幽世おにごっこ

黒ーん

はじまり、はじまり

『さぁ始まりました‼ 幽世かくりよ鬼ごっこ‼ 実況はわたくし、あの世のアナウンサー、デーモン英世でお送ります。そして解説はこの方、天国でも地獄でも嫌われ者、自称天使ナッチエルさんです。よろしくお願いします』

『はぁーいどうもー、天国でも地獄でも現世でも愛される純白美少女天使、ナッチエルちゃんでーす☆ よろしくお願いしまーす♪ あっ、おいアナウンサー、お前後で校舎裏な?』

『あぁっとぉ‼ 試合開始前からまさかの校舎裏宣告ぅ‼ 果たして試合終了後、私は家に帰ることができるのかぁ⁉』


 低い声援が響き渡る会場。しかし周囲を見渡せど、そこに人の姿は一人として見当たりはしない。悪魔に妖魔、物の怪に魑魅魍魎ちみもうりょう。その場所は、ありとあらゆる人外の者共で埋め尽くされていた。


『さぁ皆様はもうご存知の通り、現世げんせと幽世を彷徨さまよう人の魂がどこへ行くか、本来日本では地獄の閻魔えんま様によって決定されます。しかしそれらの中で選定されたいくつかの魂は、この幽世鬼ごっこ特設会場に送られ、日ごろ鬱憤うっぷんを溜めておられる幽世の皆様を楽しませるイベントの選手として参加していただきます』

『まさに人権もコンプライアンスも地獄に置き去りにしてきたかのような催しですね♪ これ、人間に拒否権は無いのでしょうか?』

『勿論人間にも配慮いたしまして、大会運営サイドより参加者候補には二つの選択肢が提示されます。一つは先程も説明しました通り、この大会に参加すること。そしてもう一つは、輪廻転生りんねてんせいの輪から外されて、その魂を完全に消滅させるという完全消滅の道です』

『うわぁ、これなら競うことを避け、今日まで自堕落じだらくに生き、何の目標も持たずにただ死んで行くだけの人間さんも安心ですね♪』

『ちなみに今回の参加者は、一切の迷い無く参加を決めたようです。それでは時間も押しておりますので、早速ここでルール説明。ルールは人間VS人ならざるものたちとのガチンコ鬼ごっこ対決‼ 参加者である人間は、六百六十六メートルもの距離を、人ならざる五人の選手たちから逃れ、ゴールまで辿り着かなければなりません‼』

『んー……、一人の人間に対して人外選手五人が一気に襲い掛かったら、絶対に助かりませんよね? この条件では人間にかなり不利なのでは?」

『その点に関しましては公平さを期して、この六百メートル余りの距離は五つに分割され、各区画にそれぞれの一人の選手が配置されます。各区画の距離は百三十三・二メートル。その区画を越えてしまえば、前の選手の出番はそこまでとなります‼』

『一対一を五回、ということですね。でもやっぱり人間が不利に思えますね。だって、人間は一人でその距離を逃げなくちゃいけない訳だし、そもそも能力に差がありすぎですよ』

『そこに関しても抜かりはありません。能力の差を考慮しまして、参加者の人間には五つのある特別なアイテムが支給されています。そのアイテムとは人ならざる者の足止めをする物や、能力を飛躍させる霊薬れいやくなど様々で、その中から自由に五つを選択して試合に臨むことができるようになっているのです‼』

『どれどれー、安倍さんの護符ごふに、エリクシールや神酒しんしゅソーマ。この辺はまぁメジャーですが、へぇー、世界最速のバイク、ダッジ・トマホークなんかも用意してあるんですねー♪』

『参加者の人間がどのようなアイテムを選び、どのタイミングで使用するのかも目を離せないところです‼ さぁ会場も盛り上がってまいりましたところで、いよいよ選手の入場です‼』


 幾多もの苦悶くもんの表情を浮かべる人の像が象られたその門から現れたのは、平凡な容姿をしたこの場でただ一人の人間。その人間はズゥーン、ジャァーンと地の底から響くかのようなカルミナ・ブラーナの演奏をバックに、不安を秘めつつも、しかし確かな決意を秘めた表情で会場に足を踏み入れる。


 “Challengerチャレンジャー‼ The Humanヒューマン……Reitarouレイタロウ‼ Kawaiカワイiiiii‼”


 リングアナウンサーのコールで会場中が沸き立ち、「地獄へ来い」、「魂を食わせろ」、などといった野次の数々が、現れた人間に浴びせられる。


『参加者の河井かわい玲太郎れいたろう選手、今精悍せいかんな表情で入場しました‼』

『顔はまぁまぁ合格ラインです。ただ体格に対して、少し下っ腹が出ていることが気になりますねー』

『只今入って来た情報によりますと、河井選手は幽世へやって来たときよりも五キロ体重が増えているとのこと。よもや死を前にして、やけ食いでもしたとでもいうのでしょうか?』

『アハッ、進んで黄泉竈食ひよもつへぐいをするなんて、酔狂な人間ですねー♪』

『現世に戻れた際、何事も起こらないと良いですね。さぁ河井選手、今スタートラインに立って、クラウチングスタートの構え。スターターの亡者が法螺貝ほらがいを手に取り――』


 一息の後、会場中に吹き鳴らされる法螺貝の音。それと共に――。


『今ッ‼ 河井選手がスタートを切りましたッ‼』

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