死花外伝-ビターチョコレート-〜京極佐保子〜

市丸あや

第1話

「棗検事って、カッコイイよね?」


「……は?」


事務官仲間にランチに誘われて、小洒落たイタリアンの店に来た佐保子は、不意に耳にした上司の評判に、素っ頓狂な声をあげる。


「わかる!とてもウチの検事と同い年には見えないよねー。スラっとして清潔感あって、いっつもいい匂いしてるし!」


「…加齢臭気にして、毎日ファブリーズしてるからね。」


「そうそう!身に付けてるものもさ、さりげにオシャレだよねー。時計なんてカルティエのタンクソロじゃん?余裕があるって言うかぁ〜」


「いや。それ…質流れのアウトレット品だって言ってたよ。」


姦しい話にさりげなくツッコミを入れてみると、事務官安藤夏子と小森和子は、佐保子に詰め寄る。


「そんなわけないじゃん!謙遜だよ謙遜!ね!佐保子!今度聞いてみてよ!」


「な、何を?」


話の流れから大体予想はついていたが、とりあえず聞いてみると、夏子と和子は声を揃えてこう言った。


「検事、彼女いますかって!」



「戻りました〜」


「おう!お帰り京極ちゃん!」


昼休みを終え、佐保子が戻って来たのは、京都地検のとある検事室。


ドアを開けると、検事棗藤次と書かれた名札の置かれた机に座る、件の噂の種。


その種、なにやらゴソゴソと机の引き出しを漁り、取り出したのは風邪薬。


「風邪ですか?」


「ん?いや、なーんか昼休みからくしゃみ止まらへんくてな。まだムズムズすんねん。」


「あぁ…」


きっと自分達の姦しい会話のせいだと思い、佐保子は苦笑いを浮かべる。


「せや。京極ちゃん、今日お昼食べにいったとこ…どんな店やったん?」


「は?」


またもや聞こえた意外な発言に瞬き、素っ頓狂な声を上げる佐保子。振り返ると、なにやら照れ臭そうに笑う上司。


「別に…普通のイタリアンのお店ですが?」


「へぇ〜」


イタ飯かぁ〜と呟いた後、藤次はメモ帳を取り出し、佐保子に示す。


「一応、店の住所と名前教えてくれんか?いや、ワシもなんか…久しぶりに食べてみたくなってな!」


「別に構いませんが…珍しいですね。検事が洋食だなんて。」


渡されたメモ帳に住所と店名を書き記しながら、いつも和食の店を食べ歩いている上司の意外な発言に驚いていると、藤次はギクリと肩を震わす。


「いや…まあ、色々とー…な?新規開拓?みたいな?」


「はあ…」


ハハハと笑う藤次を一瞥して、まあ、上司が何処で何を食べようが関係ないかと心で呟き、佐保子は自分の机に座り、午後の仕事を始めた。



「(よし!推しちゃんの新刊、無事回収〜)」


爽やかな冬晴れの日曜日。


京都市内のアニメ専門店に、佐保子はいた。


手にしていたのは、苦労に苦労を重ねてやっと入手した、贔屓作家の描くBL同人誌。


帰宅したら、コンビニスイーツ片手に楽しもうとホクホク顔で歩いていると、一軒のチョコレートショップで、その足が止まる。


「バレンタイン限定。有名ショコラティエ監修。至極のチョコレートプラリネ?」


女性客のごった返す店の入り口に置かれた看板を読み上げ、ショーケースに飾られた華やかなチョコレートの詰め合わせを、まじまじと見つめる佐保子。


「そう言えば、もうすぐバレンタインかぁ…」


恋する相手は、いつも二次元。


バレンタインなんて、自分には関係ない。


でも…


「(棗検事って、カッコイイよね!)」


「カッコイイ…ねぇ…」


普段一緒にいる時間が長いだけに、彼の格好悪い所も何度か見ているし、正直…自分の父親と大差ない藤次は、恋愛対象に見れない。


けどその分、彼の格好良い所も、他の事務官以上に知っているわけで…


バレンタインと言うイベントの雰囲気も相まって、何となく、藤次が特別な存在に思えてきて、佐保子は小さく微笑む。


「ま。日頃の感謝を込めて…あげてもいい…かな?」


呟き、佐保子は店内へと足を進めた。



