』』』』
が、この場の全員が仲良く彼女の言葉を否定した。アメジストは涙目になるが、辛辣な言葉は尚も続く。
『そうやって今まで全部違って全部コッチで尻拭いさせてるの忘れたんですか、この鳥頭!!』
『大体アンタ、色恋沙汰になるとただのダメ人間になるっていっつもいっつも言ってるだろうが!!何で学習しねぇんだよ!!こーの恋愛レベル1のクソザコナメクジ!!』
酷い言い分である。が、間違いは無いのだから批判も反論も上がらない。ただ1人を除いて。
『酷いッ!!なんでみんなそんな酷いこと言えるのッ。そもそも私、皆の上司なんですけど!?』
『黙れ!!』
そのただ1人。自分を真っ当だと信じ込むアメジストだけが会議室中に木霊する批判に対し真っ向から反論するが、コレばかりは多勢に無勢の上に部下達の勢いがありすぎて止められない。また、恋愛が絡むとダメ人間に早変わりするのは間違いないようで、本来ならば会議室どころか城さえ跡形も残さない一撃を容易く放つアメジストは、部下達の辛辣な言葉にただ狼狽え落ち込むばかりで何らの行動もとらない。ちなみに、地球人に助けられた直後、彼女は最後の一撃を放ったギガース諸共に周辺一帯を跡形も無く消滅させている。
『まぁ、アレよ。こうなったのは仕方が無い。問題を切り替えよう。とりあえず、あの地球人がどう思っているか確認する必要があるな。コレは男の方が聞きやすいだろうから任せてほしい。』
『ってもよぉ。聞くまでも無いだろう。だって第一印象最悪だぜ?』
『そうなのか、シトリン?』
シトリン。地球人と最初に会った女は最悪と評価した通り、地球人とアメジストとの邂逅は不幸だった。射殺すような視線で長時間睨み続けられたら大抵の人間は悪い感情を抱くものだし、ソレが桁違いの魔力を持つ女の視線ならば尚の事。アメジストに内在する魔力量は桁違いであり、無意識的に視線を媒介とした魔導を行使することでソレを放出している影響をあの地球人はモロに受けたという訳だ。
『そんなぁ……』
もはや当初の威厳など全く欠片も微塵も無いアメジストは目に涙を浮かべながら俯いた。コレが異形やら絶望やらと形容される強者でなければただ可愛いと思えるのだが、しかし残念ながらそうではない。また同時に恋愛が絡むとただのダメ人間へと早変わりするが、基本は人の形をした最終兵器的な扱いで、ぶっちゃければこの女単独でこの世界全ての戦力を相手取る事さえ可能とまことしやかに囁かれるレベル。だからメソメソする女の力量を正しく知るこの場の誰もが呆れこそすれ可愛いなどとは絶対に思わない。
『で、どうします?コレ、助けます?』
部下達からの評価は遂に"コレ"扱いにまで下がった。酷い話……かどうかは当人達にしか分かりえない話だが、相変わらずコレ扱いされたアメジスト以外の誰も否定しない辺り、今までも相当に苦労してきたのだろう様子が窺える。そんな部下達は一斉にアメジストを見つめるが、当の本人はついさっきまでの涙目は何処へやら、"きっと手伝ってくれる"と、何の根拠もなくのほほんとした表情で期待に胸を膨らませている。
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