統一宇宙歴三〇五九年のこむら川

山本アヒコ

第1話

「終わらねえー!」

「締め切り間際に出してくるやつ多すぎるんだよ!」

「オイオイ! なんだこの小説は!」

 分裂体一〇〇三八番と五〇〇〇五番と八八九九一番が叫びながら講評を書いている。俺はすでに声を出す気力もなく、ただひたすらに小説を読んでは講評を書き続ける。

 統一宇宙歴三〇五九年のこむら川小説大賞に応募された小説の総数は三〇〇〇億作以上もあった。読んでも読んでも終わりが見えない。

 アメーバ生命体である俺は分裂することができた。分裂した個体はそれぞれ自意識を持ち、精神波で意識を同期しているので群体でありながら一人の生命として存在することができる。

 この特性を使用して俺は自分を一〇〇〇万体以上に分裂させたが、それでも講評が追い付かない。もっと増やせばいいと思うだろうが、分裂させて自意識を保てる限界の大きさがあり、そのためあまり体が大きくない俺にはこれ以上分裂するのは無理だった。

「今回のこむら川、数が多すぎる! 前はたしか一〇〇億ぐらいだっただろ?」

 こむら川小説大賞は不定期で年に数回あるのだが、今回は新年度最初ということもあり、もともと応募してくる数は多かった。

 だが途中で俺と同じアメーバ生命体である『ぷるぷる豆』が分裂体を大量に作り、そいつらが小説を書いたのだ。その数はおよそ一億作。バカだ。

 さらにバカなのは、ぷるぷる豆は分裂体それぞれを個人として登録したことだ。これはこむら川小説大賞に応募できるのは一人につき二作までという規定のためだった。しかし分裂体を個人として全宇宙統合政府に届け出ると、税金を納める義務が生じることになる。つまり、ぷるぷる豆はこむら川小説大賞に嫌がらせをするためだけに多額の税金を納めることになったのだ。

 ぷるぷる豆の応募作の数はおよそ一億。一人につき二作までだから分裂体の数は、およそ五〇〇〇万体。この後に分裂体と融合して一人に戻るとしても、今月は住民税や保険料など各種の税金が五〇〇〇万倍になるということだ。本当にバカだ。

 それを知ったこむら川の住民たちは面白がって、アメーバ生命体や群体系のやつらは分裂したり、他の群体と合流して数を増やすなどをして一気に大量の小説を応募してきた。こいつらもバカだ。

「うわあ、何だこの小説!」

 今度は分裂体五六六七八番が叫んだ。

「クソ! 全宇宙で一〇億人ぐらいしか使用していない言語で書かれてやがる! その内容も、その言語圏でしか遊ばれていないテーブルゲームについてだ! どう講評すればいいんだよ!」

 悲痛な叫び声だ。思わず自分の動きも止まる。疲れがたまっていた。

 機械生命体のやつらはその高度なCPUによる高速の執筆速度と、膨大なデータベースから複雑な小説を書いてくることが多い。今回のもそうだろう。

「そのテーブルゲームって何だ?」

「Mahjongっていうゲームらしい。やたらルールが複雑みたいだ」

「検索したら無料で遊べるアプリがあったぞ」

「これ四〇〇年前で更新止まってるみたいだ」

 こむら川小説大賞は、これで賞を取ったからといって賞金をもらえたりするわけではない。一般人が主催するただの遊びみたいなものだ。講評員である俺も、小説家ではなく趣味で小説を書いているだけの素人だった。

 講評員として参加するたび「なぜこんな苦行をしているのか」と愚痴をこぼしてしまうが、それでも毎回面白い小説に出会えるし、大量の講評をすることで『何かが変化する感覚』というのがあるのだ。だからつい講評員を引き受けてしまう。

 ちらっと講評が終わっていない小説の数を確認する。そしてすぐに目をそらす。認めたくなかったからだ。あと何作の小説を読み、講評を書かなけばならないのかを。

「ウブォアアアアア!」

 叫びながらエナジードリップ注入器を自分の体に突き刺す。自動で中身の液体が体内に注入される。青緑色のエナジードリップが全身に染み渡ると、冷たいのに熱いという矛盾した感覚に震える。『疲れたときはエナジーチャージ! 安心安全合法ドリップ一発注入!』とプリントされた注入器を後方へ投げ捨てる。

「うおおおおおおおお!」

 終わりが見えない戦いに再びとりかかる。快楽殺人鬼とガラス職人のラブストーリーはなかなか面白かった。プロシエパ星域にある惑星の雲のなかで植物を育てる一族の話は興味深い。ポポンガ羊が捕食者のプレデターと旅する小説は思わず泣きそうになった。

 日付が変わって、今日がこむら川小説大賞の締め切り。そしてモニターに表示していた、まだ読んでいない小説の数の桁が増える。

「ふざけんなボケェー!」

 思わず叫んでしまった。毎回のことだが、今回は事情が違う。応募作の数があまりにも多いのだ。

 絶望に目の前が暗くなった。分裂体の動きも止まる。

「うわー、さすがにこれはキツイわ……」

「日付が変わると同時にとか嫌がらせか?」

「いや。予約投稿だ」

「だからそれが嫌がらせでは?」

 分裂体がてんでバラバラに喋りはじめた。もう誰も小説を読んでいないし、講評もしていない。完全に集中力が切れてしまった。

 俺も注入したはずのエナジードリップの効果が消えてしまった。もう何も考えたくない。このまま寝てしまおうか?