「くーーーっ!!今日も一日、お疲れさん!!」


そしてやってきた、バレンタイン当日。


定時になるなり、豪快に背伸びをして席を立つ藤次に、佐保子はビクリと肩を震わせる。


「ん?京極ちゃん、帰らへんの?」


いつまで経っても席を立たない佐保子を訝しみ近づく藤次。するとややまって、彼女は勢いよく席を立つ。


「あ、はい!帰ります!お疲れ様です!はい!」


「?」


不思議そうに自分を見つめる藤次を尻目に、佐保子は勢いよく検事室を後にする。


「(ど、どうしよ〜)」


地検の出入り口付近で、佐保子はドキドキと胸を鳴らしながら、鞄の中のチョコレートを見つめる。


思えば、朝から渡すチャンスはいくらでもあった。


けど、いつも渡してないのに、今年だけ渡すのも不自然な気がしてきて…


なにより、三次元…現実の男性に贈り物をするなんて初めてで、どう渡すのがベストか分からず、ここまできてしまった。


柱の影から様子を伺っていると、コートを着た藤次が、玄関ホールに現れる。


いくなら今しかない…


そう思い、決死の覚悟で歩みを進めようとした時だった。


「棗検事!!」


「!」


後ろから聞こえた、夏子と和子の声に驚き歩みを止める佐保子と藤次。


「なんや…柏木と大塚のところの…」


「安藤夏子です!」


「小森和子です!」


息を弾ませて現れた2人の手に握られていたのは、自分と同じ、華やかなラッピングの施されたチョコレート。


「検事、甘いものお好きだって聞いたので…義理ですけど。」


「私は、本命ですよ?検事!」


差し出された2つのチョコレート。


あのお調子者なら、鼻の下伸ばして、二つ返事で受け取るんだろうなと、少しだけ胸を痛めて思っていると、藤次の口から意外な言葉が溢れる。


「すまんのぉ。義理も本命も、ワシ、受け取れんねん。」


「は?」


目を丸くする2人につられ瞬く佐保子。そんな彼女達に、藤次は照れ臭そうに笑いかける。


「ウチでチョコレートケーキ焼いて待っててくれてる彼女、おんねん。せやから、堪忍な。」


そう言って、颯爽とその場を立ち去る藤次に、本命だと言った和子が食い下がる。


「私!一生懸命作ったんです!だから、あの…」


すると、藤次は複雑そうに苦笑い、和子の頭を優しく撫でる。


「ほんなら、尚更もらえんわ。ワシ、その娘の傷つく顔…見たないねん。その娘の事、ホンマに好きやから、その娘のしか、貰いとうないねん。」


堪忍なと言って、涙を流す和子に優しく笑いかけて、藤次は地検を後にする。


「なによ。カッコつけちゃって。彼女持ちなら、最初から相手にしないわよ。あーあ。時間無駄にした!」


精一杯毒づき、夏子は泣きじゃくる和子をあやしながら、その場を後にする。


「あれ?京極さん?どうしたの?」


「あ…笹井君。」


柱の影で立ちすくんでいると、同じ事務官の笹井稔に呼び止められる。


「こんなところでどうしたの?」


「あ…いや…そうだ!」


「ん?」


不思議そうに首を捻る稔に、佐保子は鞄の中のチョコレートを差し出す。


「あげる。」


「へ?」


キョトンとする稔の腕の中に強引にチョコレートをねじ込み、佐保子はその場を後にする。


「(ワシ、その娘の傷つく顔…見たないねん。その娘の事、ホンマに好きやから、その娘のしか、貰いとうないねん。)」


「ホント…カッコつけて…」


脳裏に蘇る、藤次の幸せそうな笑顔につられて、佐保子もクスリと微笑み、夕焼けの沈む冬の空を見上げる。


すると、昂っていた気持ちが少しずつ凪いで来て、佐保子はすうっと息を吸って、白い吐息を漏らす。


「ホント…バッカみたい…」


浮かれていた自分を戒めるようにそう呟くと、佐保子は行きつけのアニメ専門店へと、駆けて行った。















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