「そもそも、講評員の数少なすぎるよな?」

「いくら伝統だからって、さすがにキツイ」

「三〇〇〇億を三人だとなー」

 こむら川小説大賞の講評員の数は、三人と決まっている。統一宇宙歴が始まったときからこむら川の講評員は三人なのが伝統だった。

 三、三位一体、一つのものが三つに分かたれやがて一つとなる。

 そうか。これは神の啓示だ。俺は三だった。三であり一だ。アルファでありオメガ。始まりは終わり、終わりは始まりである。宇宙は俺であり俺は宇宙……

 プシュー。

 何の音だ? すぐ近くで聞こえる。見ると誰かが俺の体に青色の注入器を突き刺している。注入器の側面には『シュガーフリー第三のエナジー』とプリントされていた。

 全身にライム味が行き渡ると意識がはっきりしてきた。

「お疲れだな」

 そう言った人物のピカピカに磨かれたメタルフェイスのスリットの奥で、白色の光が点滅する。

「あれ? なんでアンタがここにいるんだ?」

「近くまで来たから少し寄ってみた。お前から返事はなかったが、分裂体の許可はとったから無断侵入じゃないぞ」

 からかうような声。音声通話でよく聞いている声だ。

「FJ、久しぶりだな」

「いつも喋っていたが、こうして顔を合わせるのは何年ぶりだろうな」

 全身磨き上げられたメタルコーティングの機械生命体『フェアリー・J・ダマスカス』がそこにいた。親しい者には『FJ』と呼ばせる。

「入ってきたら、お前の体が赤と紫になっていたときは驚いたぞ。分裂体はいつものことだと言っていたが、そんなに仕事が大変だったのか?」

「いや、こむら川だ」

「ああ。お前がたまにやっている、小説の批評会か何かだったか?」

「批評ではないんだがな」

 FJは普段から全く小説を読まない。そのためこむら川小説大賞のことも知らない。何度か説明したこともあった気がするが、彼は聞くそばから忘れてしまったのだろう。興味のあること以外は記憶できないたちなのだ。

「何にしても、根を詰めすぎるのはよくないぞ。ちゃんと休憩しろ」

「そう言われてもな……まだまだ残ってるからな」

「これだけ分裂してもなのか? 分裂するとたしかに同時にできる作業は増えるが、疲労がたまるんだろう?」

 そうなのだ。分裂すると一体一体の体積が減るため、思考能力そのものは変動しないのだが、フィジカルの低下が起こる。単純なパワーの低下と、疲労の回復速度も低下する。分裂体の数が増えると作業速度は上がるのだが、これは短期の場合だ。長時間このまま活動を続けると疲労が蓄積して、最後には動けなくなる。体が赤と紫のまだら色になたときは、俺の体が限界に近いときだった。

 そのとき映像通信がきたことを知らせる音が鳴った。それに応答するとモニターに通信相手の姿が表示された。

「お疲れ様です。今、大丈夫ですか?」

「あ、ええ、はい。大丈夫です」

 意外な顔に少し動揺したが、すぐに表情をつくろう。といってもアメーバ生命体である自分の表情は、同じアメーバ生命体でなければ読むことは難しいだろう。

「それで、どうしたんですか『KMS』さん」

「ウォンバットでいいですよ」

 そう言って笑ったのは『大宇宙ウォンバットKMS』さんだった。彼女は現在のこむら川小説大賞の主催者である。『大宇宙ウォンバットKMS』というのは彼女のペンネームなのだが、種族が大宇宙ウォンバットなのは本当だ。つぶらな瞳と濃い紫色の体毛が特徴的だった。

「もしかして、こむら川の講評ですか? すいません、まだ終わってなくて……」

「たしかに話は講評についてですが、あなたを責めにきたわけじゃありません。実は重大なレギュレーション違反がありまして」

「レギュレーション違反ですか?」

「はい。ぷるぷる豆さんのことは知ってますよね」

 思わず顔がひきつりそうになるがなんとか堪える。堪えたつもりだ。

「……はい」

「彼、逮捕されました」

「は? どうしてですか?」

「一種の詐欺ですね。分裂体を個人として登録すれば、それぞれに各種の税金を納める義務があります。そのお金を作るために分裂体どうしでアフィリエイトや動画視聴回数の不正増加などをやっていたみたいです。そして分裂体の税金を払わないために、他人のデータを書き換えて分裂体のものにしたり、分裂体が税金を払ったかのようにデータを偽造したり、そもそも分裂体を個人登録するのにも不正を行ったりとで裁判もなく終身刑になったみたいですね」

「それは、なんとも……」

「バカですね」

「ハイ」

 俺は一瞬も迷わずうなずいた。

「そういうわけで、ぷるぷる豆さんの分裂体は不正に個人登録されたものなので、彼らの小説はレギュレーション違反となります。すでに講評を書いてしまったものは残念ですがボツになります。まだしていない小説はもう講評しなくていいです」

「なるほど……」

「それらの小説をこむら川の一覧から排除する作業をしていますけど、数が多いのでしばらくは終わらないでしょう。とりあえず見つけたら放置しておいてください」

「わかりました」

「それでは、残りの講評お待ちしてます」

 通信はそこで終わった。しばらく呆然とその場から動けなかった。

「……フフ、フッ」

「おいどうした、急に笑い出して?」

「講評する数が減ったんだよ! やったぜ!」

「へー。どのぐらい減ったんだ?」

 俺は残りの数を確認し、絶叫したあと気を失った。

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